阿肥正傳

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香港に住んでいた頃のエピソードを紹介します。
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帽子の思い出

イメージ 1


このちょっとヨレっとしている帽子は、
わたしが以前働いていた香港の会社の香港人上司がくれた帽子です。

香港で一緒に働いた記念に。


と、最後の出勤日にプレゼントしてくださいました。

わたしの宝物です。



ところで、香港には(中国にもかな?)

「戴緑帽」


と言う言葉があります。


これは「妻に浮気をされた男」の意味だそうです。

なので、

香港の男性は緑の帽子を被りたがらないそうです。




実は、わたしが香港で働いていた(日本に本社がある)会社の
イメージカラーはグリーンでした。

その為、日本の各工場で働く方々の帽子は緑なんですが、
香港工場だけ微妙に色が違うんです。

何故、香港工場だけ色が違うんだろう???
と、ずっと不思議だったんですが、
緑帽子のヘンな意味のせいだったんですね〜。

そしてこの帽子も、作業着も、
香港人ワーカーに使ってもらえる様になるまでは、とっても大変だったんです。(涙)

上半身裸で作業するのが何故か大好きなワーカー達に、
「安全第一」の会社の教えを徹底し、
作業着&帽子を着用してもらう為には、
結局…、
作業着を着ない場合、帽子を被らない場合は罰金制にするしかありませんでした。

日本の工場では当たり前に行われている事でも、
本当に香港では苦労しました。

焼き芋

イメージ 1


「インカのめざめ」という黄色いジャガイモが、
近所のスーパーにあったので、これを使って





イメージ 2


トルティージャを作りました。

小さい割には高価。
高価な割には、味はふつうのジャガイモでした。

食べた時、何となく裏切られた気が…。(爆)

そして、ある事を思い出しました。





イメージ 3


香港在住中、焼き芋を買って食べた事があります。

周りに長袖の方もいますが、
わたしは半袖なので、春だったんだと思います。

この頃、週に2度、
会社が終わってから広東語教室に通っていました。

会社から「彩虹」という地下鉄の駅までバスで行き、
「彩虹」からは、地下鉄で教室のある「銅鑼湾」に行っていました。

この(写真の)日、バスを降りたら、
美味しそうな焼き芋屋さんを発見しました。

日本のサツマイモと違い、
色がとても鮮やかな黄色だったんです。

この写真だと、イマイチ判りませんね〜。

色を見て、
「すごく美味しそう〜♪」
と、期待しすぎだったのが災いしたのか…。

まったく味がない「焼き芋」だったんです。
かなりショックでした。

この時以来、香港で焼き芋を買ってないんですが…。

きっと、美味しい焼き芋もあると思うんです。
どなたか是非香港で焼き芋に挑戦してみてくださ〜い☆


こえだ様、お待たせいたしましたー☆

香港家庭料理の思い出

朝から外食の習慣がある香港人ですが、
いざ、お家で料理を作る時は、結構気合を入れて豪華な料理を作る事が多い様です。


イメージ 1


↑「白灼蝦」という海鮮料理です。

写真は、ジャンボの「白灼蝦」ですが、
ジャンボなどで食べると、とっても高価なこのお料理を、
香港人上司の家の夕食に招待された時、よく食べました。
この上司のお家の夕食に呼ばれて、
「白灼蝦」が、テーブルに乗らない事は無かったかも知れません。

今でも香港旅行中に「白灼蝦」を注文した時、必ずこの上司を思い出します。

日本では、とっても高価な干し貝柱がいっぱい入っている冬瓜のスープや、
薬膳スープもよくご馳走になりました。


わたしのペンパルで日本語が上手な、
沙田に住んでいたシャリーのお母さんの得意料理は、
何と「フカヒレの姿煮」でした☆


香港って、友達の友達は友達って感じなので、
96年の中秋節の夜、
この上司(お友達でもある)の家の食事に、わたしとシャリーが招待されました。

中秋節だからという理由で、いつもにも増して豪華なラインナップだったんですが、
シャリーが日本語で、

「今日は特別な日だから、スーパーや街市は値段が高いです。
この夕食は本当に凄いよ。
ミキ(わたしの英語名)はとっても大事にされている。」

と、教えてくれました。

上司の一家は、まったく日本語が解らないので、
シャリーが何を話したかは解らなかったと思います。
わたしが急に泣いてしまったので、ビックリしていました。

香港人は仲良くなるとトコトンです。
ズンズンこちらの世界に入って来ます。
日本人はどんなに親しくなっても、一定の距離を置きますが、
香港人は逆にそれを寂しく感じる様です。

「いつか行こうね。」「いつか食事しようね。」
みたいな社交辞令は、通用しません。

放って置いて欲しい時は、非常に困りますが…、

『どうしてこんなに良くしてくれるんだろう?』


と感動することも、度々ありました。

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司機

すみません!

休憩宣言をしたばかりですが、
香港在住中の面白い出来事を思い出して、書かずにはいられなくなりました。(爆)

それは…。

確か、香港に住み始めて3ヶ月くらい経過していた頃だったと思います。

その頃、職場の香港人とは、いちおう広東語で話していました。
何度も聞き返されたり、
相手が子供に話すように優しい言葉で説明してくれたりして、
相手の方の努力で広東語での会話が成立するようになっただけだったんですが…。

香港人上司からは
「君のは、学校入学前の子供レベルの広東語能力。」
と言われていました。(涙)

もちろんテレビでニュースなどを見てもチンプンカンプンでしたが、
それでも、日本で勉強していただけの頃よりは、
毎日広東語に触れることで、一気に上達しているのでは…、
と自分ではご満悦でした。

そんなある日、まったく日本語を話せないし聞き取る事も出来ない香港人上司2人と
将軍澳の大赤沙にある工場から地下鉄の藍田駅までタクシーに乗車しました。
(当時は、まだ将軍澳の駅はありませんでした。)



イメージ 1



確か30分程タクシーの中で広東語で会話して、
タクシーを降りる時、
なんと運転手さんが、香港人上司に

「皆さん日本語がよく解りますねー。」


と言ったんですよー。

わたしは、日本語では一言も話しておりません。

わたしは絶句し、上司たちは
「この子は広東語を話していたんだよー。」
と言ってくれましたが、
運転手さんは腑に落ちない様子で去って行きました。



そうです。


わたしの広東語って、一生懸命それを広東語として理解しようとしてくれる人にしか、
通じない程度の広東語だったんですよー。

他にも運転手さんが勘違いした理由はあったと思います。

1、迎えに行ったのが、日本の会社の工場だった事。

2、企料ケイリュウ(縦の材料)、現場インチョン(工事現場)など、
広東語でも専門用語での会話だった事。

3、上司達が子供にも通じる様に丁寧に話をしていてくれた事。

などなどです。


日本に帰国してからは、広東語を話す機会も、聞く機会もないので、
今はこの当時よりも通じなくなっていますが、
それでも香港で見知らぬ香港人に道案内をしてもらえたり、
ジャスチャーや筆談を交えながらも何となく会話できたりするのは、
この頃の経験のお陰だと思っています。

96年の清水湾

以前、清水湾の写真をクイズにしましたが、




またまた実家の押入れから、
96年に清水湾に海水浴に行った時の写真が2枚見つかりました。



イメージ 1


すごく天気のいい日で眩しそうなのに、空の色は曇りです。
きっと、カメラに問題がありですね。(爆)





イメージ 2


サメ避けの防護ネット、見えますか?





下の↓とんとん様の記事で今年の清水湾の様子も見られます。

清水湾

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