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fmi0様のブログLove it! Hong Kong. (香港) 七左衛門様のブログ香趣拳博客公司 korota様のブログ叉焼飯飯店 今日は、水上レストランが鴨[月利]洲にあった頃のスライドを紹介いたします。 香港の水上レストランの起源は水上生活者向けの食堂だったとのこと。 そこでさらに、fmi0様のブログで21日(金曜日)に紹介されていた、 水上生活者の家(船)のスライドも併せてご紹介いたします。 ここから下の写真はクリックすると大きくなります。 ↑き FLOATING RESTAURANT これが、今とは違う場所に水上レストランがあった時のスライドです。 korota様の記事に書いてあった通り、ジャンボには船には乗らずに行けますね。 水上生活者の船が多いのに驚きます。 ↑く FLOATING RESTAURANT こちらは「き」のスライドとほぼ同じ場所の夜のスライドです。 ↑け SAMPAN MAN'S HOME fmi0様のスライドとタイトルは同じですが、撮影場所が違うみたいです。 写真を拡大してよく見ると、
水上生活者の舟と舟を橋で結んでいた様です。 こうすれば、舟から舟への移動も楽だし、ゆれも少なくなると思うのですが、 出航することが出来ないのでは? と思ったりしました。 |
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このシリーズいいですね。私にとって香港は生活の場であって、特別の思いはないのですが、こういう写真(?)を見ると、実際見てみたかったなぁと思います。
2008/11/23(日) 午後 0:22 [ loc*l_y*ch*en ]
あむい様、ありがとうございます。
わたしにとって香港は遠距離恋愛の恋人みたいで、
過去まで愛せてしまいます。
スライド、まだまだ沢山ありますので、今後も楽しんでいただけたら
嬉しいです♪
2008/11/23(日) 午後 1:00
着席しました。
本当だ〜!昔って、ジャンボは地続きだったんですね!
水上生活の方々も、ご近所付き合いあったんですね!
2008/11/23(日) 午後 3:27 [ - ]
ひすい様、今日もご着席くださり、ありがとうございます♪
最初にこのスライドを見た時、
スライドには「鴨[月利]洲」と書いてあったし、
ジャンボが接岸しているので、
ジャンボだとは分かりませんでした。
いつ頃今の場所に移動したのか不明ですが、それが分かると
このスライドの撮影時期も分かるかも知れません。
ジャンボは出来てからすぐに一度火災で全焼したみたいです。
それも知りませんでした。
2008/11/23(日) 午後 3:43
えっ??全焼しているのですか?
もちろん、知りませんでした。
今のジャンボは、観光者のためって感じですよね。
香港永住組の友人たちは、一度も行ってないそうです。
私が、通天閣に登ったことがないのと同じで・・・。
2008/11/23(日) 午後 4:17 [ - ]
ひすい様、そうみたいです。
ジャンボは高い割りに美味しくないと評判で、
香港人のお友達もあまり行きたがらない場所でしたが、
わたしは竜宮城みたいで、大好きでした。
2008/11/23(日) 午後 5:19
JUMBOの写真が出てきましたのでTBさせて下さい。
2008/11/23(日) 午後 5:19 [ - ]
このスライドはスゴイですね。今までの中で一番興味を持ちました。
船好きのせいだとおもいます。
水上生活者は蛋民(だったかな?)と呼ばれて日本で言う「被差別部落」のような扱いを受けていたときいたことがあります。
そこで香港政府も腰を入れて陸上生活が送れるように政策をとったとのことでした。
当時の彼らの多くは陸上の仕事であったようで、住まいが水上であったようですので、あまり「出航」は必要がなかったようです。ただし台風の時は大変で皆で艦隊を組むようにして安全なところへ移動したようです。
話は変わってレッドクリフですが、曹操の軍は赤壁で船を繋いで「連環の策」なんてやったおかげで蜀・呉連合軍に焼き討ちをかけられたのではなかったんんだっけ?
ということは、ここの水上生活でも火事が怖かったかもしれませんね。
怖かったで思い出しましたが、いまだに水上で水上生活の方はいらっしゃるようで、先年、サンパンでのビクトリア湾横断クルーズの際には、市場船や神社(お寺)船もありましたよ。
どこかで紹介しますね。
2008/11/23(日) 午後 6:15
ひすい様、ありがとうございます。
あとでお伺いいたします♪
2008/11/23(日) 午後 6:31
鉄飯碗様、ありがとうございます。
船同士を鎖でつなげる「連環の計」、赤壁ですよね。
わたしもすぐにそれを連想いたしました。
蛋民という言葉は、聞いた事があります。
それも差別した呼び方だったのかも知れません。
学校にも行かず、住所もない人が多かったと聞きました。
香港でのサンパンクルーズ、ジャンボで食事をしたら、
サービスで水上生活者の舟の近くをクルーズしてくれましたが、
ビクトリア港での体験はありません。
詳しく知りたいです。記事をお待ちしております。
2008/11/23(日) 午後 6:38
遅くなってスミマセン!
待ってまーす!なんて言いながら・・・。
いや〜どれも貴重なスライドですね!初めて見る香港に興味深々です。
いや〜それにしても奥が深い!
オールド香港は魅力がいっぱいですね。これからも楽しみです!
2008/11/23(日) 午後 10:40
i-style様、ありがとうございます。
オールド香港のスライド、まだまだありますよー。
明日は七左衛門様もお戻りになるので、
ますます面白くなると思います。
2008/11/23(日) 午後 11:25
香港ってどこも混んでますね!!
船が動けないほど、船がいっぱいじゃーあーりませんか!
今は高級店となった水上レストランも昔は庶民の味方だったんですね。
2008/11/24(月) 午前 11:07
アイビー様、舟がいっぱいの頃の庶民水上レストランは、
水上レストラン自体もいっぱいあった様です。
2008/11/24(月) 午前 11:28
ジャンボっていつまでこの場所にあったのでしょうかね?
ウキペディアに載ってないかな?
こういうのって、すごく気になるので
調べてみます。
2008/11/24(月) 午後 1:02
七左衛門様、ありがとうございます。嬉しいです♪
よろしくお願いいたします。
ジャンボが1971年10月30日、火災により全焼し、32人が死亡、13人が行方不明となった。
という記事がありました。
火災以前のスライドなのか、
その後、1976年10月の再建後のスライドなのかも不明です。
2008/11/24(月) 午後 1:08
↑け SAMPAN MAN'S HOME がすごいです〜(@0@)
真ん中のお家の方は お船伝いに移動させてもらっていらっしゃったのでしょうか?
この方々が近くに出来たマンションに移り住まわれたと聞きましたが
そのアパートの洗濯物が一斉に風に靡く姿は 今では貴重ですね〜♪(^@^*
2008/11/24(月) 午後 7:29
とんとん様、真ん中のは、本当に舟というよりお家ですよねー。
もしかして、近所の舟の方々の集会所だったりして…。
アパートの洗濯物が一斉に風に靡く姿、見に行きたいですー♪
2008/11/24(月) 午後 8:00
燃えよドラゴンのオープニングってたしか香港仔だったかと思うのですが、水上レストランって写ってましたっけ??
いやぁ〜、「き」の写真、水上レストランの位置研究家(?)としてはこのような写真が提供いただけることはまことにうれしい限りであります。背景のビルの看板などから位置を確認していたのですが、これでもうはっきりしました。
わたくしが香港にはまる前、NHKでこの水上生活の人々が政庁の方針でアパートに移るまでのドキュメントをやっていました。NHKアーカイブとかでやってくんないかな。
2008/11/26(水) 午前 8:10
korota様、あのオープニング、最高でしたよねー。
水上レストラン、確認してみたくなりました。
勝手にコラボ企画にkorota様のお名前を使ってしまいましたが、
研究のお役にたてて、嬉しいです。
水上生活の人々が政庁の方針でアパートに移るまでのドキュメントですかー。見たかったです。
ビデオになって販売されてないですかねー。
NHKアーカイブに期待ですね!!!
2008/11/26(水) 午前 11:32