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この書庫は、以前HPで公開していた記事を再掲載したものです。
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2006年1月19日
首都圏近郊の旅も二日目。
今日も乗るぞ!とその前に…
千葉都市モノレール2号線の千葉駅から都賀方面へ。
実はここをかつて鉄道が走っていました。
といっても旅客鉄道ではなく陸軍の演習線が。
現在は地上を車、頭上をモノレールが走る路線跡
鉄道連隊とは軍の物資などを運ぶために鉄道を敷設する専門集団のこと。
路線は千葉から津田沼方面まで延びていました。
現在の千葉公園。ここは鉄道第一連隊の作業場でした。
ここでは今でも当時の遺構を見ることができます。
トンネル工事の演習用アーチ
クレーン台座跡
他にも橋脚など貴重な資料が残されています。
また、この先の千葉経済大学の敷地内には、レンガ作りの鉄道連隊材料廠跡が残されていますが、あきらめました(^^;
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"首都圏近郊の旅"の際に、立ち寄った廃線跡です。
1月の朝5時代の早朝だったたけ、あまりの寒さにこの2枚だけ撮影して千葉駅に戻りました(^^;
首都圏近郊の旅(乗り潰し編)その1<往路> |
鉄道(復刻記事)
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この書庫は、以前HPで公開していた記事を再掲載したものです。
したがって、現存していない列車・駅などが登場しますが、当時の文面のまま再録しています。
その1<往路>の記事はこちら
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2006年1月19日
今日も朝から乗りまくり。
朝6:45千葉発の成田線に乗り成田へ向かいます。
千葉駅
成田線113系
成田駅
ここで快速エアポート成田に乗り、成田空港へ。 ちなみに、ここからの路線と駅(空港第2ビルと成田空港)は成田空港高速鉄道が運営しており、JRと京成がこれを借りて営業しています。 昨日も乗った快速エアポート成田
成田空港駅 改札を出ると、すぐに検問所があります。ここで空港へ来た理由、身分証明などを調べられます。決して不振な行動をとらないよう気をつけましょう! 成田空港
ちなみに、空港内でもあちこち写真を撮ったりしていると、職務質問されますので注意。 今度は京成電鉄で京成成田駅へ。 京成電鉄3500系
京成成田駅
京成成田からは芝山鉄道の終点・芝山千代田駅へ向かいます。
またも京成電鉄3500系で芝山千代田駅へ 芝山千代田駅
芝山鉄道は。東成田駅と、そのお隣の芝山千代田駅を結ぶ2.2kmの日本一小さい鉄道。
東成田駅と芝山千代田駅の間に途中駅はありません(^^
この駅のホームの前には成田空港の施設が広がっています。ときおりホームに警備員などがいますので、何か聞かれたら正直に答えましょう(笑) ホームから見える旅客機たち
それではお隣の東成田へ。東成田は芝山鉄道の始発駅であり京成東成田線の終点でもあります。
東成田駅
「黒歴史!京成・東成田駅」の記事はこちら↓
京成成田へ戻り、ユーカリが丘駅へ向かいます。
京成電鉄(新)3000系
京成のユーカリが丘駅
ユーカリが丘には中央案内軌条式の新交通システム「ユーカリが丘線」が走っています。 運営しているのはこの一帯「ユーカリが丘ニュータウン」の山万。鉄道会社ではなく不動産会社が運営するめずらしい鉄道です。
路線もラケット状でユーカリが丘駅を出ると、公園駅から右へ分岐。ぐるっと回ってまたまた公園駅からユーカリが丘駅に戻ってくるとうまさにユーカリが丘ニュータウンに住む人たちのための足となっています。 山万のユーカリが丘駅
ユーカリが丘線こあら2号
途中、女子大駅で下車。 なぜ、よりによって女子大で降りたのか。女の子がいっぱいいるから…ってのは冗談で、ここには女子大なんてありません。 最初の計画では出来る予定だったのですが、計画が頓挫し駅名のみが残ったというわけ。
で、降りた理由。実はここにはユーカリが丘線の車庫があるのです。
女子大駅
こあら2号と車庫に停車中のこあら3号がすれ違いました
停車中のこあら3号
車庫へは単線のスイッチバック
公園駅を出発した列車がこちらに向かって近づいてきました
ぐるっと回ってユーカリが丘駅に戻ってきました。ふたたび京成で勝田台へ移動します。 京成電鉄3200系は現役では最古参!
京成の「勝田台駅」=東葉高速鉄道の「東葉勝田台駅」
ここで東葉高速鉄道の乗換え、行徳を目指します。 東京メトロ東西線が乗り入れており、今回乗車するのは東西線の車両。 東西線の05系後期型
行徳駅
で、なんで行徳に来たか…。 10数年前にここに住んでたから。せっかく近くまで来たので立ち寄ってみました。あんまり変わってなくて安心しました。
昔は原木中山駅との間に「妙典」って駅は無かったね。信号所だった。
西船橋へ戻ろうと列車を待っていると、東葉高速鉄道の車両が通過していきました。 東葉高速鉄道の2000系
西船橋に到着。ずいぶんキレイになったね〜。 西船橋駅
ここから、再びJRの旅に。 武蔵野線の東京行きに乗り、市川塩浜へ。ここも、以前はよく利用した駅でした。 武蔵野線の205系
市川塩浜駅 ここも昔はな〜んにもなかった
京葉線の乗換え海浜幕張へ。 京葉線の205系
海浜幕張駅
うわ〜っ、変わったね〜。昔は駅前はな〜んにもなかった。駅前で吉田栄作が映画「代打教師 秋葉、真剣です! 」の撮影とかしてたもんね〜(笑)。雷が鳴ると、そっちこっちに落ちて爆音たててたし。
で、駅の向かいのツインビル「幕張テクノガーデン」に私の職場がありました。なつかしいな〜
幕張テクノガーデン
モーターショーの時なんか、通勤ラッシュにキャンギャルのお姉ちゃんもいっぱい乗ってきて…ムフフ…良かったなぁ〜(しみじみ) ここから、快速で蘇我へ出発! 京葉線の珍車両201系
蘇我駅
外房線、東金線を経由し、一気に成東へ。 外房〜東金線113系
成東駅は改装中?
成東から佐倉へ移動。 総武線113系
佐倉駅
佐倉駅では成田山の団体用臨時列車にクハ189が使われていました。 団体用クハ189
ここから佐倉から成田までは、またまた快速エアポート成田で移動です。 快速エアポート成田
成田駅にも初詣用団体列車が停車中。 初詣用団体列車
成田駅で乗換え、成田線を北上し我孫子へ。 成田線E231系
我孫子駅
我孫子で常磐線に乗換えます。 常磐線E231系
向かいのホームには昨年デビューしたE531系が停車中でした。 常磐線E531系
常磐線を柏へ向かいます。 柏駅
東武野田線に乗り換え、大宮へ。 野田線8000系
大宮に到着。とうとう、帰るときがやってきました。 東北新幹線はやて27号で仙台まで、仙台でやまびこ61号に乗換えくりこま高原へ。 東北新幹線E2系
あっという間の二日間でした。 しかし、ホント乗りっぱなしの食べっぱなしでしたな〜。
くりこま高原駅もまっくら
お疲れ様でした〜。 -------------------------------------------------------------------------
ちょっと間が空きましたが、前回の続きです。
千葉県内のJRでたびたび登場する113系は、たしかこの年で全廃されたはず。
京成電鉄の最古参だった3200系も2007年に全廃となっています。
京葉線の205系も201系も今では見ることがなくなりました。
野田線8000系もどんどん廃車がすすんでいます。
当時の記事をそのままと断っておきながら、東成田駅のもようは以前このブログで紹介したので、リンクを挿入しておきました。
成田空港の警備の厳しさ、最近は緩和されてるみたいですね(^^
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この書庫は、以前HPで公開していた記事を再掲載したものです。
したがって、現存していない列車・駅などが登場しますが、当時の文面のまま再録しています。
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2006年1月18〜19日
2006年5月をもって東京の交通博物館が閉館されます。
そこで、閉館記念イベントに参加。ついでに、鶴見線制覇など首都圏近郊のいろいろな鉄道に乗車してきました。
ピンクのラインが往路。赤のラインが復路の行程です。
2006年1月18日
今回の旅で使用するきっぷは「周遊きっぷ(東京ゾーン)」。
以前の「周遊券」にくらべ値段も上がり、使い勝手が悪いと評判ですが、私のように、駅毎に改札を出てしまうような人間には2日もあれば十分"もと"が取れるきっぷです(有効期間は5日間)。
車でくりこま高原駅へ。ちなみにこの駅には駅弁が無いので、コンビニで朝食を調達。 くりこま高原駅
6時56分、上りの始発"やまびこ42号"で東京へ向け出発。車内で朝食をとり爆睡。目が覚めたら大宮でした。 ということで。あっという間に東京に到着。
並んだ東北新幹線E2系
山手線に乗換え、お隣の神田へ向かいます。 山手線E231系
神田駅
ここから、交通博物館まで徒歩で移動。 この区間の高架下のレンガがまたたまりません。
交通博物館
交通博物館では、旧万世橋駅の遺構を見学。
旧万世橋駅を堪能し、御茶ノ水駅まで徒歩で移動。
御茶ノ水駅
ここから中央線青梅特快で新宿へ。 中央線201系
新宿駅
新宿ではある計画があります。 そう!1月といえば京王百貨店恒例のあれです!! 題して、「第41回元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」!! 前もって京王のHPからリストをダウンロードしていた私はお目当ての駅弁目指して突撃していきました。残念ながら すでに完売していたもの、会場で改めて食べてみたくなったもの。とにかく会場内を見て回りました。 で、今回ゲットしたお弁当は… ぽっぽ亭の「摩周の豚丼」(北海道摩周駅) あら竹の「モー太郎弁当」(三重県松坂駅)
あんどうの「鯖の姿寿し」(高知県高知駅)
北九州駅弁当株式会社の「明太子弁當」(福岡県小倉駅)
松栄軒の「かごんま黒豚弁当」(鹿児島県出水駅)
以上5品を購入。一人で食べるには買いすぎです(笑)
さて、旅を続けます。
周遊きっぷでは、ゾーン内であれば特急の自由席にも乗り放題です。ということで「あずさ17号」に乗って立川まで行きます。
「あずさ」E257系
車内で「摩周の豚丼」を食べてるうちに立川到着。 立川駅
ここから南武線で川崎を目指します。 南武線205系
川崎駅
困ったことになりました!
なにげな〜く駅弁屋さんを覗いていたら無性に崎陽軒の「シウマイ弁当」が食べたくなりました(^^;
ということで、またしても駅弁を買ってしまいました。
いよいよここから鶴見駅へ向かい、鶴見線を乗り潰す予定なのですが、なにせ弁当を5品も持っています。とりあえず駅のコインロッカーにあずけることに。
京浜東北線で鶴見へ。
京浜東北線209系
鶴見駅
さて、鶴見線ですが、13駅すべてに降り立つ予定でしたが、時間の都合上どうしても新芝浦駅はムリということになりました。ということで、それ以外の12駅に降り立つことにしました。 時間節約のため、進んでは戻り、戻っては進むということを繰り返しているので、路線の順番通りの紹介では無いことをご了承くださいませ。
さぁ、鶴見駅を出発します。
鶴見線205系
鶴見駅とお隣の国道駅の間には本山駅という駅がありました。ホームなどは今でも残っています。
最初に降り立ったのは「武蔵白石」。 現在、大川駅へ向かう支線は隣の安善駅からしか行くことができません。しかし、以前はこの武蔵白石駅からも行くことができました。
武蔵白石から大川へは旧なカーブがあり、クモハ12という小さな旧型国鉄電車が走っていました。しかし、車両の老朽化から引退。
現在のような大型車両ではカーブを曲がれないことから、武蔵白石からの路線は廃止されてしまいました。
鶴見線クモハ12
武蔵白石駅
次に鶴見小野駅に戻ります。
鶴見小野駅
この駅は上り下りでホームが別れており、それぞれに小さな駅舎があります。
今度は鶴見線本線の終点・扇町へ。
左の小さいのが鶴見線の扇町駅。右の2階建ては貨物線の扇町駅。
ここから隣の昭和駅まで徒歩で戻ります。
あぁ、オイラ…何やってんだろ〜(^^;
でも、たまらんです。
昭和駅
続いて、浅野駅へ戻ります。ここから海芝浦支線に入ります。 浅野駅
二股の路線。左が本線で右が海芝浦支線
途中の新芝浦は残念ながら通過。支線の終点・海芝浦へ。 海芝浦駅
この駅は鉄道ファンの間では有名な駅。 なにせ、駅から出られない駅なのです。
実はここは某電気メーカーの敷地内。この駅には駅員ではなく、ここの守衛さんがいます。残念ながら、関係者以外はここから先には進めないのです。
ということで、上の写真も駅の外観ではなくホームから撮影した駅の内側。
珍しい駅ということで訪れる人も多く、最近になり、この家電メーカーさん、ホームの脇に海芝公園という小さな公園を作ってくれました。
ホームに直結している海芝公園
ホームの下はすぐに東京湾。眺めは最高です
さて、今度は国道駅まで引き返します。
国道駅
国道に面しているから国道駅。そんな駅いくらでもあるわけですが、それだけこの駅には歴史があるということです。
入り口の脇には第ニ次世界大戦時の機銃掃射の弾痕跡が今でもしっかり残っています。
弾痕がたくさん残っている
この駅の改札は高架下のトンネルの中にあります。このトンネルが時代を感じさせてくれるんです! トンネル内のお店もいい雰囲気
改札
では弁天橋へ進みます。 弁天橋駅
そういえば、鶴見線唯一のキヨスクがここにあったのですが、閉店したそうです。貼り紙が貼ってありました。 ここから大川支線で大川へ向かいます。 大川駅
では、安善へ戻りましょう。 皆さん、ついてこれてますか?(^^; 安善駅
以前はここから「石油支線」が延びていましたが、現在は廃線。 時間の都合でここの探索は出来ませんでした。
線路をはさんで向かいには貨物の安善駅
構内には貨物列車がたくさん
さて、鶴見線の旅もいよいよ最後の駅・浜川崎となりました。 ここは南武線の浜川崎支線との接続駅でもあります。 しかもそれぞれの浜川崎駅が道路を挟んで向かい側にあるという変わった駅でもあります。
鶴見線の浜川崎駅
南武線浜川崎支線の浜川崎駅
実はこの付近を以前は川崎市電という路面電車が走っていました。 その跡を少しだけ訪ねてみました。
「首都圏近郊の旅<廃線編>」をどうぞ。
南武線浜川崎支線に乗換え、尻手へ。
尻手駅
ここから川崎へ戻ります。 あずけておいた駅弁たちと再会し、東海道本線で品川へ。 東海道本線E231系
品川駅
快速エアポート成田で一気に千葉へ進みます。 快速エアポート成田E217系
やっと今夜の宿、千葉に到着しました。
しかしっ!!まだまだ乗り足りません(笑)
ここから内房線で蘇我へ移動します。
内房線113系
京葉線に乗換え、千葉みなとへ。 京葉線205系
京葉線千葉みなと駅
千葉都市モノレール千葉みなと駅
ということで本日最後の列車は千葉都市モノレール1号線。 千葉都市モノレール1000系
これで終点の県庁前まで行ってみます。
県庁前駅
当然ですが、保線車両もモノレール
それでは、今夜の宿の最寄駅・栄町まで引き返します。 栄町駅
いやぁ、乗った乗った。乗りすぎた。
これから、たら腹駅弁を食べるのだ〜!! -------------------------------------------------------------------------
9年前の旅です。
周遊きっぷなんて、今はないもんね〜
当時の記事をそのままと断っておきながら、旧万世橋駅の遺構と、本山駅については以前このブログで紹介したので、リンクを挿入しときました。
中央線201系も京浜東北線209系も内房線113系も今はありません。
鶴見線は、行っては戻りの繰り返し。
トラベルライター・横見浩彦氏が「日本の駅すべてに降り立つ」のを樹立する際に使用した方法で、その後『横見式』と呼ばれるようになった鉄道乗者方法です。
新芝浦駅はまだリベンジしてません(^^;
次回は"その2<復路>"、そして”廃線編”と続きます。
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その1を掲載したのが3月(^^;
ずいぶん経ってしまいましたが、2005年冬の旅の続きです。 この書庫は、以前HPで公開していた記事を再掲載したものです。
したがって、現存していない列車・駅などが登場しますが、当時の文面のまま再録しています。
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2005年12月17日
新宿のビジネスホテルに泊まったので、今日は新宿からスタート。
まず、新宿から中央線で東京駅へ。 新宿駅新南口
中央線の御茶ノ水と神田の間には昭和18年に廃止された「万世橋駅」のホームが残されています。ちなみにその駅舎を利用したのが現在の「交通博物館」です。 万世橋駅のホーム
かつての万世橋駅
東京駅に到着しました。ここにはあまり知られていない、歴史的遺構が多く残されています。 東京駅
まずは5〜6番線ホーム。ここには1914年(大正3年)の開業当時から残る装飾が施された柱や、中央に丸い飾り金具が付けられた補講材を見ることが出来ます。 鋳鉄製の柱
鉄棒製補講材
次に八重洲中央通路。ここには浜口首相遭難現場があります。昭和5年、当時の首相・浜口雄幸がここで(正確にはここではありませんが)銃撃されました。 八重洲中央通路の案内と現場 10番線ホームには正確な位置に鋲が打ってあります
改札を出て、丸の内側に行ってみましょう。 南口には原首相遭難現場があります。大正10年、当時の首相・原敬がここで刺殺されました。 丸の内南口の案内と現場
「鉄道の父」井上勝の像
次に山手線でお隣の有楽町へ行ってみましょう。
山手線で有楽町へ
日比谷口のガード下、1910年(明治43年)開業時の鉄筋が今も残っています。
開業当時は複線のみ(上り線と下り線)しか無かったので注意!
ここから汐留シオサイトへ徒歩で移動。 明治5年に日本ではじめて鉄道が開業されました。その当時、起点となったのがココ。旧新橋停車場です。 汐留シオサイト開発の際に、この遺跡が発掘されたときには感動したものです。しかも、復元してくれるなんて! まさに日本の鉄道はここから始まったのです。 残念ながら時間の都合で館内を見学することは出来ませんでした。 プラットホームと0哩標識&復元軌道
発掘された当時の礎石
当時の新橋停車場
それでは新橋駅より銀座線で神田へ向かいます。 銀座線で神田へ
東京メトロ神田駅
次のお目当ては交通博物館です。 実は約70年、この地で営業を続けた交通博物館も2006年5月で閉館。10月にさいたまにオープンする鉄道博物館へ移転することになってしましました。
交通博物館 いっぱい撮影しましたが、キリがないので、代表してこの1枚。
松山人車軌道の実車!
さて交通博物館を堪能したあとは…
先にも書いたように、ここは当時「万世橋駅」という駅でした。 外から見えるぶんだけでも、その遺構を見てみたいと思います。
レンガ作りのしっかりした駅舎跡が今でも残っています
このあと恵比寿に用事があり、向かいました。 東京メトロ銀座線で銀座まで行き、そこから日比谷線で恵比寿へ向かいます
東京メトロ銀座駅
日比谷線には東急東横線が乗り入れており、今回は東急の車両で恵比寿へ。 日比谷線で恵比寿へ
東京メトロとJRの恵比寿駅
恵比寿ガーデンホール
最後は恵比寿から山手線で東京へ。新幹線に乗り変え、一ノ関へ。
東北新幹線E2系
いや〜乗った!(^^ -------------------------------------------------------------------------
もう10年も前なので、今じゃずいぶん変わってます。
記事にもあるように、紹介した交通博物館は2006年をもって閉館し、さいたま市の鉄道博物館に移転しました。
また、交通博物館の閉館とともに、万世橋駅の遺構も見ることができなくなってしまいました。 閉館時に特別公開された万世橋駅構内のようすはこちら
http://blogs.yahoo.co.jp/y_sirais/16183814.html そして東京駅。
その後の大きな改修工事で、開業当時の東京駅に復元されましたね。この時はまだ三角屋根です。 そして、ホームを支えていた柱などは撤去され、現在は数本のみが"保存"されることになりました。 さらには東北新幹線E2系。今年度中に東北新幹線から全廃の噂も…風前の灯であります(T_T |
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この書庫は、以前HPで公開していた記事を再掲載したものです。
したがって、現存していない列車・駅などが登場しますが、当時の文面のまま再録しています。
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2005年12月16〜17日
久々に石川ひとみ姉さんの久々のソロライブがあるので東京へ。 でも、せっかく行くなら鉄道乗りつぶし(^^;
いまでこそ、宮城県の片田舎に住んではいますが、実はこれまでの人生の約3分の1は東京で過ごしてたりします。でも、通勤・通学といった決まった路線以外ほとんど列車に乗ったことがないんですよね。ってことで、ついでにいろんな列車に乗っちゃおうと計画したわけです。
では出発進行! ピンクのラインが一日目、青いラインが二日目。
二日目はその2の記事で紹介します。
2005年12月16日
朝5時10分に起床し、凍て付く闇の中いざ一ノ関へ。 今回は「やまびこ限定東京フリーきっぷ」というチケットを使います。これは3日間有効で盛岡〜東京間の往復の新幹線の指定席&特急券と東京フリー区間の乗車券がセットになったもの。これで2万4000円はお得です(といっても、一ノ関から乗って、しかも到着してもすぐに駅から出ちゃう我々にはあまり得じゃないかも…)。、このきっぷなら一ノ関駅の駐車場が一日200円で使用できるからいいか。 ホームで駅弁を購入し、新幹線に乗車。 東北新幹線E2系が入線
それでは、本日の朝食です。「いくら・うに・かに 北海の幸」と「平泉 義経」。 「いくら・うに・かに 北海の幸」
「平泉 義経」
早起きだったので、食べた後は爆睡です。
このきっぷなら東京まで行けるのですが、大宮で下車します。
だって、まだ「埼玉高速鉄道」に乗ったことがないから(^^; 普通なら、ここから京浜東北線で南浦和でまで行き武蔵野線に乗り換えて東川口というのがあたりまえなのですが、あえて埼京線で武蔵浦和まで行き、ここで武蔵野線に乗り換えます。
埼京線で武蔵浦和へ
武蔵浦和駅
武蔵野線で東川口へ。
昔、3か月ほど住んでた東浦和を通過したけど、この辺りはあまり変わってないね。
正面がJR東川口駅。手前が埼玉高速鉄道の東川口駅
ここから埼玉高速鉄道で終点の浦和美園へ。
埼玉高速鉄道へは東京メトロ南北線が乗り入れています。今回乗車する車両は南北線のもの。
南北線の車両で浦和美園へ 浦和美園駅
浦和美園の近くには「埼玉スタジアム2002」もあります。 ここから再び先ほどの車両で埼玉高速鉄道の始発駅・赤羽岩淵へ。 赤羽岩淵駅
ここからJR赤羽駅へは徒歩で移動。
赤羽駅
ここから上野に向かいます。 上野駅
上野も久しぶりですねぇ。もはや東北からの玄関口じゃなくなっちゃいました。東京でサラリーマンやってるころはこの近辺で飲んだ後は不忍口前のガード下で屋台のラーメンを食べて、ここで夜を明かしたもんです(^^
さて、次の予定は都営荒川線に乗ること。ここから東京メトロ日比谷線で三ノ輪へ移動するところですが、終点の北千住まで行ったことが無かったので、北千住まで行き、三ノ輪まで折り返すことにしました。
日比谷線で北千住へ
北千住駅
そういや、はじめて「つくばエクスプレス」の車両を見た。
それでは三ノ輪まで戻ります。この路線は東武伊勢崎線が乗り入れており、今回は東武の車両でした。 伊勢崎線の車両で三ノ輪へ
三ノ輪駅
ここから荒川線の三ノ輪橋駅まで徒歩で移動。
三ノ輪橋商店街の雰囲気最高です(^^ 三ノ輪橋駅
ここから終点の早稲田まで移動。
大塚でも仕事をしていたことがあるのですが、残念ながら駅のカレー屋さんなくなってました。ドミノ会館の吉野家は健在ですな。
鬼子母神前から学習院下周辺は大規模な工事のようで、かつての町並みが消えつつありました。
早稲田駅
今度は高尾山を目指しますぞ〜
タクシーで高田馬場まで移動します。
JR高田馬場駅
東京メトロ高田馬場駅
東京メトロ東西線で中野駅へ
中野駅
いつもなら、中野ブロードウェーなんかに立ち寄るんですが、今回は我慢。中央線で高尾を目指します。
中央線で高尾へ
懐かしいねぇ。オイラ、小学校入るまで八王子に住んでました。
車窓からの町並みは相当変わったけど、長房団地の貯水塔とか当時のまんまだね。こんどゆっくり来たいね。京王線の廃線・御陵線跡も歩きたいしね。
高尾駅
高尾からは京王線高尾線に乗換えます。 京王線高尾線で高尾山口へ
高尾山口駅
高尾山の上り口まで徒歩。この辺りも昔はよく歩きました。おっ!あの駐車場の三角のコンクリートの建物、まだ残ってる!!
さんかく〜。確か上に昇れたような記憶があります
いよいよ登山口、ここから山頂までの高尾登山電鉄にはケーブルカーとリフトの二路線があります。ケーブルカーの麓の駅は清滝駅、山頂の駅は高尾山駅。リフトの麓の駅は山麓駅、山頂の駅は山上駅といい、ケーブルカーとリフトでは駅舎および駅名が異なります。 高尾登山の出発地点、ケーブルカーの清滝駅とリフトの山麓駅
ケーブルカー
リフト
終点、ケーブルカーの高尾山駅とリフトの山上駅
ケーブルカーとリフトの二路線をもつ高尾登山電鉄。
ケーブルカーとは正式には鋼索鉄道というりっぱな鉄道。
リフトも索道と呼ばれるりっぱな鉄道。高尾山のような観光地にある「観光リフト」は甲種特殊索道といい、原則として往路・復路ともに乗車が可能で落下したときのためにコースの下にネットが張られているのが特徴です。
ちなみにスキー場などにある往路のみのものは乙種特殊索道、シートなどの無い"つかまり棒"のみのものは丙種特殊索道いい、これも立派な鉄道の一種です。 都心も一望!
おっと!もう4時近い!!
そう、私の今日の目的は"ひっちゃん"のライブを見に行くこと!!!
5時からは表参道の会場で整理券が配られます。このままでは5時に間に合いませんっ!!! 下山し、京王線で一機に新宿へ戻ります。 一気に新宿へ!
新宿に着いた時にはすでに5時を回っていました。都営地下鉄大江戸線で青山一丁目まで行き、そこから東京メトロ半蔵門線で表参道へ。 大江戸線で青山一丁目へ
青山一丁目駅(ぼけぼけです)
半蔵門線は東急田園都市線が乗り入れています。東急の車両で表参道へ向かいます。
半蔵門線で表参道へ
やっとついた〜 表参道駅
はい、なんとか到着しました。本日の"ひっちゃん"のライブの会場、「LAPIN ET HALOT」です。
LAPIN ET HALOT
一五一会という、ギターのような楽器を使ったアコースティックライブ。
ひっちゃんとバックを務めるのは、旦那さんでギタリストの山田直毅さん、そしてピアノは「BEGIN」の上地等氏というちょっと得したライブでした(^^
今宵の宿は新宿。
さっきと同様、半蔵門線と大江戸線を乗り継ぎ新宿に戻るのでありました。 次回につづく…
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もう10年も前なんですな〜
高田馬場には、崎陽軒の売店がってシウマイ弁当が帰るんだけど、ものときは売切れててあきらめました(T_T
しかも高尾山ではケーブルカーがメンテ中で、往復リフトという…
まぁ、懐かしい思い出ですな。
翌日は東京駅近辺の貴重な遺産などを巡りました。
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