親爺の書庫
気紛れ天使成らぬ、気紛れな天じゃ 此の処の気候と言えば、まるで「猫の目」の様にクルクルと変わる。 昨日は良く 晴れて居たのに、今日は朝から、否 夜半から猛烈な雨、雷公も吠え出した。
夜が明けると晴れて居るので、洗濯を始めた。 干している内に何故か辺り一帯に、日差しが無くなって来る。 「可笑しいな」とは思ったが、構わず僅かな洗濯物を干し終ると、ザザーっと降って来た。 「仕様がねぇなぁ」と天を恨み乍ら、物干し竿を家の中へ入れて、室内干しとする。 何時間過ぎたのか、余り深く考えずに居て、ヒョイと外を見るとお天道様のお光りがマァマァ 燦燦と、降り注いでいるでは無いか。 「コンチクショウ! ! 」と思ったけれど、再び干し物を外へ出し事は手控えた。 亦 何度記ダマされるか、判ったものでは無い。 そんな事で昨日は、市民センターで(つくつく法師)なるコーラスの練習に引きずり出されて、あまたの婆さん連中に囲まれて、ロシア民謡の合唱をして来た。
ロシア民謡は私も好きで、学生の頃は(灯火)や(トロイカ)を、良く口ずさんだものだった。 まぁロシアと言う国は余り好きでは無いけれど、あれは昭和の26〜7年の頃であったかなぁ、当時の政治体制はソ連で有ったが、其のソ連から「赤軍合唱団」と言う合唱グループが日本に来た。 元は赤軍兵士であったのか、皆50歳以上の連中ばかり約80人程で、彼らの公演を見学した事が有るが、其の歌声の凄まじかった事! 大阪での公演は、中之島のフェスティバルホールで行われた。 当時 或る事情で結婚を延期した姉が、入場券を2枚手に入ったので、連れて行って貰ったのである。 二人だけの姉弟であったが、姉とは滅多に二人だけで映画や、音楽会などは言った事が無かった。 否 別に仲が悪かったのでは無い、此の姉は美人で頭も良く、日本舞踊や生花の素養も有り、母や祖父の自慢の娘であった。
然し私達姉と弟が一緒に遊びに行く等は、思いも寄らなかった。 当然 私は嬉しくて、「大事なネェチャンを痴漢から守らねば成らないゾ」と思った位であった、まぁ此れは余談。
で 其の合唱団の公演は聴いて居て驚いた。 皆 50或は60過ぎのジイさんばかりなのに、声のスサまじい事と言ったら、驚くばかり。 轟々と地響きがする位の音声で、あのトロイカや灯火やカチューシャなんかを唄ったのだが、アレには驚いたなぁ。 何処からあんな声が出るのだろうか、まぁ全部がロシア語なので、余計に其の様に思ったのかも知れないが・・・。 まぁ あの時は驚きもしたし、感動もした想い出である。。 嫌いなソ連から来た人達とは、トックに忘れて居た位だった。
私達のジイさん&バアさんのコーラスは、此の秋 確か11月の23日だったかなぁ、比奈知文化祭に出演する事に成って居るから、指導する先生も中々熱が入って居る。 歌は好きだが唄うのが今一つの私で、皆さんの足を引っ張るのでは無いかと、些か心配で参加して居る。
昨日は午前中、其のコーラスの練習で過ぎ、午後は長女の車で伊賀市の白鳳農協へ行き、最近特産で売り出している「白鳳梨」を数箱買い求めて、此処から直接夫々の送り先へ送って貰う事にした。 中々見事な出来栄えの梨で、玉が大きく味も良いとの評判である、否 確かに美味しい。 亡き妻の友人へ何時も葡萄を送って居たのだが、今年は梨にして見ようかと考えての事であった。 序に私達の食べる分として、3・4個セットに成って居るのを数個買い求めて、娘には其の大半の分を渡して、此処迄運んで呉れたお駄賃とする。
先に言ったが、今日は何と言う目まぐるしい天候なんだろうか。 此の記事を書いて居る間も雨に成ったり、陽差しがカぁッと照り付けたりの空模様である。
天は気紛れ としか言いようは無い。
そんな中で暮らして居る我々は、何と小さな存在なのだろうか。
俺様もなぁ・・・同じだよなぁ・・・。 |


