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『破天荒遊戯』の感想みたいなものです。マンガ原作で、アニメ化もされました。詳細は適当にググってください。
マンガは7巻まで読んだけど、ブックオフで探すのが面倒くさくてその後は放置です。アニメのほうは全部見ました。1クールで終わらずに2クールくらいやってもよかったかなと思います。ちなみに、同じ作者の『まりあ・ほりっく』もアニメのほうは全部見ました。 さて、『手招くフリーク』⇒ではひとつひとつの作品やキャラクターについてはあまり詳細に書いてないのですが(綾波レイを除いて)、『破天荒遊戯』にも少しだけ言及してます(矢吹 2010: 73)。 アルビノのキャラクターが登場する作品はたくさんありますが、『破天荒遊戯』が他とずいぶん違うのは、アルビノについての説明が長くて詳しいことでしょう。ただ、その結果、教育的配慮に満ちたというか、「人権や福祉の文脈でのよさ」を意識するあまり「作品としてのよさ」(前田 2011)が損なわれたというか、どうにも野暮ったいことになってます。 主要キャラクターのアルゼイドという青年がアルビノなんですけど、それ以外にもマンガだと4巻と5巻にまたいで収録、アニメだと7話の「花が咲いたら」というエピソードにルドヴィカというアルビノの女の子が出てきます。 主人公一行が迷い込んだ森のなかでルドヴィカに出会い、村に案内されて長老とお話します。以下、マンガ版の4巻からのセリフの抜粋です。アニメ版では微妙な言い回しが変わってますが、ほとんど同じです。吹き出しのなかの改行は省略して、句読点を適宜補ってます。 長老:見ての通り皮膚にも目にもメラニン色素を持たないこの娘には日光は大敵。日中は外出などもっての他。窓のある部屋にも近付けさせません。そのため一度でいいから昼間の外を見たいとしょっちゅう村を抜け出そうとするのです。…アルゼイドさん、あなたも同じとおみうけしますが、なんでも旅をしているとか。 アルゼイド:…普通に外に…。…だからどうした。俺とこのガキとどこが同じだと。普通に太陽の光を浴びているからなんだと。そもそも本人が望むなら日焼け止めを塗って、サングラスでもかけさせておけば済むことだろうが。視力の低さと紫外線に極端に弱い所以外普通と変わらない。知能も運動能力も他人に劣る所など何一つないのに。(pp.168-9) その後いろいろあって、ルドヴィカがまたしても村を抜け出し、アルゼイドが説教してる場面です。 アルゼイド:皮膚ガンの危険を避けるために日光の下へは出られず、そのせいで骨や歯はもろくなりやすい。もともと視力が弱い上、不要な光を遮断する色素が欠けているため、まぶしさで一層物が見えづらい。手術で治せたり、少しずつ慣らせば免疫ができるといった類のものではない。おまえは一生、その病を背負い続けていくことになる、わかるな? ルドヴィカ:……はい。 アルゼイド:だからといって普通に生活するための方法がないわけでもなく、生来の障害としてはごく軽い方とも言え、周囲のおまえの扱い方は確かに神経質すぎるきらいがある。それもわかるな?(p.181) とまぁ、こんな調子です。 ルドヴィカの場合、アルビノというキャラクター設定は十分に必然性をもってます(矢吹 2010: 50)。しかも、体が弱くて長生きできないという設定の作品が多いなかで⇒、軽い、普通、劣ってないとくり返し強調してます。さらに、紫外線を浴びたら溶けて死ぬとか、浴びた量に比例して体力を消耗するとかいった極端な描写の作品が多いなかで、過度な日焼け対策は「神経質すぎる」とパターナリズム批判までして、ルドヴィカの自己決定を尊重しようとしてます。ただ単に詳しいだけじゃないという意味で特筆すべき作品です。 でも、上記の教科書的な説明は、作品の世界観を損ねているようにも思えます。『破天荒遊戯』は魔法で戦う場面もあれば、銃で戦う場面もあります。そんな世界を舞台にしてるなら、その世界にふさわしい方法があるんじゃないかと勝手に考えてしまうわけです。例えば、魔法のオーラで日光を遮断したり、透視能力で遠くのものを見たりしても別にいいでしょうに。アルビノだから特別に魔法が使えるという設定は芸がないですけど、どこにでも魔法使いがいる世界で生活の知恵として便利に使うのは特に不自然ではないはずです。 ファンタジー作品に日焼け止めクリームって生活感ありすぎます。とはいえその後、主人公のラゼルがルドヴィカに日焼け止めを塗ってあげるというほのぼのしたシーンに進むので、ストーリー的な必然性はあります。 必要なことを適度に説明し、不自然じゃない感じに伏線をはって「作品としてのよさ」を保ちつつ、なおかつ、いい加減なことにならないように「人権や福祉の文脈でのよさ」にも配慮するというのは、難しそうです。そこらへん、ブラックジャック先生も苦労してます⇒。 参考文献 前田拓也, 2011,「書評 倉本智明編『手招くフリーク――文化と表現の障害学』」『社会学評論』62(1): 129-130. 矢吹康夫, 2010,「アルビノ萌えの『後ろめたさ』からの逃走」倉本智明編『手招くフリーク――文化と表現の障害学』生活書院, 44-76. |
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2011年08月12日
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