本の紹介

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2015年ワールドカップ・カナダ大会も大詰めを迎えている。
本大会が始まる前から今に至るまでの
我らが代表(なでしこジャパン)に対する我が国の報道の仕方に
疑問を感じ、腹を立て、その影響を心配し続ける日々を送っている。
準決勝までの6試合全て一点差ではあったが、
勝ち抜いて、結果を出し続けて、決勝までたどり着いたことをようやく評価され始めてきた。
しかし、一点差ゲームの内容を持ち出しては不安を煽ることばかりの報道は、
曲がりなりにも女子サッカーを集中して見続け4年目となる私にとって、
何を目的にしたいのか全くわからない意味のないものに思えて仕方がない。
 
本大会は予選グループを1位通過することが
その後の移動距離を考慮すると最善であり、
決勝トーナメントに至っては、内容はどうあろうとも勝ち続けなければならない。
その全てをなでしこはやってきた。
内容は悪かろうとも結果を出し続けてきた。
W杯では内容が優れなくても結果を出すことが一番で、それに代わるものなど存在しない。
これまでの全6試合、度を越したハラハラドキドキが過ぎる内容で、
それに不満を持つ人もいるのはわかるが、
しかし、どんな状況においても、楽な試合など一つもない。
ましてやW杯なのだから、
先のことよりも目の前の一試合に全力を挙げて勝たないことには明日はない。
この緊張感を共有しているかいないかによって、捉え方が全く異なってしまう。
 
ネット上でのニュースを拾い読みすると、
長年なでしこを追い続けている人たちの記事は、
過度に不安を煽ることのない全うな内容で構成されており、
我が国の女子サッカーの実情を理解している方はある意味冷静だと読み取れる。
男女関係なく、どのスポーツや競技においても、
世界規模の大会で連覇することは非常に困難であり、
その舞台にたどり着いたことでさえ、快挙とほぼ同義である。
私たちは今一度それを理解した上で、
なでしこが決勝に勝ち上がったことを見直さなければならない。
 
その今があるのは、グループリーグ一試合目のスイス戦で
負傷退場を余儀なくされたのと引き換えにPKを獲得した
安藤梢の勇気あるプレーが全てのきっかけである。
私がなでしこリーグを観始めた頃、彼女はもうすでにドイツでプレーしていたので、
実際にスタジアムでプレーする姿を観たことがない。
けれども、彼女がなでしこの他の選手たちと同様に、
あるいは、別の部分でそれ以上に優れた選手であると認識している。
それは彼女の著書
「世界でたたかうためのKOZUEメソッド」
を読んで知った。
 
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この本を初めて手にした時、
他のスポーツ選手が書いたものとは全く違った印象を受けた。
そして、初めに買った本は
ベルの応援観戦を通じて顔馴染みとなり、
その頃からサッカーをし始めた女の子に差し上げることにしたが、
その後すぐ買い直して手元に置き、事あるごとに読み返している。
 
この本の「はじめに」の終わりに近い部分に、
この本は、読んでサッカーが巧くなることを目指して書かれたとあるが、
無論私自身がこれからサッカーをし始めて巧くなろう
と志して手元に置いているわけではない。
同じく「はじめに」の別の箇所に
「(略)プレーしながら、日々、研究とトレーニングを積み重ねています。」
との件に始まり、それ以降の具体的な記述を読んで、
この本は、自らを対象し、実験台とした優れた科学研究書であると共に、
狭いところで言うと、ビジネス、
広く捉え直すと、この世界で生き抜くための考え方と行動の参考本
と認識しているからである。
 
ふつうサッカーが巧くなる本の最初には、
ボールの取り扱い方が記述されていると想像するが、
この本では
「正しい走り方」
から始まる。
この件は非常に理論的で、それを安藤自身が実証していくことによって
走力という結果が伴ってくる内容を読み、
スポーツトレーニングは科学研究であると実感した。
このことが頭に入った上で実際の試合を観ると、
一生懸命なのはわかるが、走り方がわかっていないため、実が伴わない選手が意外に多いと知り、
この本を差し入れるとの余計なお節介をしようかとも思ったことがある。
話は逸れるが、私事ながら、冬に1.7kmばかりを走るイベントに参加する際にも、
この正しい走り方をお手本にして練習と本番に臨んでいる。
 
また、大(長期)、中(中期)、小(短期)の目標設定方法や、
P(plan:計画)、D(do:実行)、C(check:点検)、A(act:改善)
の四つの過程を常に繰り返すことによって、
業務を継続的に進歩させる考えのPDCAサイクルの記述に至っては、
サッカー本と言うより、ビジネス本と言って良い内容で、
この件より、どの世界に生きようとも、
何かことを成し遂げるための根本は同じなのだなとわからされた。
もちろん、この他に、技術、戦術、精神面、生活習慣に加え、
海外でのコミュニケーションなど
サッカー選手にとって必要なことは全て書いているが、
それは別にサッカーを志さない人たちにとっても大切なことである。
 
特に、5章に当たるmethod5の小節36の題名が
「目的は、あくまで勝つこと」
となっている箇所を読むと、
2011年W杯ドイツ大会、2012年ロンドンオリンピック、そして、2015年W杯カナダ大会と
どうしてなでしこが決勝まで行くことができたかが十分に理解できる。
加えて、この本は1、2ページの短く読みやすい小節から構成され、
各章の終わりには、正しい走り方や目標の立て方、PDCAサイクルの説明
といった重要な内容のわかりやすいまとめや、
彼女自身がこれまで歩んできた中でのエピソードを取り扱ったコラムが設けられ、
読み手の理解を助けるかたちに仕上げられているところにも非常に感銘を受ける。
 
そして、いよいよ迫った決勝戦のベンチには
初戦で骨折しチームを離れて帰国し手術を受けた安藤が戻ってくる。
このことを我が国の報道は騒ぎ立てるであろう。
それに付随して彼女のことを色々紹介するだろうが、
彼女がなぜ素晴らしい選手なのかを理解するためには、
この「KOZUEメソッド」を読むのが一番であると考えるので、
この時期に敢えて紹介することにした。
 
私が勤める職場は工場敷地内にある。
自然や田畑に囲まれた小さな工業団地内には工場以外何もなく、
ちょっとした買い物に出るにも車を使わなければならない。
そんな職場に早朝出勤すると雉(キジ)の姿をよく見かける。
勤め始めた十数年前からその姿は敷地の内外で見かけており、
昨年は色合い鮮やかな雄だけでなく、
保護色の雌もつがいで見たことがあるので、
おそらくこの辺りを棲みかにしているだろう。
 
先日も朝早く出勤して駐車場から机のある建物へ工場の横を歩いて向かう途中、
雄の雉が私の目の前を小走りに通り過ぎた。
近づいてくる私に気づいて逃げ去ったというのが正確なところだろうが、
彼のその前の行動が気になって仕方がない。
工場建屋内に光が射し込まないよう窓や扉には
マジックフィルムが貼られていて、日中、外から見ると鏡のように写る。
その扉の前に彼がいて、何かをしていた節があったのだ。
あんなところで一体何をしていたのかと思いながら、この日は仕事に就いた。
 
それから数日後、再び朝早くから仕事に就く機会があったため、
同様の時刻に出社してみると、またしても同じところで雉を目にした。
私に気づいてその場を立ち去った姿がまたしても気にかかり、
しばらく遠くから様子を伺っていると、彼はその場へと戻ってきた。
そして、鏡に写る姿に向かい、興味深そうなそぶりを見せ、
相手の出方を伺っていて、嘴でつつく仕草も見せていた。
この日この様子を職場で話すと、
MIOサポーターでない女性の部下は
鏡に向かって脚で蹴飛ばしているのを見たことがあると言っていた。
鏡に写る自らの姿を、縄張りを侵すライバルとみなしての行動と受け取れたが、
私たち人間も赤ん坊のような幼子は
実像か虚像かの区別がつかない風の様を見せるので、
このあたりは元々の認知能力なのか経験なのかわからない。
 
大学生の時分、講義で生物の進化や生態学を一年間学んだ。
この講義の先生の話が面白く、たくさん本の紹介もされ、
その影響でこの手の本を好んで読む習慣がつき、それは今でも続いている。
興味深く面白いのだが、実用とは程遠いため、金にはならないと話していたが、
身の回りにいる、ありふれた生き物ですら知らないことだらけと知り、
研究対象は希少、貴重に限らないと知った。
一般に雉は身近だと言いにくいが、
日常の生活で何となく興味を持った生き物が雉の他にもいる。
 
それはカラスである。
一般にカラスほど身近でありながら嫌われている鳥はいないだろう。
ゴミを漁る黒い容姿が好かれる対象とは成り得ないからであろうが、
よくよく観察していると、その行動は面白いところが多い。
 
陽が登る少し前、出勤途上の駅のホームから見える
建物の屋上に集結している姿を目にする。
出勤という条件上、
季節によらずほぼ一定した時刻にその位置に立って電車を待っているが、
ある特定の季節、特に陽が昇る少し前という時間帯にだけ、カラスの姿を目撃する。
 
また、夕暮れ時に職場の建物の外に出て空を見上げると、
カラスの群れが次々と上空を鳴きながら
特定の方向に飛んでいる姿も目撃しているが、これも季節限定のことである。
その季節の前後には、電線上に等間隔に並んで止まっている光景も見る。
カラスは時計を見て行動しているのではなく、
太陽の動きを感じ取って活動しているのだろうが、
陽が昇る少し前から定常の活動しているところを見ると、
いつ日の出が起きるのかがあらかじめわかっていると思う。
そうでないと日の出前の日常活動などできようはずがない。
 
また、ゴミを漁るという行為も私にとって大いに関連している。
出勤前、家のゴミ出しをするのが仕事にもなっているが、
初めは収集場所にそのまま置いておく、
次にはゴミの上にネットを被せる、
そして今では網目状でできた折り畳み式の籠を組み立てた中に入れる
と、どんどん手の込んだゴミの出し方に変わっていって
ようやくカラスがゴミを荒らして辺りを散らかす災いから逃れることができた。
 
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そんな中、愛読している月刊誌文藝春秋の本の紹介に出ていた
「カラスの教科書」(著:松原始、雷鳥社(2013))は
私の興味にぴったりの本であった。
かわいいイラストと、詳細なスケッチが載るこの本は
大学時代から追いかけ続けた著者がカラスについて、
関西人ならではのノリが入った文章で、面白く、真面目に書かれている。
 
野生の動物相手の研究だと、
その研究の大半がフィールドワークによる観察となる。
そうなると、観察対象を追っている研究者の方が
みじめでみすぼらしい様相を呈し、時には職務質問を受けると
大学の講義で聞いたことがある。
その先生は、真夜中、日本海側の砂浜を、
頭にヘッドライト一つを付けて歩いていたというのだから
職務質問程度で済んだことを感謝しなければならないだろう。
幸いカラスは夜行性ではなかったが
早朝、飲食店が立ち並ぶ街中で
我々がゴミと称する中から、カラスが何を食べているかを
建物の屋上から観察する様子を
ヒトとカラス、どちらがいいものを食べているかとの観点で描かれているのが面白い。
 
こういった内容は去ることながら、
この本の中で私が大学時代に読みたかったが、
他の本を優先して手が回らなかった本が紹介されていて、
ここで再び会ったのは何かの縁だと思い、
この際、買って読んでみた。
 
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この「ソロモンの指輪」(著:コンラート・ローレンツ、訳:日高敏隆、早川書房(1963))は
まえがきを読むと原著は1949年に書かれており、
日本語では50年以上も前に翻訳され、
手元には2006年に新装されたものを置いているが、
中味はちっとも古びていない。
 
「動物行動学入門」と付けられている副題の分野で第一人者の著者は
ノーベル賞を取った優れた研究者であるが、
動物と一緒に住む、暮らす中での観察から書かれた内容は
奇人変人の部類に入るほど滑稽である。
特に、飼っていたコクマルカラスを呼び戻すために、
家の屋根によじ登り、インディアンのようなわめき声を立て続けに張り上げて
軍旗を狂ったように振り回した行動は
村の人から奇異に見られることは、二の次、三の次のものだった。
この行動でカラスが還ってきたから良かったようなものの
もし目的が達せられなかったら、本当に奇人変人となっただろう。
内容は別にカラスに限ったことでないが、
何度読みかえしても飽きがこない一冊である。
 
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また、つい最近書店で、
「世界一賢い鳥、カラスの科学」
(著:ジョン・マーズラフ/トニー・エンジェル、訳:東郷えりか、河出書房新社(2013))
を見つけて、思わず買ってしまった。
内容は前の二つに比べて難しいが、カラスの行動事例を収集し、
それらをカラスの脳科学という観点からも研究したことが書かれている。
カラスをCTスキャンにかけて研究するところを読むと
何もそこまでしなくてもと思うのだが、
この手の研究がこういう方向へも展開もしているのかと感心もした。
また、脳が全体重に占める割合を比較すると、ヒトでは1.3%に対し、
ワタリガラスでは1.4%、ニューカレドニアガラスでは2.7%に至ると示されている。
これは、カラスが頭の良い理由の一つになる。
何も頭が良いのはヒトに限ったことではない。
 
身近な存在に注目して興味を持って観察し続ければ、
まず面白く、そして一定の成果になり、それが貴重な読み物に成り得る。
そう考えると、小学校の時分に時々野山で鳥を追って遊んでいたことが、
大学の時分に、このような講義を面白がって、教室の一番前に座って聞き、
そこで紹介された本を何の余談もなく読んでいたことにつながっている。
このことは、今の仕事や世の中のために直結していないが、
今を興味深く面白く生きていく上では、十分役に立っていると感じている。
 
ここのところ、サッカーのことしか書いていないので、
この本の紹介を載せるのが、少し気恥ずかしい感じがする。
 
私が高校生だった時分に、晩年の山本夏彦と知り合った。
あっという間に読者を通り越して中毒に陥ったのだが、
彼のコラムの文体だけでなく、練り上げられた内容にも釘付けとなった。
これまで文体がしっかりしている作家にはお目にかかったことはあったが、
内容も伴っているコラムはほとんどなかった。
その唯一と言ってもよいのが向田邦子であり、その彼女を
突然あらわれて、ほとんど名人である
と手放しに褒めたのが山本夏彦でもあった。
向田の文庫本に載っていた解説に、その褒め言葉も紹介されていたので、
彼女の読者しては嬉しい限りだったので、
まだ知り合う前から彼に親しみを抱いていた。
 
しかし、その内容は全く異なる。
そして、彼女は早くに亡くなってしまったので比べようもないが、
彼のコラムはほとんど同じことを述べている。
彼の著作を買い求めて読み進めるうちに、段々と気づいてきた。
三十年、四十年昔から、手を変え、品を変えはしてはいるが、同じことを述べている。
彼もそのことを認めている。
だが、その同じ内容のコラムに初めて接する際、
このコラムは前に読んだなとは思わず、まだ読んでいなかったなあと感じるのである。
読み終えた後に、この前と同じことを言っているなあと気づくのである。
終いには、読む前に多分同じことを言うのだろうが、
今回はどんな手を使ってくるのだろうと期待し、
読中から読後にかけて、そうきたかとその言い回しに舌を巻くようになった。
同じ内容を繰り返して、飽きさせず読ませるには、
ある種の術か芸かが必要である。
彼の文庫本の解説には、同じ話を繰り返していくうちに、
話が洗練されていく落語の名人芸のようと評しているものもあり、
名人の域に達した彼の晩年に出会ったことは幸いだったかも知れない。
と言っても、彼の初期の著作が決して拙かったわけではなく、
その当時から質は高かったので、より上質に、磨きあげられた時に出会ったと言える。
文藝春秋を読み始めて間もない頃に月刊誌で読んで感銘を受けたコラムを以下に紹介する。
 
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「六年牢屋にいれられて」
このコラムは作家としてデビューした頃の安部譲二が主人公である。
安部は山本に見出だされたと言ってよい。
前に紹介した山本の経歴において、「木工界」、後に「室内」と改められる
大工、家具、建具職人の雑誌を創刊し、編集兼発行人を務めていた。
この雑誌には彼に見出だされた人たちの文章が寄せられており、安部もその一人であった。
今、これを取り上げるために、部屋の本棚からこのコラムが載っている文庫本を引っ張り出し
読み返しているのだが、山本の特長が随所に見られる名文だと感じ入っている。
二話にわたって掲載された全文をここに引用したいくらいである。
府中木工所の元受刑者がある小冊子に小説を書いていると聞いて連載を頼んだところから、
山本と安部の関係が始まる。
そのあたりの件を以下に示す。
 
「めでたく刑を終えた時はすでに四十半ばである。
求人広告を見ても就職はおぼつかない。
コピーライター募集ならおれには打ってつけだと思うのに、きまって年齢三十迄とある。
どうして三十すぎではいけないんだと、のちに安部は怒っていた。
いま志をたてて原稿を書いて出版社に持ちこんでもたいていは読んでくれない。
まれに読んでくれる編集者がいて、採用してくれるかと思うと、
あそこを直せここを直せと命じられ、直して持参するが、
もともと採用する気はないのにあるようなふりをして陰気な楽しみを楽しんでいるのだとわかった。
編集者には意地の悪い奴がいることヤクザの世界と同じだと思った。
それにしてもおれに前科があるとどこで知るのだろう。
それなら始めに断れ。
そのおれに「室内」は連載を書かせてくれるという。
夢かと思って早速書いて持参したところ一読しただけで、結構ですという。
府中木工所の面々の逸事だから、題からして木工に触れている、これでいいと事もなげである。
それからというものの安部は〆切日には必ず原稿を持参した。」
 
山本の視点から、文は一転して、安部の語り口調となり、
それからまた、山本の視点へと戻るのだが、
この滑らかな視点の転換や、文のリズムも良さに感服してしまう。
この「府中木工所の面々」が「塀の中の懲りない面々」のタイトルで一冊の本として出版され、
ベストセラーになったときの祝いのパーティーで、山本は以下のように述べている。
 
「ほかの社では自分を前科者として見る、
ここではその目で見る者が一人もないと言われたので、
そりゃそうだろう、私は原稿を見て前科を見ないから皆にそれがのり移ったのだろう。
それに何より私は前科に関心がない。
なぜかというと私と君と同類だからだ、ものを作る人間なら、
よしんば盗みを働かなくても盗人は書ける、人殺しをしなくても人殺しは書ける、
心中ひそかに盗み、また殺しているからだ。
安部と私との違いは、事が露見したかしなかったかだけで、
もと同根の兄弟だ、どうか皆さん末永くと結んだら、一座はしんと静まった。」
 
このパーティーには、安部の元いた渡世人の一団も来ており、
その前で、盗みや人殺しなどと口走ったことを不覚だったと述べた後に、
「お互いアウトローだ、あてこすりだなんて思うものか。」
と続けている。
二話合わせても文庫で10ページにも満たない長さで、
安部との関係の必要なことだけを書いて、それ以上の効果を演出しているが、
ここでのスピーチがこの二話分の要約となっている。
文はただ長ければ良いってものではないことを教えてくれる。
短ければ容易に読み返すこともできるが、
彼の著作はもう読まなくても良いと思ったことがない。
そこで、また新たな発見をする。
上記で自らをアウトローと称しているが、彼の母は彼のことを「外道」と評し、
この同名のタイトルの二話続きのコラムが「最後の波の音」にも収載されている。
 
外道とは人であるがひとでないもの、人外の魔物であるとしている。
また、彼の兄弟を人並に善良な血が流れているものと、
代りに水が流れているようなもののふた派にわけて、
彼は水のほうで、ためにそれをかくそう尋常な人のふりをしたが、
母は見破って外道と言ったのだろうと書いている。
それゆえに、世捨て人や隠遁した人とは似て非なる観点から、
風刺的でありながら物事の本質をしっかりと見抜けたのであると思っている。
そんな観点だからこそ、こういうことが言え、
誠にその通りだと思える箇所を紹介して、この回を終えることにする。
 
「マスコミ人なんて堅気じゃない。
何をするか分らない賤業の徒である。
夜うち朝がけと称して目ざすタレントのマンションを三日三晩見張って、
女がはいるのを待ちぶせている。
あんなものが生業か。」(六年牢屋にいれられて・二より)
 
長らく本の紹介をしてこなかったにはいろいろ理由がある。
理由というよりは言い訳に近いのだが、
紹介の仕方に細心の注意を払わなくてはならない人や作品であるからだ。
しかし、その出会いは私にとって自然の成り行きに他ならなかった。
高校生の時分、前に取り上げた柳田邦男の新しい連載が始まると広告で知り、
通学途中、駅に売店で購入したのが月刊誌文藝春秋だった。
そこから毎月購入して今に至っている。
月刊誌という性質上、たくさんの記事が載っていて、目当ての連載以外を読み進める内に、
あっという間に読者を通り越して中毒患者となったのが、
巻末のコラム「愚図の大いそがし」で、
作者は今回紹介する山本夏彦である。
 
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この「毒言独語」は文藝春秋の連載ではなく、
昭和四十年から五十年前半にかけて週刊朝日と毎日新聞に連載されていたものだが、
彼の特長がよく表れたコラムなので、ここに取り上げることにする。
その前に彼のことを少しだけ紹介したいのだが、手短に紹介するのは困難なため、
上記に紹介した本に記載された著者紹介を引用する。
 
山本夏彦
大正四年、東京下谷根岸に生まれる。
十五歳で渡仏し、ユニヴェルシテ・ウーヴリエールに学ぶ。
二十四歳のとき、『中央公論』に「年を経た鰐の話」の翻訳を発表する。
戦後、工作社を設立し、雑誌『木工界』(現『室内』)を創刊。
同誌に「日常茶飯事」、『文藝春秋』に「愚図の大いそがし」、『諸君!』に「笑わぬでもなし」、
『週刊新潮』に「夏彦の写真コラム」を連載、最期まで書き続けた。
昭和五十九年に「世相を諷刺しながら真の常識の復権に寄与した」として菊池寛賞、
平成二年に、『無想庵物語』で読売文学賞、
平成十年に市川市民文化賞を受賞した。
平成十四年十月死去。
『茶の間の正義』、『編集兼発行人』、『何用あって月世界へ』、
『私の岩波物語』、『寄せては返す波の音』、『一寸さきはヤミがいい』、『最後の波の音』など著書多数。
 
この本の石井英夫氏の解説にあるとおり、
彼はタイトルの名人を自認している。
(時に、自らをタイトルだけ作家とも呼んでいる。)
そのタイトルは、かなり過激と思えるものから、
ちょっと読んだだけでは意味がわからないものまで様々あるが、
この文庫に収載されている毎日新聞での連載のタイトル
「たった一人のキャンペーン」との題名を、私は気に入っている。
 
昨年2月の車検でもっと車に乗ってくださいと整備士に言われた時、頭に思い浮かんだのが、
もっと車に乗ろうキャンペーンを、たった一人で始めるということであった。
そう考えると、何か私自身で事を始める際に、ちょうどいい言葉だと思うに至った。
キャンペーンの名のもつ気軽さは、
失敗してもキャンペーンだったからと言い訳がつくような気もするし、
成功しても努力の賜物といった堅苦しさが感じられず、
ちょうど風向きが良かったからと思えるところにあり、
何だか身の丈にあった言葉に思えた。
また、そもそも世間では、
キャンペーン何て代物は一人で行なうものではないとされているから、
それをたった一人で始めるというところに面白味がある。
誰にも知られず一人でに始めて、誰にも知られることなく一人でに終わっても、
全く問題ないあたりも良い。
 
ただ、文庫内にあるコラムのタイトルの「分際を知れ分際を」などは、
この題だけを見て、激昂する方も多いだろう。
内容をよく読むと、芸人や天子らと一般の民を同じ土俵で比べ、
彼ら彼女らを嫉妬してはならないとの旨を、本文の結びで、
 
分際を知れ分際をと言えば、立腹する人もあろうが、
世界広しといえども、「分」のない国は存在しない。
分際論はこの短文では尽くせないから他に譲るが、
分の悉くを追放すると、心の平和は得られないと、念のために申上げておく。
 
と述べている。
「分の悉くを追放すると、心の平和は得られない」とは言い得て妙である。
私自身と比べるものがあると、どうしても隣の芝は青く見えてしまうのだが、
そもそも、それが比べる、もしくは、嫉妬する対象なのかを考えなければならない。
この世には、世間一般の理屈や常識を持ち出して、とやかく言う対象にないものも存在する。
その存在を知ってさえいれば、要らぬ焼き餅を焼かなくて済むのだから、
本当に取り組まなければならない事柄に専念でき、
結果として心穏やかに過ごせるのである。
分際を知れ分際をと言われれば、上からものを言われた感じがして気に障るが、
その言われ様を脇に置いて、じっくり考えてみると、
分(際)を知る(わきまえる)ことは大切なことなのだとわかる。
 
そして、今回、この本を取り上げるにあたって、何度も読み返しているうちに、
「あれ鈴虫が鳴いている」というコラムに気がついた。
前に読んでいたはずなのに、その文と内容の質の高さを、今さらながら気がついた。
最後の部分を少し長くなるが引用する。
 
それより虫の音を全く聞かなくなったと書いたら、
田舎町に住む一少女が、せめて電話で聞かせましょうと、
受話器を庭に傾けて鈴虫の声を聞かせてくれた。
ゆうべ、私は電話でそれを聞いたのである。
そこは東京から乗物で二時間、十里あまり離れた町だそうである。
とんぼや蝉はすくなくなったが、虫の声は降るようだという。
ほら、聞こえるでしょう、と言われて耳をすましたが、聞きとれない。
いくら降るようでも、虫の声ははかないものである。
人の耳には聞きとれても、機械の耳には聞きとれないと、このとき私は知ったのである。
けれども、少女にそれは言えない。
あれ鈴虫が鳴いている、と私は聞こえたふりをして礼を述べ、受話器をおいた。
農薬のおかげで、とんぼも蝉も死にたえた。
虫の音も聞かないと、以前この欄に書いたのを読んで、少女は聞かせてくれたのである。
それは、耳に達しなかったけれど、優にやさしい心だけは、手紙と電話で達したのである。
おおげさなようだが、風流ほろびずの思いをした。
 
いろいろなことを感じ取れる文なのだが、
私はこの文から、ある出来事を伝えようとした時に、
ただひたすらにくわしく書けば伝わるのか、と考えさせられた。
彼の表現を借りれば、これらのコラムは
一度書いた文を徹底的に削るに削り、
もうわからなくなるという寸前というところまで削って、
作られるとあった。
上に引用した文の一文一文は、難しい表現のない簡潔で感情を抑えた、
ある種そっけない文である。
しかし、それを重ねることによって、さまざまな情景が生みだされ、
結果として、想いがより一層伝わってくる文になっている。
 
彼のコラムの内容はもちろんのこと、こういう表現方法もあるのかと感心させられて、
あっという間に、読者を通り越して、中毒患者へと変わり、今に至っている。
今後、連続的か、断続的かはわからないが、彼の文を紹介していくことになる。
 
日本国憲法というと第九条がいつもクローズアップされる。
ここを変える変えないでいつも論争が起きているが、
護憲派も改憲派も現在の状況では憲法改正などできないと知った上で論争をしているので、
いまいち緊張感が感じられない。
 
この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、
国民に提案してその承認を経なければならない
 
と定めている第九十六条が憲法改正手続きの鍵になっているからで、
いまだかつて改憲派が各議院の総議員の三分の二以上の議席を占めたことがないため、
その次の国民投票まで至る事案は発生していない。
加えていうと、可決の見通しが立たないせいか、国会にて憲法改正の提案すらされていない。
一方、護憲派から見れば、総議員の三分の一以上を確保しておけば、
いくら憲法改正を叫ぶ声が大きかろうとも、三分の二以上の賛成が得られないのだから、
現実のものとならないことをわかった上で憲法反対と叫んでいるように見えるため、
その中身に説得力が感じられない。
だから、どちらの話にも真剣さが欠けており、まさに机上の空論で罵り合っているようにしか見えない。
 
ここまで憲法について話してきたのだが、
憲法に関する本を紹介したいから、第九条や第九十六条の話を持ち出した訳ではない。
実のところを言うと、戦争の話がしたくて、憲法の話を書き出しにした。
学校で日本国憲法の話を学ぶ時、戦争放棄を謳った第九条が取り上げられ、
この条項が入るに至った理由として、第二次世界大戦での我が国の敗戦が挙げられる。
戦争はいけないことだと教えられて、その時はその通りだと思っていたのだが、
しばらくすると、本当にそれだけで良いのかと思うようになった。
そのきっかけは、父の本棚で見つけた柳田邦男のノンフィクション小説「零式戦闘機」と「零戦燃ゆ」からである。
 
戦闘機や戦艦、戦車といった軍事兵器に興味を持つ時期に私もご多分に漏れず興味を持ち、
戦時中の軍艦が載っている写真集を見に図書館まで自転車を走らせ、
家では軍艦や戦闘機のプラモデルを作っていた。
そういう時期に加えて、機動戦士ガンダムに影響された最後の方の世代だということも関係していると思う。
このアニメについては、もう十分すぎるほど世間で語られているので詳しくは述べないが、
ここで知ったことは、兵站と戦略の重要性である。
 
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この「零式戦闘機」は、零戦の設計開発者の堀越二郎氏を主人公として、
七試艦戦、九試単戦(第九六艦戦)、十二試艦戦(零戦)と続いた戦闘機開発を追ったノンフィクション小説で、
今、色褪せたハードカバーの裏表紙を見返してみると1977年3月30日第1刷とあり、
そこから刷を重ねた1984年9月30日第13刷が手元にある。
これはまさしくものづくりの話であり、設計開発者が目標に向かって立ちはだかる諸問題を
どのように乗り越えて行ったかを知る、現代でも十分に通じる話である。
 
イメージ 2
 
この本に続いての「零戦燃ゆ」は日中戦争から太平洋戦争へと続いていく中で、
日本海軍の戦いを中心にして零戦を主人公とした戦史なのであるが、
開戦当時の日の出の勢いから、次第に劣勢となり、やがて敗戦に至る過程が淡々と描かれていて、
これらの本をしっかりと読むと、零戦という傑出した戦闘機が、
どうして特攻機という本来の使い道とは異なる使い方をしなければならなかったのか、
どうして零戦の性能の向上が初期とあまり変わらなかったのか、
そして後継機が現れなかったのかといった疑問に対する答えははっきりとしてくる。
 
これは、戦前から戦中にかけての特有の問題ではなく、
戦後から現在の我が国で生じている様々な事柄に共通している問題と捉えられる。
だから、第二次世界大戦においても、その後の東京裁判や日本国憲法制定といった戦後処理、
ものづくり大国へと舵を切っての工業化の過程で現れた様々な問題や、
そして、現在進行している震災復興や原子力政策などの諸問題も、
根本的な解決が叫ばれているのに、これといった方針が一向に見えてこない。
これらの事象全てを遡ると、深く考えることをしないことに行き着くと思われる。
つまり、戦略がないのである。
10年後、20年後、50年後、100年後、
我が国が国内外においてどのような国を目指すのかという戦略がないから、
その場しのぎの対応しかとれない。
そのため、一度決めた方針を変えることができずにその規則に縛られるか、
もしくは、抜本的な変更がなされず、なし崩し的に有名無実化させてしまう、
言い方を変えると、法は破るためにあるというような事象を繰り返しているために生じているのでなかろうか。
 
戦争と平和に関する教育もその一つで、
学校では戦争の悲惨さを学ばせる授業は受けたが、なぜ戦争で負けたのかを考えることは一切なかった。
考える力を養うことの大切さは盛んに公言されているが、
実際に考えているのだろうかと思う例が平和の教育である。
戦争で亡くなった人たちの命を無駄にしないとよく言われる。
それは一体どういうことなのかと尋ねられたとすると、
戦争をしないこと、戦争につながる武器や軍隊を持たないことと答えるのが、
世間一般の模範解答のようになっている。
しかし、自らが望む望まないに関わらず、戦争に巻き込まれることもある。
そうならないようにするために、対話が重要だと続くのだが、
話せばわかるという言葉もあるが、問答無用との言葉もある。
その後は、どんな状況においても対話を継続していくことが重要であるとなって
この考えはここで止まってしまうような気がする。
おそらく、この考え方では我が国を取り巻く現状に対し、的確に対処することは難しいだろう。
 
平和(状態)の対義語が戦争(状態)と定義して、
戦争について考えることで、平和とはなにかを考える別の見方が必要と考える。
どうして、戦争が起こるか、もっと突き詰めて、戦争とは何かをひたすら考えることが、
逆説的ではあるが、平和とはどういう状態のことを差しているのかが
わかってくるのではないかと思われる。
ここで平和と戦争の対を、健康と病気の関係性に置き換えるとわかりやすいと思われる。
健康ではない病気の状態のことは一切考えないでいれば、
病気にも罹らず、健康を維持できるというものではない。
健康ではない状態の病気の原因やそれを治療する術を徹底的に研究し、
これらの病気を乗り越えていくからこそ、健康への道が開かれていくのだろう。
 
戦争で負けたことを失敗と捉え、その失敗の原因追究を行なって、
いわば、失敗から目を逸らさず、それを真正面から研究すること、
つまり、失敗から学ぶことの重要性をこれらの本から知ったといえる。
このように考えるに至ったきっかけとなったのだから、
軍事兵器や戦争に興味を持つことも悪いことばかりではないだろう。
 

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