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香港の名前の起源と考えられている「香港仔」。 以下はウィキペディアより 香港の名前の起源は香港仔であろうと考えられている。 明朝期の地図には、鴨[月利]洲上に「香港村」という地名が書かれている。 黄竹坑に囲まれたもう一つの村「香港圍」は、清の乾隆帝時代に設立された。 香港は「香りの港」を意味し、 新界の香木「蜜香樹」は中国の他の都市に輸出するためにここへ移された。 日本統治時代は、香港の起源だからということで「元香港」と呼ばれていた。 今日は、オークションで落札した古い絵ハガキから、 ちょっと前の「香港仔」の様子をご紹介いたします。 ↑水上レストランの周辺は小舟がいっぱい。 今はこんなに沢山の小舟は見られません。 ↑水上生活者(蛋民)が多かった頃には、舟の上に保育園もあったのでしょうか????? ↑ドラゴンボートレースの様子です。 日傘と言うより、普通の黒い雨傘を日傘に使っているのが、 香港らしい光景ですよねー。 でも、今は黒い傘を利用している人をあまり見かけなくなりました。 ↑有名な水上レストランです。 昔はジャンボは無く、「太白」と「シーパレス」だけだったんですねー。 ↑これはおまけの画像。「太白」のメニューです。 今は大陸からの観光客が多い香港ですが、 かつては日本からの観光客が一番多かった時代もありました。 でも、団体に提供される海鮮料理は、まずくて有名でしたよね。(涙)
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2009年04月21日
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恥ずかしながら…。 むか〜し、JCの追っかけでした。(ひえー!) ↑93年にJCファンクラブから届いたカレンダー付きハガキの写真です。 この頃のジャッキーが本当に好きだったんですよー。 ↑香港でも追っかけ…。 ゴールデンハーベストの撮影所内にある「ゴールデンウェイ」の 事務所で何度JCを待った事か…。 JCは香港に居ない事も多かったし、居ても撮影所には居なかったり、 JC撮影中かと思って見たら、影武者だったり…。 会えない事の方が多かったんですが…。 あるお方のブログにはJCに会えて、しかもJCの車に乗せてもらいましたー♪ と言う、とってもとっても羨ましいエピソードが書いてありましたが…、 わたしは会えても、何かプレゼントを渡すとか、 一緒に写真を撮ってもらうとかだけだったんですが…。 1996年のある日、 今は無きカイタック空港内の「美心レストラン」で、 JCに会いました。 実はその日は、香港での生活を終えて、日本に本帰国する日でした。 空港に送りに来てくれた香港人の友達と最後の飲茶に入った「美心」の 個室のドアが開いていて、 そこになんと!!!!! 本当に驚きました☆ そして、わたしの香港への思いやJCへの思いへの神様のプレゼントだと言う気がしました。
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