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で、初天神と云うのは、天神様を祀る神社の最初の縁日の事で、1月25日です。 弘法も筆の誤りと申しますが・・・人間には勘違いと云うものがございます。何人かのブログ友だちの記事へのコメントで、私はとんでもない間違いを書いてしまった事に気が付きました。初天神と初午を混同していたのです。この記事を借りまして、私の間違いコメントを訂正させていただきます。 「初午(はつうま)」は、稲荷神社の縁日で、2月の最初の「午(うま)の日」の事です。私は初午と初天神を間違えてコメントしてしまいました。大変失礼いたしました・・・orz 「初天神」と云う落語演目は、上方落語で、現在でも鶴光さんなどによって、上方ではたびたび演じられている作品だと思います。東京へは、大正期に、三代目 三遊亭圓馬が移植しました。当代の十代目 柳家小三治さんの持ち根多として有名ですね。 「小児は白き糸の如し」・・・と云う、「真田小僧」と同じフレーズで始めるのが普通です。「どんな色にも染まるんだそうですな」と続ける場合もあります。 まあ、どうと云う事の無い滑稽噺で、お聴きになって笑えば良いだけの噺です(^ω^) 突き放さないで、解説してよ! って仰るかも知れないが・・・この演目をどう解説しろってのよ〜(^ω^) そりゃ私は、子供の頃は凧揚げ名人だったので、凧の揚げ方に付いては、一家言持ってるんですが・・・そこまでリアルさを追求しちゃうと、落語の面白さが無くなります。とにかく、小三治さんの名演をご覧いただくしかありません。 下記の映像は、現在のニッショウ・ホールへ移る前の、イイノホールの最後の収録だったらしく、その前のヤマハホール時代の思い出として、大師匠の物真似を小三治さんがやっている貴重な映像です。六代目 柳橋、三代目 金馬、八代目 可楽そして、圓生・志ん生。昔の大師匠ってのは、それぞれに他の噺家とは違う特徴を持ってたんですよね。一言語るだけで誰なのか判ります(^∇^) データ・・・十代目 柳家小三治 昭和14(1939)年12月17日〜 前名=さん治 出囃子=二上りかっこ 本名=郡山剛蔵 紫綬褒章受章(2005) |

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藪師匠、おはようございます。
こう休みが続いたのでは、休養にならずに反対に体が疲れて来ます。
昨日は柴又の帝釈様に行って来たのですが、もの凄い人出でした。
家にいられない事情のある方が多いらしく、ほかに行く所は無いんですかね(爆笑)・・・・・・・
言うに及ばず私も凧揚げの名人でしたよ(笑)・・・・・・・
お稲荷さま系統の「初午」と天神さま系統の「初天神」、双方初がつくので混同しやすいですよね(笑)・・・・・・・
2010/1/10(日) 午前 9:18
骨董市・古着市に30何年通っていますので
信心からと言うより「掘り出し物に会えるかも!!」と言う思いで出かけます。
落語に「初天神」は有っても「初弘法」は無いのでしょうか?
どちらも行きますが「初天神」の方が着物が多いので好きなんですよ(笑)
大阪の「お初天神」も飲んだ後のそぞろ歩きには良い場所です。
2010/1/10(日) 午前 10:47
もうこのお姿を拝見するだけで涙がでるごんぞうですm(__)m
このところ「初天神」を結構噺してらっしゃるようです。
今ちょこっと拝見してから、あとでゆっくり聴かせてくださいm(__)m
ああかわいいんだわ〜♡
あ・・・理性が飛びました。
お礼のポチ★
2010/1/10(日) 午後 0:56
m(__)mアップありがとうございました。結局一気に3まで観てしましました(//∇//) お正月は「お団子」のところで「さげ」にされてました。(長さが調節できるのでこの演目を選ばれるという話も伺いました。)先日より、お体の調子も声の勢いもよいですねえ・・・
素敵なものをありがとうございましたm(__)mボー( ▽ )o〇O
2010/1/10(日) 午後 1:37
このモノマネは貴重ですね。金馬、可楽、円生、志ん生。。。若いころに夢中になった噺家さんです。(柳橋は好きではありませんでした。)
2010/1/10(日) 午後 10:40
*かぎ
小三治さんは、八代目 可楽が好きだったと語ってますが、さもありなんと云う気がします。
五代目 小さんは、四代目が亡くなった後、黒門町の預かり弟子になった訳で、黒門町の芸風を感じるのですが、金馬さんの芸風もかすかに感じるんです。それはどう云う事なのかと思って考えると・・・隔世遺伝で、黒門町と金馬さんに多大な影響を与えた、三代目 三遊亭圓馬のDNAが保たれているのではないかと思います。
小三治さんは、五代目 小さんの弟子ですから、黒門町の孫弟子です。系図上の師弟関係ではなく、実質的な影響力を考えると、黒門町と金馬さんは、三代目 圓馬の下での兄弟であり、小三治さんにとって金馬さんは、お爺さんの兄弟って事になります。
2010/1/11(月) 午前 6:03
*エキさん。。
柴又の帝釈天と云うと、寅さんシリーズって事になりますが・・・「御前様(ごぜんさま)」を演じた、笠智衆(りゅうちしゅう)さんを思い出しますね。落語ファンなら、「帝釈様が安倍川を食べている夢を見た」って志ん生さんのフレーズを思い浮かべます。
日本には、八百万(やおよろず)の神がいる訳でして、西洋みたいに細かい細かい事は云わずに、みんな受け入れちゃいます。2,670年前に神武天皇が即位して以来、天皇の国だった日本に仏教が伝来しても、それを受け入れちゃった訳ですね。それが端的に表れているのが、除夜の鐘の後、神社に初詣に行くと云う日本人の普通の感覚ですね。単一教しか信じない西洋人には不思議な光景です。
2010/1/11(月) 午前 6:03
*ごんちゃん。。
私は業界の人間ではありませんが、現代を代表する東京落語のトップクラスの噺家さんのファンの方のお書き込みは非常に嬉しい(^∇^)
でもちょっと感想が・・・
もう少し、小三治さんの話芸に付いて語ってあげて欲しいと思います(^ω^)
2010/1/11(月) 午前 6:04
*ごんちゃん。。
国立は20分の持ち時間だったそうですね。小三治さんに20分なんて失礼ですよねぇ(^∇^)
でもまあ、お正月の初席は、噺家さんの稼ぎ時ですから、一席は短くしてあちこちの寄席を掛け持ちするのが定番です。この「初天神」は、時期的なものと、語る逸話をカットする事で時間調整が出来るので初席には便利な演目です。
普通は、最初に飴を買ってもらいます。その飴を舐めているうちに落とす。どこへ落としたと探す。ノドへ落とした(^ω^)・・・その次に、団子になって、凧になります。それを語るとだいたい25分くらいでしょう。もっと長くする場合は、「真田小僧」と云う演目の語り出しをくっ付けたりします。
お父さんの留守に、お母さんのところへ色眼鏡を掛けてステッキを持ったおじさんが来て・・・お母さんは障子を閉めて・・・って話を隣の家でします(^ω^)
2010/1/11(月) 午前 6:04
*けんちゃん。。
談志さんも折に触れて、大師匠連の物真似をやったりしますが、やはり、語りの特徴を捉えてますね。
柳橋さんの部分で、知らないのに無理に手を叩かなくていいって云ってますが・・・最も最近まで存命だった圓生さんが亡くなってからでも、30年以上経っている訳ですからねぇ。確かに大物噺家がたくさんいた凄い時代だったんだと思います。
2010/1/11(月) 午前 6:05
こんにちは
正月らしい落語で満足です。
寄席には行けないですが十分満足です。
小三治師匠の物まね初めてです。
面白く聞かせてもらいました。
ありがとうございます。^・^♪☆彡
2010/1/11(月) 午後 4:34
今は、アップ中なので、カギ無しで。
「二上がりかっこ」を出囃子に選んだのも、そういうことなんでしょうかしら?
2010/1/11(月) 午後 10:00
*与太郎さん。。
こんにちは。
梯子乗りの映像はどっかで撮影しましたか? (^∇^)
まあ、現代の落語のライブってのは、なかなか難しくて、二面化しています。入場料を払って簡単に見られる寄席は、ロクなのをやってないし、談志さんや小三治さんが出演する高座はプラチナチケットとなっていて、簡単には手に入りません(^ω^)
それでも、できるだけ本物の落語を伝えたいと思って日夜努力している^^のが、このブログです。
2010/1/12(火) 午前 6:53
*キャバンさん。。
二ツ目になると、自分の出囃子を「貰う」訳ですが・・・貰うと云うのは、下座の五目のお師匠さんが曲を考えてくれるのです。中には、自分で選んだ曲に変更する人もいますが、別に決まりがある訳じゃありません。
下座で三味線を弾いているお師匠さんは、当然ながら、いつも公平な立場で落語を聴いているエキスパートです。二ツ目になった人の芸風を見抜いています。だから、出囃子と芸風はマッチしているので、おろそかにしてはいけないのです。二ツ目になった柳家さん治に、下座さんは、金馬さんと同じ「二上り鞨鼓」の出囃子を選んだと云う事は、その芸風を感じた証拠なんです。
2010/1/12(火) 午前 7:01