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3月11日、東北地方で観測史上最大の地震が発生しました。 この災害で失われた多くの尊い命に対し、ご冥福をお祈りいたします。 当日は仕事で外出していました。 JR大崎駅で、りんかい線の発車を待っている時、あの地震が起きました。 今まで体験したこともない揺れと長さ。 一旦はホームへ出てみたが、大きく揺れている照明器具に驚き再度車内へ。 その後も余震が続き、同行していた同僚と困惑しているところへ、乗車している電車は回送になるとの放送があり、コンコースへ移動。 余震は継続的に起こり、コンコースの照明や時計が激しく揺れ、ガツンガツンをぶつかり合う。 電車復旧も目処がつかないため、大崎駅から近い関係のある会社へ情報収集のため向かう。 固定電話をお借りし、ようやく家族の安否も確認できたが、被災地の目も当てられない惨状も少しずつ分かってくる・・・ しばらくはその会社へ落ち着いていたが、JR線は終日運転見合わせとの発表があったため、自社のある新宿へ徒歩で向かうことに。 18:00 山手通りを経由して徒歩開始。 山手通りは、帰宅難民者で溢れ返っていました。 今までにない不安と疲労。途中21:00頃に何とかお店を見つけて遅めの夕食を。 その後も歩き続け、22:30頃社に到着。 エレベータも停止していたため、やはり徒歩で22Fへ。 職場には帰れない人が、大勢残っていました。 この頃になると私鉄は少しずつ運行を再開していたため、帰れる目処がついた人からパラパラと帰宅へ。 自分は路線が運行しておらず、また大崎〜新宿間の疲労から様子見。 この時間になると家族とも何とか連絡を取り合えるようになるが、妻と小さな息子の2人で不安な状況にいるらしく。 日が変わり1:00、途中の駅までは電車が再開したため、帰宅を決意。 22Fから階段で降りると、疲労のためか膝がかなりのダメージ。 痛い膝をかばいつつ何とか新宿駅へ。 2:30 電車で行ける最終駅に到達。 その後再度徒歩で自宅へ向かう。 当日夜の冷え込みは厳しく、また膝の痛みも冷えと疲労でどんどん悪化。 深夜にも関わらず、歩いている人がちらほら。 みんな家族のところへ向かっているのだろう。 3:30過ぎ 自宅へたどり着く。 TVのニュースで、東北地方の惨状を見る。 暖かい家に帰れる幸せは、何にも変えがたい幸せだと思う。 普通に暮らせることが、いかに尊いものなのか・・・ 町が一瞬にして消えていく。想像もできなかった事態が発生しています。 TVで見ていても、何もできない自分がいます。 色々と考えてみても、現地ではそれを遥かに超えた事態が起こっているのでしょう。 自然の力から見れば、我々の力の及ばないこと、つくづく実感しました。 被害にあわれた人たちに、少しでも早く普通の生活を手に入れられることを切に願います。
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お疲れ様でした。ご無事で何よりです。
日本、大変な状況ありますね・・。
2011/3/14(月) 午前 8:30
東北、関東、日本がんばれ。
とにかく今できること・・・
募金と節電、それから家族の安全の確保。
冷静な判断。
がんばろうね〜
2011/3/15(火) 午後 7:00 [ ギシオ妹 ]
BONSAIさん、ギシオ妹さん
こんばんは。昨日の通勤電車は恐ろしい混み具合でした。
帰りの新宿駅では、ホームへ降りるのにディズニーランドの人気アトラクションと変わらないくらいでした T-T
といいつつ今日は原発の爆発事故・・・
これからどうなるのか予想もつきません。
無事でいることのありがたさを感じています。がんばりましょうね。
2011/3/15(火) 午後 10:52 [ ギシオ ]