日記

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国内の前日移動から含めると、
ちょうど一週間海外出張に出て、9/25(金)帰国した。
 
その間行なわれた9/18(金)Cライトでの試合は
成田のホテルで試合経過を確認しながら1−0で勝ったのを知り、
ほっとした気持ちで、翌朝日本を飛び立った。
9/22(火)出雲での試合は、
国際学会当日の朝、到着したチューリッヒの学会会場で発表者を待っている間、
Free Wi−Fiがつながるため確認した携帯端末の画面で2−5との結果を知り、
これから本番が始まるのに暗澹たる気持ちにさせられた。
加えて、ES下位リーグ行きも決まり、
それを知らせる画面を見て、人知れずため息が出た。
 
こういう結果も起こり得ると重々承知していたが、
それでもES上位リーグ進出を願っていたので、残念以上の想いに駆られた。
しかし、学会の口頭報告を聞いているうちに
これで全てが終わったわけではなく、
N1の残留争いという有り難くない状況が待っているが、
ホーム&アウェイで合計6試合もベルを観られる。
ものは考え様である。
今年はW杯カナダ大会のせいか、リーグ日程が過密で
ES上位リーグは5試合しかない。
 
そして、何より気分が変わったのは、
スイスへ連れてきてくれた部下のポスタープレゼンテーションが
横から見ていて非常に評判が良いと勝手に感じ、
日頃アドバイスをもらっている先生からも
内容を評価する裁定員が多く回ってきていると聞き、
余計に一人で勝手に緊張し、期待が膨らんで行ったのを今でもよく覚えている。
それ以上に、部下の受け答えも堂々たるもので、
結果は受賞を逃したが、
「受賞を逃した」
という表現がしっくりとした。
 
昨年から国際学会で発表するための準備をし、
今年GW前半に行ったオーストラリア・ケアンズでは、
英語で口頭発表する部下を観て、
今のような職場環境でもメカニズムの研究ができるのかと感心した。
けれども、今回のチューリッヒは
決して大きくない職場でも、研究の方向性とプレゼンテーションの内容次第で、
こうして世界と渡り合い、一番を手にすることも夢ではない、
もちろん、国内外に競争相手は数多く、強敵だらけだが、
どんな立場に居ようとも、一番を目指すことの重要性を実感したSW前半だった。
参加することに意義がある段階は過ぎた。
 
このような考えに至れたのは、
なでしこジャパンのW杯やオリンピックでの振る舞いや
昨年3試合スタジアムで応援観戦したIWCCでのベルの戦いが影響している。
大会に出場している選手やチームは
常に優勝することを目指して競い合っている。
それが成し遂げられるのは一人ないしは一チームしかないが、
同じ目標を持って戦っている相手がいるからこそ、
結果が出なくでも、その内容に触れて、どこか心を揺さぶられるのだろう。
戦う場は違えども、同じ意識を持ってベルと共に戦っている。
 
イメージ 1
 
最後に、国内と同じように菓子を求めてチューリッヒの街を歩き、
チョコレート屋を回り、ろくに言葉も話せない中、いろいろと買い漁ってきた。
6軒リストアップしたのに、最終日が雨だったからという理由で4軒しか回れなかったのは、
回れなかったのではなく、回らなかったというのが正しい物言いである。
天気が悪かろうと、仕事が忙しかろうと全てを回る
という気合いが足りなかったから不十分な成果に終わり、
第五回一人菓子博覧会開催とまで至らなかった。
 
けれども、9/27()川越以降、周りの方々に配って回るのが楽しみである。
また、他に記述しなければならない事柄は沢山あるが、
ベルの試合の記録もろくに綴れていないので、追々連ねていくことにする。
 
今年のなでしこリーグは3/23(土)に開幕する。
それまでの間、おとなしく過ごす予定であったが、もうすでに、2月、3月と1試合ずつ、
ベルではないが女子サッカーの試合をスタジアムで観てしまって、今日に至っている。
本来の予定では、3/2(土)に開幕したJリーグと3/6(水)からのアルガルベカップをテレビで観て、
そこから、3/24(日)ラ・サスタでのベガルタ仙台レディース戦に照準を合わせるつもりであったが、
別のところにある的を目掛けて矢を放ってしまったというのが偽らざるところだ。
 
昨年、ベルの試合をスタジアムで観始めて以来、女子サッカーを中心に20試合をスタジアムで観た。
さらに、ロンドンンオリンピックになでしこの試合やJリーグ、皇后杯など20試合近くをテレビで観て、
加えて、Jリーグ発足以来のファンであるサンフレッチェ広島のJ1優勝に沸き立ち、
広島でのベルの皇后杯準々決勝の試合と幸運にも日が重なった優勝パレードも見たせいか、
3/9(土)夜は湘南ベルマーレ対サガン鳥栖の試合を、
3/16(土)夜はヴァンフォーレ甲府対名古屋グランパスの試合を、
共にBS1の中継で、最初から最後まで退屈せず、案外楽しんで観ていた。
ファンチームのサンフレッチェ以外の中継であっても、
どこのチーム選手であっても良いプレーに対しては、テレビの前で感嘆してしまうという観戦スタイルは、
スタジアムで声を出してひたすら応援に終始するのではなく、場合によっては応援を放棄して、
試合に観入ってしまうベルのサポーターだからこそ、身についたことなのかもしれない。
 
3/10(日)は藤田のぞみ(浦和レッズレディース)サポーターのタテイシさんとともに、
京都マラソンの応援に、特に、サッカーユニフォームを着て走るランナーを集中的に応援しに行ってきた。
2011年の奈良マラソンの沿道で、たまたま思い付きで始めたことなのだが、
そこに独自の面白みを感じた彼が中心となり、
昨年の京都マラソン、神戸マラソン、大阪シティーマラソンと発展、継続させて、今年に至っている。
寒冷前線通過による突風と激しい雨が昼頃にあるとの天気予報が出ていたこの日、
午前10時前にはタテイシさんと現地で合流し、
さらに、この企画に興味を持ってくれた若者たち4人が加わった。
普通のランナーには頑張って!と手を叩いての応援を、
サッカーユニフォームを着たランナーの姿を認めると、
一段大きく手を叩いてチーム名のコールを送るというスタイルで沿道に立っていたその姿は、
傍から見たら異様な集団に見えたに違いない。
 
天気予報が見事に的中し、強風が鴨川河川敷の道の砂を巻き上げ、冷たい雨が激しく打ちつける中、
別にマラソンをしているわけでも、知人が走っているわけでもないのに、
風雨に曝されながら、こんな応援を午後2時頃まで行なっていた。
3〜4時間台の完走ペースのランナーは比較的余裕があり、結構なノリでコールに応えてくれたのだが、
それ以降のランナーはそれどころではないくらいの苦しさを露わにして走っている。
そんな状態の見ず知らずの、ただサッカーユニフォームを着ているというだけのランナーに対して、
コールを無理やりに送る行為は、応援というよりも、体のいい総会屋に近く、
彼ら彼女らに容赦なく鞭を入れ続けたのではないかと思っている。
しかし、そんな応援を送られたランナーは、しばらくすると走り過ぎて行くという、
旅の恥は掻き捨ての逆のような展開なので、コールを送る方は気が楽なのだろう。
詳しくはタテイシさんのブログを参照のこと。
「2013京都マラソン:サッカーユニフォーム姿のランナーさん応援企画おつかれさまでした!」)
 
このブログに、私たちがコールを送った相手、
つまり、サッカーユニフォームを着たランナーからコメントが寄せられていて、
特に、サガン鳥栖のユニフォームを着たランナーからのコメントを読んでうれしくなった。
サガン鳥栖を識別できたのは、前日のJリーグ中継と、
以前見たサガン鳥栖を特集していたNHKBSのドキュメンタリーの賜物である。
コメントを寄せたランナーからは、前もってこのブログを読んでいて、
いつコールが掛かるか期待しながら走っていたと書いてあった。
何をやっていたのだろうと思わずにはいられない悪天候の中、
彼を見つけられて、サガンコールをすることができ、
そして、コメントまで寄せていただき、感謝の一言に尽きる。
来シーズンに向けての課題はユニフォームの識別であり、ホーム、アウェイとサードに加え、
練習用まであるユニフォーム、これが、J1、J2、JFLやなでしこリーグのチームの数だけあり、
しかも、走ってくるランナーを見て、瞬時に判断し、コールを送るという
クイズのような展開は、記憶力、判断力、瞬発力が求められる。
 
その週の金曜日、3/15の夜、私の職場に新しく配属された女性の歓迎会があり、
飲み放題メニューの中に、日本酒やワインといった醸造酒がなく、
不満を口に出しつつ飲み続けた芋焼酎のロックのおかげをもって、
終電に乗ったはよいが、降りる駅を寝過ごし、
気が付いたときには、降りる駅が遠ざかって行く光景が窓越しに見えていた。
途中の駅で降りて引き返すことも考えたが、引き返してみても、家の最寄り駅までの電車は既にない。
どうしようもない展開の電車の中で思案してみても良策が思いつくわけではなく、
とりあえず大阪駅まで行くことにした。
そこでホテルにでも泊まろうと考えてもみたが、どうも気乗りがしない。
こんな状態では、急遽泊ることになったホテルの一室で、
事ここに至った原因を後悔と反省をするに決まっている。
それをしたところで、降り過ごした行為を取り戻すことはできない。
 
かえって、こんな状況は創り出そうと思ってもそう簡単に創りだせるものではなく、
今、置かれた状況を楽しもうではないかと思いが頭の中に浮かんできて満たされてしまった。
そうなったら、とりあえず難波まで歩いてみようという気になり、
御堂筋を南に向かってふらふらと歩き始めた。
一人御堂筋パレードだと思ってしばらく歩いていた時、
通りに面したビルの1階のショールームに目が留まり、しばしの間、足を止めて見入ってしまった。
そこには、アイルトン・セナが乗っていたマクラーレン・ホンダMP4/4が展示してあった。
セナは私の母が好きだったF1レーサーで、セナがサンマリノで事故死した後、
レース雑誌の付録のセナのポスターが自宅の台所の壁面に貼られ、
20年近くが経った今でもそのままになっている。
真夜中の大阪の街で、セナと出会えるなんてと感動だと、大袈裟に思えたのは酔いのおかげなのだろう。
 
それにしても、3/16(土)午前1時近い時刻なのに、
御堂筋を歩く人の数は想像していたよりも多く、
終電もない状態で彼ら彼女らは一体どういうつもりで歩いているのだろうかと、すれ違うたびに感じた。
さらには、通りの両側にそびえ立つビルのあちこちに灯りがついているのを見えると、
こんな深夜まで仕事とはご苦労なことだと思うと同時に、
これだけの部屋があるのに、私の居る場所はどこにもないなどと至極当然のことを、
少し感傷的に思いながら南へと歩を進めていた。
 
やがて、難波に着き、いよいよこの後の手段がない。
ここで、カプセルホテルにでも泊まろうと思ったのだが、
何だかそういう時間の使い方がもったいないように思えてもいた。
今思い返すと、多分、泊まるという行為が私自身で許せなかったに違いないのだが、
そこで下した決断と行動も大いに間違っている。
この事態は帰宅困難時の演習だと勝手に想定し、
ここから歩けるところまで歩き、そこから始発に乗って家に帰ろうと思い、
再び歩き始めたことは明らかどうかしている。
結果的には、大阪駅から難波、難波から車庫のある駅まで線路を目印にして歩くこととなり、
スーツにネクタイ、コートを纏った姿で、
0時から4時過ぎまで、ほとんど歩きっぱなしで目的とした駅に着いた。
それから駅前の24時間営業のハンバーガーショップに入って、
少し早い朝食をとり、始発電車に乗って家に帰りついた。
 
後で調べてみると、約15kmの距離を歩いていた計算となったのだが、
深夜の街を歩いても襲われることもなかったので、まだまだ我が国の治安は他に比べて良く、
道沿いにあった新聞配達店は2時頃から配達の準備をしていて、4時前には配達のバイクが走っていた。
また、夜とはいえ、大阪の街は明るく歩きやすかった。
家に帰り着いてからは真っ先に風呂に入り、それから布団に入って、午後2時まで寝た。
そこから、ようやくいつもの土曜日が始まったのだが、全てが6時間遅れであった。
午後4時ごろ、買い物から帰ってくると、家の庭先の木蓮に、大きくふくらんだ白い蕾があるのを認めた。
毎日の仕事の行き帰りにいつも見ているはずなのに、こんな週末に春が来ているのを気がつくなんて。
 

東京出張雑記

1/31(木)、予定より早めについて、丸の内のオアゾの中の丸善で本を物色後、
東京駅八重洲側に向かって地下通路を歩いていると、
どこかで見たことのあるダウンコートを着た中年女性に気がついた。
背中にはカブドットコム証券とDHLのロゴ。
これは、昨年9/30(日)嵐の中の伊賀上野で観た、
くの一対レッズの試合でレッズの選手たちが羽織っていたガウンだと思い当たり、
彼女の正面に回ってレッズの紋章を確認してしまった。
もちろん、さりげなさを装い、
また、スーツ姿であり、ベル色もは全く出していなかったので、恐らく感づかれてはいないだろうが、
女子サッカー関連の事柄によく気づいてしまうのは、職業病に近い症状である。

業界内の会議が終わり、その後の懇親会の席で、
隣に座った方が話したことに、ああ!そうだったのかと気づかされた。
国立博物館の話題の中で、寺田寅彦が京都大学の職を断った理由が、
上野(の国立博物館)で絵画が観られないからだそうと言って、
寺田は東大というよりは京大が似合っているのに、そういうことで東大だったのですか、
随筆は滅茶苦茶うまいですもんね、と思わず口を挟んでしまった。
彼の随筆は岩波文庫から出ている全五巻を読み、
科学的思考に基づいた内容を、わかりやすい表現で書かれているあたりに感服した。
彼は、科学者としても、日本語の表現者としても、私の先生の一人である。
イメージ 1
 
泊まりがけで東京出張とわかると、
何も考えずに、東銀座という名の築地の宿を予約してしまう。
朝早く起きて、ターレが次から次へと市場の中から姿を現してくる、
ふつうの街中では、とてもじゃないが考えられない光景を楽しみ、
削りたての鰹節の香りに頭から幸せな気持ちとなり、
朝日を浴びた築地本願寺のエキゾチックな姿にアジアを感じる。
そういう想いができると無意識のうちに思っているから、
後先考えずに今日もまたいつもの宿に泊まっているのだろう。

イメージ 2
 
この日の夜も、築地の宿に泊まるため、有楽町の駅からふらふらと銀座を抜けて歩いた。
銀座の象徴、時計台を過ぎてから、今までと感じが違うのに気がついた。
歌舞伎座の建て替え工事が山場を過ぎ、外観があらわになっていたからである。
昨年師走に通った時は、まだ、白い工事用の外壁に覆われて、
その姿を見せていなかったはずなのだが。
それとも、この日以上に酔っていたため、気付かなかっただけなのか。
(写真は翌日の朝撮影)

2/1(金)、業界内の仕事も無事終えて今日は両親の家に泊まり。
明日はゆっくり帰る予定だったが、私が東京にいるのを見透かしたように、
なでしこリーグ主催で常盤木学園高校対日テレ・メニーナの試合が組まれたので、
13時に味の素フィールド西が丘!
2月中まではおとなしく過ごすはずだったのに。
 
ネットを始めて十数年が経った今、ようやくブログを始める気になった。
これまで自分の気づいたこと、考えたことなどを発信したくなかったと言えば嘘になるが、
発信するのが煩わしいという気が先にたって、そうはしてこなかった。
また、発信したら、その責任を負わねばならないということを考えると、
二の足を踏んでしまい、まあ、いいやと思って、現在に至った。
 
ただ、自分の気づいたこと、考えたことなどを発信することに対する煩わしさよりも、
発信したいという想いが大きくなったという自分の心境の変化と
その発信が技術的に容易になったことが、ブログを始めるきっかけとなった。
発信することの責任やリスクに対しては、少しくらいは背負ってもよいかと考えているし、
誰に注目されたいということでもなく、誰に注目されるということでもないので、
そのあたりは気楽に考えて、ブログを始めることにする。
 
はじめに述べたように、元来の面倒臭がり屋であり、怠け者でもあるので、
長く続くかどうかはわからない。
しかし、他人のブログが長い間更新されていないのを見ると腹が立つという
大変自分勝手なところがあるので、自分のブログでそういうことが起きないように
以下のことを決まり事とする。
 
「1週間に1回はブログを更新する」
 
そうは、言ったものの、どこまで、続くやら。
 
また、ブログに画像がないと何だか締まらないので
最後に、自分がよくお参りする三輪の風景を載せて、今回はお終いとする。
 
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