|
戦後の遺伝学の啓蒙書でアルビノがどのように扱われているのか、6回にわたって見てきました(とりあえず言い訳⇒から1〜6に飛べます)。簡単にまとめておきたいと思います。いちいち出典を示しませんので、すいませんが1〜6で確認してください。
まず、アルビノはメンデル遺伝をする形質のうちの常染色体劣性の一例として登場することが多かったです。一覧表の中に定番で載っているだけでなく、ものによっては常染色体劣性の遺伝形質がどのように伝わるのかアルビノを代表例にしてしくみを説明している本もありました。 また、遺伝する形質のうち、臨床医療の診断、治療、予防の対象になるものが遺伝性疾患なわけですが、それが結婚やら優生やら家族計画との関連で堂々と論じられていた1970年代以前は、血族結婚・近親結婚において「警戒」すべき「危険」な遺伝性疾患の代表例として、ほぼ必ずアルビノに言及していました。その際には、保因者がどれくらいいるのかもあわせて説明するわけで、そこでもアルビノの遺伝子の保因者はおよそ100人に1人だという具体的な数字が示されます。 ですが、70年代以降は登場する頻度がさっぱりなくなります。優生思想への批判を受けて、遺伝性疾患を「悪」だと言ったり、その子どもが生まれることを「不幸」「悲劇」と言ったりするのがはばかられるようになってくると、遺伝のしくみを解説するにあたって個別の疾患を具体例にあげる本も減っていきます。メンデルの法則を説明するにしても、原点に立ち戻ってエンドウマメを出したり、ABO血液型や目の色、耳あかが湿っているか乾いているか、髪が縮毛か直毛かなど、臨床医療の対象にはならない形質が代役として活躍するようになりました。もちろんこれらの形質も以前から登場してましたが、立場が逆転した感じです。 そんな次第で、アルビノは、代表的な遺伝性疾患のひとつとしてごくたまに一覧表に載る程度の扱いになったのでした。 ところで、代表的な遺伝性疾患には定番があり、アルビノのように登場する頻度が徐々に減っていったものもあれば、今も昔も変わらず登場するものや、最近になって新たに登場する機会が増えたものがあります。 まず、古い文献から現在まで引き続き出てくるものには、常染色体優性遺伝の代表例としてのハンチントン病、劣性遺伝ではフェニルケトン尿症、伴性遺伝では血友病や色覚異常などがあります。また、近年になって目にする機会が増えたものには、鎌状赤血球貧血症やテイ・サックス病、嚢胞性線維症などがあります。 それまではあまり登場しなかったのに、最近になってよく出てくるようになった理由ははっきりとはわかりません。ただ、これらに共通して言えるのは、いずれも日本人の症例報告がほとんどなく、特定の地域や民族集団に高頻度で見られるということです。鎌状赤血球貧血症はアフリカで、テイ・サックス病はユダヤ人に、嚢胞性線維症は白人に多いと言われてます。安直な憶測ですが、以前は、日本で出版される啓蒙書で取り上げる理由が特段なかったのかもしれません。 で、上記のうち血友病や色覚異常はどちらかといえばアルビノと同じく地味な定番といった扱いなのですが、それ以外はすべて遺伝子治療の臨床研究が行われているので、最近の本にはよく登場します。言及されるだけの理由はちゃんとあるんです。 また、フェニルケトン尿症は、根治ではなく対症療法的ではあるものの、早い段階で治療法が確立した遺伝性疾患であり、治療について解説するときは必ずふれられます。また、大規模なスクリーニングが行われた例としてもあがることがあり、同じ理由で鎌状赤血球貧血症とテイ・サックス病も言及される場合があります。特にこのふたつは、人種・民族的な遺伝子差別との関連で、スクリーニングの倫理問題を論じるときの代表例にもなります。 さらに、常染色体劣性遺伝である鎌状赤血球貧血症は、ひとつだけ遺伝子をもっている保因者がマラリアへの抵抗力があることで有名です。ひとつだけだから発症はしてないわけですが、マラリアが風土病となっているところでは、この遺伝子をもっていることが生存に有利にはたらきます。文脈にもよりますが、遺伝子の「異常」で必ずしも不利になるわけではないとか、あるいは進化論との関連で自然選択によって変異遺伝子のほうが適応したとか、まぁそういう例としても登場します。 それからハンチントン病は、最も早くに遺伝子マッピングに成功した遺伝性疾患であり、この発見はゲノム時代の幕開けを告げる重大な出来事として言及されます。それだけでなく、発症が成人して以降であるため、発症前診断や知らないでいる権利、インフォームドコンセントなど、現代の遺伝医療や遺伝カウンセリングが直面する倫理問題を論じるときにもまずまっさきに登場します。 結局、僕が何を言いたいかというと、上記の疾患とは違ってアルビノの場合は、ゲノム時代が到来した現代において、特筆すべきことがこれといってないから影が薄くなったんじゃないかってことです。 特筆すべきことがあるという意味では、アルカプトン尿症は象徴的です。遺伝学史をおさらいしたり一遺伝子一酵素説を解説するときに、ギャロッドの先天性代謝異常概念までさかのぼり、人間のメンデル形質として初めて確認されたのがアルカプトン尿症だと書いてる本はたくさんあります⇒。で、ギャロッドはアルビノのことも研究してたとついでに紹介してる本もあります。 ですが、アルカプトン尿症が登場するのは基本的にこの学説史の文脈においてのみであり、それ以外は常染色体劣性遺伝のひとつとして一覧表に載る程度です。別にアルカプトン尿症がなくなったわけではありませんけど、これについて言及する特段の理由は歴史の中にしかなくて、ヒトゲノム計画以降の遺伝子をめぐる現在進行形の諸問題との関連では出てきません。 その点は、アルビノも同じです。 ところで、このあたりの話で論文も書きました⇒。
|
全体表示
[ リスト ]



