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みなさんも目にしたことがあると思いますが、現在発売されている手塚治虫作品には、巻末に「読者の皆様へ」という言い訳のページがあります。
発表当時は問題にされなかったが、現在の観点からすると「誇張した描き方」になっていて「差別につながるとの指摘」を受ける可能性があるけど、「作者が故人で、第三者が作品に手を加え改訂することは、著作者の人格権上の問題ともなりかねないと同時に、この問題を考えていくうえでの適切な処置ではない」から、「手塚作品を原作のまま出版」するのだというあれです。こうすることで「差別に対する認識の過去と現在の違いを把握」する機会にもなり、「この問題に対する理解をより深め」ることができると書いてあります。これは主に人種差別的な表現を念頭に置いた言い訳です。 まぁ、この件について今さら特には何もないですが、ひとつだけ小ネタを紹介します。 みなさんよくご存知の『ブラック・ジャック』に「白いライオン」というエピソードがあります。白いライオンのルナルナはアルビノ(白子/白皮症)だとブラックジャックが説明してます。でも、耳としっぽの先は黒いです。これは別に間違えて黒く塗っちゃったわけではなくて、『ジャングル大帝』のオマージュだからレオと同じになってるんだと思います。かといって、レオがアルビノかどうかは読んだことないから僕は知りません⇒。 さて、ここに「白いライオン」が収録されている『ブラック・ジャック』が2冊があります。いずれも秋田書店から出ていて、ひとつは少年チャンピオンコミックスの5巻(1975年)、もうひとつは文庫版の12巻(1993年)です。読んでみると、この20年弱の間に内容が少しばかり改訂されています。手塚治虫の没年が1989年ですから、本人がやったのか「第三者」がやったのかはわかりません。 あらすじは、衰弱した白いライオンのルナルナをブラックジャックが「治療」して元気にするというお話です。で、改訂されてるのが、1975年のコミックスだと128〜130ページ、1993年の文庫版だと76〜78ページです。コマ割りはそのままですが、セリフだけでなく絵も変わってます。 旧128頁下段→新76頁下段のコマ BJ:ルナルナはライオンの畸形なんだ。白子といってどんな動物にもまれにある畸形だよ。 ピノコ:チャコ……おちゃかなのおなかん中? ↓ BJ:ルナルナはライオンの変種なんだ。ごくまれにあんな子どもがうまれてくることがある……。 ピノコ:白ペンキみたいにそまっちゃうの……? 「畸形」「白子」という言葉が差し替えられてます。多分「不適切な表現」だと判断したからだと思います。このエピソードの冒頭では、食事の準備をしていたピノコが魚の腹の中から出てきたシラコに驚くというシーンがあって、それが伏線になってるわけですが、「白子」を差し替えて意味不明なことになっちゃってます。 旧129頁上段〜中段右→新77頁上段〜中段右のコマ BJ:あのシラコじゃない。動物のからだの色は、色素というものがあるからできるんだが、ごくまれにその色素がたりなかったり、ぜんぜんないこどもがうまれることがある。これを白子というんだ。色がないからからだはまっ白だ! ピノコ:じゃ、………人間にもあゆの? BJ:あるとも。まっ白な人間ができる。 ↓ BJ:そうじゃない。生き物の皮フには色素というものが含まれているから、色や模様がついて見えるんだ。その色素がたりなかったり、ぜんぜんない子どもがうまれる場合があるんだが、ルナルナもそんなケースなんだろう…………。 ピノコ:じゃあもうなおらないの? 上のコマはコミックスでは3人の赤ん坊がもう1人の真っ白な赤ん坊を不思議そうに見ているという絵だったのが、文庫版では元気そうな2頭の馬が真っ白いヨレヨレの馬を不思議そうに見ている絵になってます。また、ピノコの質問も差し替えられていて、上記の差し替えも含めて、なぜだか「どんな動物にもある」「人間にもある」ということがぼかされています。 旧129頁中段左〜130頁上段右→新77頁中段左〜78頁上段右のコマ BJ:このルナルナもたいへんめずらしいライオンの白子なんだ。たぶん、親代々白子だろうな……。そして白子はからだがふつうのものよりひどく弱いんだ。中には日光にあたってもまいってしまうものさえある。ルナルナは白子のおかげでちいさいときから人間の目について、いつもぜんぜん自分の自由がなかった。 ↓ BJ:そうだな。自分の細胞で色素をつくりだすことができないんだから……。医学的には白皮症というんだが……。この症状の個体には虚弱体質が多いんだ。中には日光にあたってもまいってしまうものさえある。ルナルナはこの体のおかげで小さいときから人間の目について、いつも全然自分の自由がなかった。 大したことではないですけど、ひらがなが漢字になってるし、「ある」が「含まれている」に、「からだが弱い」が「虚弱体質」に言い換えてあるし、細胞や個体、白皮症など医学的な説明も小難しくなってます。また、コミックスでは漢字にはほぼ全部ルビがふってあったのが、文庫版ではルビが全然なくなってます。これはつまり、20年弱の間に読者の対象年齢が変わった、というか読者が大きくなったということでしょうね。 さておき、1975年に比べて1993年のブラックジャックは、言葉を選びながら慎重に話していて、なんとなく自信なさげな印象です。差別表現を口にしないように気を遣い、ポリティカル・コレクトネスに配慮するブラックジャックって、なんだからしくないですね。 この後は特に改訂もなく、反対するピノコを説得し、ブラックジャックがルナルナの全身に液状のメラニン色素を注射して「ふつうのライオン」にするという、豪快な治療法でもってめでたしめでたしとなります。 言うまでもないですけど、そんな治療は不可能ですよ。いや、ブラックジャックほどの超人的な天才医師ならもしかしてですが、現代の医療の水準では無理です。 |
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