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分割した記事の第1弾です。お手数ですが、先に言い訳⇒を読んでください。戦後の遺伝学の啓蒙書を古い順にご紹介します。なお、漢字の新字体、現代仮名づかいに直してるのもあります。
見てわかるとおり1970年代までは、遺伝学は優生や結婚の問題と強く結びついていました。以下で紹介する本も、遺伝の知識を啓蒙することで、天下国家のためによりよい結婚をして優れた子どもを産み育てるのがよいことだと実にストレートな表現で書いてます。「劣った者は生まれないほうがよい」という優生学の核心が正面から批判されるより以前のことですから、遺伝性疾患の人が存在すること、生まれてくることそれ自体が「悪」「危険」「異常」たど堂々と書いてます。気持ちよくないでしょ。 宇田一, 1952,『結婚のための遺伝の知識』河出書房.(市民文庫、第1刷、90円) 著者は冒頭で、「性に関して無知なこと」が「無惨な結果を招いている」と嘆き、優生保護法も「優生の意識が徹底して理解されなければ(略)正しい適用は期待できない」と述べています。本書は、「性や遺伝に関する無知なことに基因して、人生にあって最も華かに、しかも最も厳粛なるべき結婚が、青年子女の間に軽々しく取扱われるならば、やがては人生の破綻を招き、ひいては国家民族のためにも憂慮すべき結果になりはしまいか」という危惧のもと書かれた本です。 戦後、優生保護法のもとで「日本民族発展のための優生施策が着々と実行されていることは慶賀に堪えない」し、また「優生に基礎をおいて結婚問題を取扱った著書も枚挙にいとまがないほど刊行されていることも喜ばしい」。しかし、そんななか「日本の若い人々は、恋愛結婚を民主主義と思っている」ようだが、それには注意も必要だ。本書の目的は、「結婚に関するいろいろの問題を論述するために最善の注意」を払い、「若い人々のために、両親に代って、結婚の相手を見つけるための忠言」となることだそうです。 なお「自序」では、この本は「今日遺伝学上、後天性遺伝を否認する意見が優勢で、環境の影響を過小視する傾向が濃厚であるため、それが優生学にも反映していることは、誠に遺憾である」と述べています(「自序」より)。「後天性遺伝」という言葉はちょっと怪しいんですけど、以下の内容を見てもわかるとおり、この本は生まればかりが重視され、育ちのほうが軽視されていることに批判的です。 内容は、まず「1. 人間生命の誕生」で進化論やら発生学やらの話をして、「2. 遺伝のしくみ」「3. 人間における遺伝」でメンデル再発見以降の半世紀の遺伝学における知見を、具体例をまじえながらけっこうな紙幅を費やして解説してます。次の「4. 遺伝と環境」では「優生と優境」、つまりは「優れた生まれと優れた環境」のバランスにも配慮しながら、環境や教育の重要性にもふれ、最後の「5. 結婚をめぐる諸問題」でやっとこさ本題に入ります。ここでも、例えば家系について「血縁と家風」、つまりは生まれと育ちの両方のバランスに配慮してます。で、ゴルトンの優生学やマルサスの人口論とその後の産児制限運動なんかにも言及しながら、「若い人々のために」具体的な遺伝と結婚の問題を論じています。 アルビノが登場するのは、まず3章の「人間における遺伝」で、全部で16ページにもおよぶ人間の遺伝形質の一覧表です。これの最初のページに「白子 Albinism」と「白子(眼だけの) Albinism limited to the eye」があります(p.90)。次が4章の「遺伝と環境」で、先天性と後天性について説明する例としてあげられています。この説明がちょっと不可思議で面白いです。 著者は、「どこまでが先天性であり、どこからが後天性であるかという境界が定めにくい」と注意をうながし、「白子の例の如きは、極めて明瞭のようであるがそれでも熱帯地方では、最初純白であった白子も成長する間に全身に黒い斑点があらわれることがある。これは、強い日光にさらされた結果と思われるが、ことによると、その年齢になれば、自然に黒斑ができる性質を先天的に備えているのかも知れない。そうすれば、これは先天性の変異であるが、日光のために新たに生じたものならば、この黒斑は後天性の変異と言わねばならない」だそうです(p.136-7)。 その次に出てくるのは、5章の「結婚をめぐる諸問題」の「血族結婚について」です。「遺伝学上から、血族結婚をよくないとする議論の根拠」は、「劣性の形でかくれている病的遺伝子を『ホモ型』にする機会をつくり、そのために、その病気が外にあらわれるから」と、「人間の遺伝病のうち重症なものは、大てい劣性遺伝病に属する(これは優性遺伝病に比べて淘汰され難いからである)」の2点で、その実例に「白皮症(白子)」などをあげて「警告」してます(p.184)。 佐藤重平, 1961,『遺伝の話』至文堂.(学生教養新書、第1刷、350円) 「新書」ってなってますけどハードカバーです。また、著者の名前の上にドドンと「東京大学教授・理学博士」って書いてます。著者は「高校生、大学生、または一般の人」に向けて、「多くの実例やエピソードを集めて、むずかしくなく遺伝のことがわかるように心掛けて書いた」そうです。ただ、最近は「ジャーナリズムが最新の知識の普及に大きな役割を果たしている」が、「新しいテーマに飛びついて、肝腎の遺伝の基本法則を知らないで、変な結論を下す」のはよくない。だから本書は、「あまりむずかしい理論はぬきにして、いろいろの具体的実例をあげて、すなおに遺伝のことがわかるように」するのが目的です。 また、「遺伝病、血族結婚とか雑婚の問題などで、結婚相談の手引にもなるように、一応正常形質および異常形質の遺伝もまとめ」ているから、この本をとおして、「遺伝学に興味をいだくとか、読者の正しい結婚の道しるべになり得たならば、著者として望外の喜びである」と述べて、「序」を締めくくっています。 内容は、「1. 遺伝か環境か」「2. 遺伝質の担い手」「3. 生殖細胞の役割」「4. 遺伝の基本法則」「5. 非メンデル性遺伝」「6. 遺伝子の本性」「7. 血液型の遺伝」「8. 性の決定」「9. 人の染色体と性」「10. 性に伴う遺伝」「11. 性の転換」「12. 双生児」「13. 処女受胎」「14. 正常形質の遺伝」「15. 異常形質の遺伝」「16. 血族結婚」「17. 遺伝と人生」と盛りだくさんに見えますが、各章は短く、全体でも200ページほどで、図表や写真も豊富です。最後にもっと詳しく知りたい人のための文献リストもついてます。 アルビノが登場するのは、まず15章の「異常形質の遺伝」です。この章は、蛋白質代謝、炭水化物代謝、無機物代謝、骨と関節、皮膚、消化器、内分泌、循環系、血液、眼などなど、それぞれに分けてまとめてあります。で、アルビノは皮膚でも眼でもなく、最初の蛋白質代謝の一番手に、「白子(メラニン色素形成の障害)」として「全身白子」「部分白子」「眼球白子」と出てきます(p.152-3)。ただし、「皮膚の異常」のところでも「全身白子、部分白子(p.153参照)」と1行あります(p.158)。 上記の「全身白子」の説明で「血族結婚には断然多く、日本の調査では白子の両親の50%以上がいとこ結婚である」と書いてありまして(p.152)、次の16章「血族結婚」で再び言及があります。「たとえば白子のような劣性形質は、その遺伝子の分布が狭い範囲に限定されているから、無縁結婚を代々していれば、劣性形質はなかなか表面化する機会を与えられない。しかし血族結婚だと、それが得たりや応と表面にのしあがる。つまり白子の出産となる」と代表例としてあがってます(p.179)。 さらに最後の17章「遺伝と人生」は、家畜や作物の品種改良について1ページほど、残りの6ページが遺伝学を人間に応用した優生についてです。そしてくり返し、「血族結婚と優生」という項目に、いとこ同士の結婚を禁止すれば「白子は1/2に減る」と書いてます(p.193)。 湯浅明, 1964,『遺伝の知識』真珠書院.(パール新書、第1刷、280円) 「遺伝という言葉は宿命論的の暗さをもって」おり、「遺伝学は、かくされた悪をあばき出す悪魔の鍬」とすら考えられた時代もあり、「少数の悪形質だけが遺伝学の種となることが多く、それが、人の心を暗く」させていた。しかし今は、人の遺伝の「大部分はよい性質か、ふつうの性質」だという考えに一変し、「悪形質も救いうるようになった」。「宿命をなげく必要がなくなった例はきわめて多い」し、「悪家系の人でも結婚に安心してはいりうる場合も少なくはない」。だから、「宿命の遺伝は、それについて正しい理解があるなら明るい遺伝」なので、それを「よく知った上での安心感が望ましい」。そこで本書では、「明るい遺伝へと変換させるためのよりどころと理解とを説いた」のだそうです(「はしがき」より)。 この本はあまり小難しい理論的な話を中心にはせずに、身近な具体例や有名な逸話を豊富に取り上げ、イラストもまじえながら「明るい遺伝」を理解させようと努めています。ただ、興味をひくような見出しを各章につけてあるために、その見出しだけでは何が書いてあるのかよくわからないのが難点です。 例えば「4. イギリス王室の悩み」「5. ケネディの顔とフルシチョフの顔」「6. ウリのつるにナスビはなるか」「7. キクとイサムは元気でいるか」「11. ハレムの話」「12. グータラ亭主と賢婦人」「13. 自分の子供の鑑別法」「15. 貴族も庶民も」といった感じです。 最初に登場するのは、2章「暗い世界に光を投げる」の最後のところで、優生保護法を紹介した後に、その対症疾患のひとつとして「全身に色素がなくて、皮ふは白く、髪の毛も白っぽく、目の虹彩に色素がなくて、まぶしいようすをするのが白っ子(全身白化症)」が紹介してあります(p.28)。次は、5章「ケネディの顔とフルシチョフの顔」で顔つきや耳たぶの形、髪質などの形質の説明があり、その後に「遺伝する病気」のひとつとして「からだに色素がたりなくて皮ふの白い白っ子」に簡単にふれています(p.83)。 そして10章の「血族結婚について」で、一番最初の例としてアルビノが登場します。「たとえば、からだに色素(メラニン)が足りなくて全身が白い、いわゆる白っ子なども劣性遺伝子による。ふつうの結婚でこれがあらわれる割合を1とすると、いとこ同士の結婚では14.5倍にもなる」と紹介してます。ただし、「このようにいうと、とても高い率で悪い性質の子供が、いとこ同士の結婚で生まれてくるように思うが、それでも危険もなく、異常のみられないいとこ結婚もかなり多い」とフォローを加え、続けて「白っ子の場合だと、ふつうの他人同士の結婚では50,000人に1人くらいの割合で生まれるのに、いとこ同士の結婚だと3,000人に1人ということになる」だそうです(p.141-2)。「何倍になる」と書くとすごくはね上がったように思えるけど、「何人に1人」をそれぞれ比較すればそれほど高くは感じない。数字の提示のしかたのマジックです。 しかしその直後、上記は「近親や当事者に劣性遺伝病の患者がいない場合」の話であり、「近親にいる、いとこ同士の場合では、もっとずっと高くなる」と再び注意をうながして、「兄弟に白っ子があるという場合に、その人が、いとこ結婚をして白っ子の生まれる危険は、統計的には24分の1という計算になる。しかし、この人が他人と結婚すると白っ子の生まれる危険は、420分の1となる」とのことです(p.142-3)。 |
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