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読んでいてい「なんじゃそら」って思った文献です。この人は多分、眼科医だと思います。
小林守, 1969,「眼病の遺伝13 全身白子(Universal Albinism)」『眼科臨床医報』63(4): 11-4. 眼科の雑誌に遺伝性の眼疾患をシリーズで解説しておりまして、13回目でアルビノを紹介してます。最初にノアの方舟⇒のことに言及して、その後に分類や遺伝形式などが続きます。そこらへんはあまり面白くないんですけど、「全身白子と着色コンタクトレンズ」という見出しのところでは、著者が診察などで実際に会ったことがあるらしいアルビノの人のことが書いてあります。 「また、女子の全身白子で眼球振盪は合併しているが、洋裁を専門としてスーツも仕上げるほどの特殊技能をもっているものもいる。 全身白子だからとして放置せずに、適正な眼鏡装用や乳幼児期からの着色コンタクトレンズの装用を一応試みたり、さらには特殊技能の指導などのリハビリテーションも大事であると考えられる」(13) こう書いてあるということは、「全身白子」だからという理由で能力を低く見られて「放置」されていた例も多かったということでしょう。でも、「特殊技能」をもった人もいるのだから適切なリハビリテーションが必要だと言ってます。 で、「なんじゃそら」と思ったのが最後の結びの一文です。 「以上の如き種々な全身障害がおこりやすいのにかかわらず、性格が比較的明るく、温順な全身白子が多いのも不思議である」(13-4) 「明るく、温順」なだけで驚かれています。この人は、「全身障害」があると性格が暗いひねくれ者になると思っていたのでしょうか。 小林守, 1975,「眼病の遺伝」『眼科』17(2): 166-70. こっちはおそらくシンポジウムか何かで話したことの記録です。6年前に発表された上記の論文の時点では「不思議」だったことも、その後本人の中で納得がいったようです。 「余談でありますが、私が全身白子を東大で研究したときに、全身白子の特徴の1つとして、性格の明るい善人が多いという感じをいだきました。それで、聖書の外伝といいまして、バイブルにのつていないが、聖書と関連している本を見ますと、「ノアの洪水」のノアその人が、実は全身白子ではなかつたかという記載がありまして、ノアのような善人が全身白子であつたとすれば、やはり全身白子は善人じやないかと思つております(笑声)」(167) ノアほどの偉人がアルビノだったのだから、「性格の明るい善人」のアルビノが多いこともうなずける、というロジックに落ち着きました。 果たしてノアは善人だったのかとか、そもそも実在したのかといった揚げ足取りは置いといて、結局のところ、性格が明るく温順な善人であるという事実は、ノアと同じだという特例によって保証されているにすぎません。つまり、「全身障害」がある人たちは性格が暗いひねくれ者になりやすいという前提は否定されることなく、保持されたままです。 なんにせよ、「能力が劣る」とか「性格が悪い」などと思われていたが、実はそんなことはないという事実をお医者さまが「発見」したってことです。この当時、一般的に、あるいはお医者さまたちのなかでアルビノの人がどういったイメージで見られていたのかが少しだけわかりますね。 |
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