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1911(明治44)年ですから、駒井卓が「白児」の家系調査を『動物学雑誌』に発表したのと同じ年のことです⇒。朝日新聞に次のような記事が載りました。聞蔵IIビジュアルはすばらしいです。以下、ルビは省いてます。あと、漢字の新字体にしてるのところもあります。
「日本人でも金髪碧眼になる――外山博士の遺伝論」『朝日新聞』1911年7月3日朝刊. 記事によれば、「人性学会」の「常会」だから、おそらく定例研究会のようなものが7月1日に開催されて、そこには「丘博士三宅博士」その他10数名が参加したそうです。丘博士は多分、丘浅次郎だと思いますが、三宅博士が誰なんだかはわかんないです。まぁさておき、7月1日の常会では、「農学博士外山亀太郎」が「遺伝の話」をしました。外山亀太郎は有名ですね⇒。 その話の内容は「日本人にも金髪碧眼の人」がいて、外山はこれまで「金髪碧眼の家族を三つ見た」ことがあるんだけど、西洋人とは「多少違う様」で、「骨格の如くも全く日本人」という印象だったそうです。また外山は、「金髪碧眼の人が金髪碧眼の人を生んだ事実」も知っていると語りました。 続けて「日本人の間に何故金髪碧眼が出来たと云ふ事は未だ充分に説明する事は出来ないがアルビノー問題に依つて解釈すれば解釈する事が出来る」と話します。「アルビノー」と長音符のうえに「問題」がついてます。その後「アルビノー」について簡単に「時として人にも動物にも現れる皮膚の白いもの」という説明をしてから、外山はメダカを使った実験の結果を披露します。 「白い目高は野生にもある」し「金魚屋にはさう珍しくない」ので、外山は「褐色の普通の目高(優性)と金魚屋から得た白い目高(劣性)」を掛け合わせる実験をしたそうです。すると当然、子の世代は「矢張り普通の目高であつたが之が孫になると褐色のと銀鼠のと赤いのと白いのが生れた」そうで、「其割合はマンデリズムの理に依つて九、三、三、一」となりました。かといってまだ充分にわかってないことですから、「総ての場合」において「斯の如き結果」になるとは言えないけど、ときにはこんな「現象が起る」と言ってます。 ただ、この記事を書いている記者がぶっちゃけた人らしく、「マンデリズムを説く事頗ぶる詳密」と評価しつつ、「然し之は専門的で素人には分り悪いから略する事とするが」と省いてしまって、「兎に角褐色の目高と白色の目高を合せた場合に四種の変つた色の孫が生れる理由は分つた」とまとめています。 さて、メダカでの実験結果を披露し終えたら、外山は再び話を人間に戻して、「我国に於ける金髪碧眼もマンデリズムの理に依つて出来たのではあるまいか」と述べ、「之は私の想像説であるが若し普通の人とアルビノー(白ッ子)と結婚したらキット金髪碧眼が生れるに違ないと思ふ」と自説を展開していきます。「想像説」と慎重な言い回しをしながらも、動物での実験結果をもとに人間のアルビノもメンデルの法則にしたがうと言ってます。さすがは農学ベースに展開していた日本の初期の遺伝学の先駆者です。 さらに面白いのは、「近頃日本人が黄色な顔をして居る為に国際問題などでも大分八釜敷なつて居るが金髪碧眼にしたいと思へばマンデリズムを実行すれば好い」と、高橋義雄の「黄白雑婚論」とは違うけど、似たような発想のことを言ってます。とりあえず体格とかは置いといて、肌の色だけ西洋人っぽくなりたければという話のようです。そして、「今に金髪碧眼の美人が東京にも生れるかも知れぬ」と話を締めくくっています。 |
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