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それはさて置き、子供に受ける落語ってのが私は好きです。かと云って、単純な繰り返し落語の事を云ってる訳ではありません。頭脳が未発達な幼児ほど、単純な繰り返しを好むと云うデータがあるそうです。「♪魚・魚・魚〜」と繰り返す「お魚天国」と云う歌が大ヒットしましたが、泣いている幼児にこの歌を聴かせると泣き止むと云う、物凄いパワーを持った歌でした。 寿限無や鶴のような単純な繰り返し落語は、子供に受けるのですが、やはりそれでは幼児並みなので、饅頭怖いや時そばなどの、ちょっと捻ったものを子供にドンドン聴かせるべきだと思います。そうすれば、ざこ八などの複雑な演目を理解できるようになります。 上方の二世 曽呂利新左衛門(1830〜1923)の弟子で、師匠が初代を名乗った桂文之助の二代目(1859〜1930)が、英国の笑話を元に、「動物園」と云う新作落語を作りました。複雑ではなく、子供の大好きな動物が出て来る落語なので、子供には受けると思います。 いろんなパターンがありますが、ここは、戦前の上方落語の大看板、二代目 桂三木助(1884〜1943)のバージョンの抜き書きをしますと・・・ 職なし男が、一日ブラブラしてるだけでいい仕事を紹介される。しかも仕事着? は貸与されるので裸で行ってもいい。食事も付いている。しかも・・・肉。ただし・・・生。 仕事の内容は・・・移動動物園。ライオンが死んだので、その毛皮を着てオリの中でブラブラしてるだけ。こら、楽な仕事だわいと思ったら・・・ただ今から、ライオンとトラの噛み合いをご覧にいれるとアナウンスがある。トラのオリの扉が開けられ、怖そうなトラが近付いて来た・・・果たして、この男の運命や如何に! 。。。。。。。。。。 まあ、ここまででいいでしょう。賢明な諸兄なら、この後の顛末はお判りのはずです。なんか、こう云う番組を半世紀くらい前にNHKテレビでやってたなぁ・・・この記事を良くお読みになれば、ヒントも書いてあるし・・・(^ω^) http://mrenh.up.seesaa.net/il/E6A182E4B889E69CA8E58AA920E58B95E789A9E59C92.wma 6:20 データ・・・二代目 桂三木助 明治17(1884)年11月27日〜昭和18(1943)年12月1日 享年59 前名=手遊(おもちゃ) 本名=松尾福松 この音源で、二代目 三木助は出囃子に正札附を使ってますねぇ。正札附と云えば、六代目 圓生の出囃子です。圓生は最初っから正札附だった訳ではなく、筑摩祭りでした。芸協の三代目 三木助も筑摩祭りだったので、圓生は正札附に替えた経緯があります。それと、圓生の本名は、山崎松尾。圓生の名前と、二代目 三木助の苗字が同じと云うのは、何かのミステリーなのか・・・ 法師さんがコメントで面白い話題を提供してくれましたので、二代目 三木助(左)と、三代目 三木助(右)の顔の比較をしておきます。 ポーズや年代によって大分違うのですが、鼻が高くて大きいのが似ているので、実子であると云う噂がかつてはあったのですが、二代目 三木助が賭博で借金をして、初代 桂小南を頼って東京に初めて出て来たのは、27歳の時の明治44(1911)年なので、その時には三代目 三木助は9歳ですから、藪探偵局は血縁関係無しと判断しています(^∇^) |
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朝青龍の問題も、どちらが虎の威を着ていたんでしょう。。
まだまだ全然浅いわたしも、判りやすい落語は好きです^^。
泣いている子供も泣き止むのは、こちら地方のCMだったかで「タケモト・ピアノ」のコマーシャルがありましたね^^。それは関西系バラエティー深夜番組の草分け「探偵ナイトスクープ」で立証済みでした^^。
それはそうと、藪さん、御加減は如何です?
立春過ぎた寒い今宵も、トラにお成りで。。お後が宜しいようで。。。^^ゞ。
2010/2/5(金) 午後 1:24
そのミステリーよりも、三代目三木助があまりに先代に似ていたためにおかみさんから疑われたという方が面白いですね。
実は、現在も活躍中の真打なので、名前は出せませんが、その方も時として、その師匠にそっくり(顔つきまで)になることがあります。先日飲んだ勢いでそのことを聞いてみました。
そしたら、その師匠のほうの若い時の写真が飾ってあるのですが、やはりそっくりなのだそうです。一度師匠のおかみさんが「お前さんの母親はどういう人?」と聞いたことがあったそうです。
本人はゲラゲラ笑いながら話していましたが。
そのうちに私そっくりな人間がぞろぞろ出てきたりして。。。
2010/2/5(金) 午後 1:50
聞かせていただいてて「あれ??所々関西なまり??」と驚きました。
三木助の名跡が関西からだとは初めて知りました。
威を借りて押しつぶされた人も多いですけど。
2010/2/5(金) 午後 6:40
藪師匠、
私の父親は大正十五年昭和元年ですか寅年の生まれで、電電公社現在のNTTに努めていました。
その寅年の生まれの為か、虎の置物が床の間に飾ってあり、虎の頭の着いた毛皮が引きつめられている所に座り、来訪者と対談をしていたと云う思い出があります。
それを土地家屋共に相続しまして、現在は家族全員で大切に使っています。(笑)・・・・・・・・・・
2010/2/5(金) 午後 6:50
*ヤマさん。。
幕内力士のうち半分が外人力士です。相撲はもはや日本の伝統競技ではないって事を、相撲関係者は認識しなければならないと思います。協会や部屋の親方は誰のおかげで金が稼げるのかを考えるべきです。素行不良で排斥するのなら、落語以外の仕事をしているタレントは、落語の協会から除名すべきです。
寒いとどうしても身体が動かなくなりますが、今年は、左肩の神経痛だけなので、例年の冬と比べたら、はるかにマシです。
2010/2/6(土) 午前 10:05
博士!きゃんてば大当たりだよ。。ぜーーーったい虎も雇われた人だと思ったもんo(〃^▽^〃)o
もしかして・・・動物園の動物は皆・・・・。。
きゃん、今度動物園に行ったら動物のお腹にファスナーが付いてないか、よーーーーーーく見てこよっと(*≧▽≦*)〜♪
きゃん、単純なお話は単純に脳の切り替えができて好きです(^・^)♪
えっ??「それは、きゃんの脳が幼児並みだから」って言った??((( ̄へ ̄井) フンッ
2010/2/6(土) 午後 0:13
*けんちゃん。。
三代目 三木助が二代目の実子ではないかとの噂もあったのですが・・・1902年に東京で生まれている三代目は、1884年生まれの二代目の子である可能性はあるのですが・・・二代目は大阪生まれで、1904年に日露戦争に従軍する前は、まだ上方落語の小僧だし、除隊して賭博で借金を作って大阪にいられなくなって、黒門町の師匠の初代 桂小南を頼って東京に出て来るのが1911年なんで、三代目との接点はないんですよね。
三木助を名乗るのは、四代目 圓喬門下で橘家三木助でした。5年後に大阪に戻って桂の屋号に変更します。三代目 三木助は、二歳年上の柳橋に入門しますが、若い頃は放蕩して大阪に流れて、一年間、二代目 三木助の弟子になりますす。その後東京に戻って、春風亭の名跡を名乗り、二代目 橘ノ圓(たちばなのまどか)を名乗った後、三木助を襲名して、三木助名跡を東京へ持って来ちゃった訳ですね。
2010/2/6(土) 午後 0:27
*しゅうさん。。
桂の屋号は、基本的に上方の初代 桂文治から出ているんです。東京で桂を名乗っている噺家さんもいますが、そのルーツを辿れば上方なんです。もちろん、京都桂派ってのもあるんですけどね。
2010/2/6(土) 午後 1:16
*エキさん。。
活動弁士をやっていた大辻司郎の実子で、二代目 大辻司郎を名乗った俳優さんが、NHKのアナウンサーを退職して女優になった野際陽子さんと共演した「赤いダイヤ」と云うテレビドラマをご存知ですかねぇ。
赤いダイヤってのは小豆相場の事で、ウリとカイがありますね。米英の株式相場師の呼び名から来ているんでしょうが、ベア(熊)とタイガー(虎)と云って、売りと買いのどっちがどっちだったか忘れましたが、どっちかの専門の相場師は、その動物の敷き革の上に座るのが普通のようです(^∇^)
虎の剥製が昔、有楽町の読売ホールのロビーに置いてありましたけどね。今はワシントン条約で、輸入禁止ですね。
2010/2/6(土) 午後 1:38
こんにちは。いつも珍しいものをありがとうございます。ポチ★
私が知っているのは4代目桂三木助。てっきり江戸っ子だと思っていました。今調べてみて、切なくなりました。後半生には桂米朝師匠にも師事を受けていたんですね・・・彼の「名」も虎のなんとかで、本人が一番それを知っていて苦しかったんでしょう。
2010/2/6(土) 午後 2:00
*きゃん。。
きゃんも、だいぶ落語が判って来ているので、きゃんならサゲを云う前に判ると思ってた(^∇^)
落語を良く聴いている子供なら、このサゲは判ると思います(^ω^)
難しい落語をやるんじゃなくて、こう云う「お話」に近い落語を探して、記事にしようかと思ってるんですが・・・根多探しがなかなか大変なんですよ(^ω^)
2010/2/6(土) 午後 2:59
*ごんちゃん。。
小きんちゃんは、三代目 三木助が55歳の時の子供ですね。ですから当然、三木助の弟子ではなくて、三木助の兄弟分だった小さんの弟子になりました。
なんで、28歳の真打ち昇進時に、四代目 三木助を名乗るちゃったのか。今だに疑問です。小きんちゃんの芸風は決して悪くはなくて、存命だったら、今年まだ53ですよ。勘当された若旦那の根多を専門的にやったら、ピッタリの芸風に仕上がったと思うんですけどねぇ。
2010/2/6(土) 午後 3:15
朝青龍、小沢一郎・・・・けじめの問題。
不確定であるけど、どうするんじゃい!
怪しいのは同レベル。
いいタイミングの企画でしたね。
三木助三と圓生さんは、今、一瞬思い出せませんが、何かの噺で敵役にお互いの本名を使っていましたよね。
2010/2/6(土) 午後 11:06
*キャバンさん。。
キャバンさんはご専門ですから、「云わずもがな」なんですが・・・
刑事事件に於いては、「推定無罪」の原則があります。疑わしいだけで罰してはならない訳ですね。証拠不十分だと検察が判断すれば不起訴にするのは当然です。
不起訴だからと云って、無罪だと云う事ではないですね。公判が維持できるだけの証拠がないから起訴しないだけであって、火の無いところに煙は立たず・・・ですから、民事的には「推定有罪」なんですよ。
圓生さんは八代目 正蔵と犬猿の仲だったってのは有名ですが、二人とも、四代目 圓蔵(品川の圓蔵)の一門だった訳ですよね。子供の頃から圓蔵門下で子供義太夫をやっていた圓生さんにとっては、五歳年上の正蔵が煙たかったんだと思います。
三木助との仲がどうだったのかは知りませんが、圓生さんは芸に厳しくて、八歳年上の黒門町にさえ文句を云った小言幸兵衛でしたから、落語協会には圓生さんに同調する人は、ほとんどいなくて、三遊協会設立に失敗しちゃったんですね。
2010/2/6(土) 午後 11:34