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『日本書紀』によれば推古天皇元年(593年)に造立が開始されている。当寺周辺の区名、駅名などに使われている「天王寺」は四天王寺の略称。宗派はもと天台宗に属したが、日本仏教の祖とされる聖徳太子建立の寺であり、「日本仏教の最初の寺」として、既存の仏教の諸宗派にはこだわらない全仏教的な立場から、1946年に和宗総本山として独立宣言を出している。(出典=ウィキペディア) 落語の「天王寺詣り」は、当然ながら上方落語で、笑福亭一門のお家芸となっているようです。私は持ってませんが、四代目と五代目の松鶴の音源もSPレコードに残っているようです。六代目 松鶴のフル音源は持ってますけどね・・・ 春のお彼岸。現代では「春分の日」となっておりますが・・・彼岸には殺生(せっしょう=生き物を殺す)をしてはいけないと、よく親から云われたものです。 関西では、イタチの事を「ひがん」と云うらしい。ネズミは「チューにち」・・・もちろん落語の洒落ですが・・・ 彼岸には天王寺へ行って、引導鐘(いんどがね)と云うものを死者の供養の為に撞くらしい。まあ落語ですから、犬の供養も一緒にやったり、まだ生きてる自分の供養もしちゃう訳です。途中、天王寺の境内の賑やかさを語り、「無礙性(むげっしょう=無闇に)にはどつけんもんや」とサゲる演目です。 http://o3wg.up.seesaa.net/i/E4B889E9818AE4BAADE799BEE7949F20E5A4A9E78E8BE5AFBAE8A9A3E3828A.wma 15:32 天王寺詣り / 三遊亭百生 データ・・・二代目 三遊亭百生 明治28(1895)年10月3日〜昭和39(1964)年3月31日 享年68 前名=三代目 桂梅團治 出囃子=野崎 本名=小河真之介 四年前に松鶴をやったので、今回は、短い音源で最後までやってないのですが、東京で上方落語を演じてくれた、百生さんにやってもらいましょう。 |
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百生師匠は聴き慣れてくると、語り口に愛嬌があり、
何とも言えない魅力のある師匠ですね。
東京でも人気があったのも頷けますね。
この演目は笑福亭のお家芸だそうですが、
百生師もいいですね〜(^^)
2011/3/20(日) 午後 2:42
この天王寺詣り何度も高座で聴いていますが、確かいつもここ(アホダラ坊主)で下げていました。
盲目の顔の真似と拍子が何ともおかしくて爆笑でした。
「覗きからくり」私は子供のころお彼岸の縁日で見たことがありますが、もう今の人には何が何だかわからないでしょうね。
百生師の家の近所に住んでいましたがお会いしたことはありませんでした。
近所には一徳斎美蝶先生も住んでいて、彼は何度か寄席へ出かけるときに道路であいました。頭を下げるといつもニコッとして会釈を返してくれました。
ラクダでおなじみの落合の焼き場近辺です。
百生師、大好きです。
2011/3/20(日) 午後 4:18
「天王寺」は、「鷺採り」の主人公の捕まったところということくらいしか知りませんでした。
いい噺を紹介いただきありがとうございました。
2011/3/20(日) 午後 5:16
これはもう笑福亭のお家芸ですね。僕はまだ天王寺に入ったことないですが行ってみたいですね。
[ えび助 ]
2011/3/20(日) 午後 5:23
最近は小拍子を使わない噺家も多いのでこの噺は入れ込みっぽくて良いですね。
「のぞきからくり」「御詠歌」「あほだら経」と続き…もぅ最高!!
現実にのこの高座を見られなくて残念ですが知っている天王寺の様子と重なり
懐かしくて涙と笑いに包まれました。
初めて天王寺の骨董市へ行った時連れて行ってくれた友人は「泥棒市」って言ってました。
靴の片方を売っていたりしてびっくりしたことを思い出します。
まぁ35年以上前の事なんですけどね(笑)勿論亀の池も有りました。
そうそう…天王寺の市は毎月21・22日です。
えび助さん…明日明後日辺りに行ってみると面白いですよ。
2011/3/20(日) 午後 7:49
「三府の一の東京にいて」とのぞきからくり「不如帰」が聞けるのがいいですね。
本当に天王寺の境内でやっていたそうですが、もう本物の香具師はいなくなりました。
2011/3/21(月) 午前 9:56
*菖蒲園さん。。
そう、その通り。百生さんて、愛嬌ありますよねぇ。
梅團治は、圓生の義父(圓生の母親と結婚)の五代目 圓生と戦前に親交があったので、戦後、道頓堀で闇屋をやっていた、五歳年上の梅團治を東京に連れてきて、圓生門下にしたんですよね。
梅團治は根っからの上方の落語家なので、上方の桂名跡を名乗らせようとして、文楽に相談して、文楽が入門した初代 桂小南名跡の二代目を名乗らせようとして、三遊の重要な名跡の橘家圓蔵名跡と交換で小南名跡を貰おうとしたのですが、文楽の弟子の七代目 圓蔵が、二代目 小南を襲名したかった事もあり、その話が立ち切れになっちゃって、小南名跡が三遊に移らないまま、圓蔵名跡が柳派に残留しちゃってるんですが、それを元に戻すほどの力量のある噺家が出てこない状況で、現代に至っちゃってます。
2011/3/21(月) 午後 8:19
*続き。。
百生は、五代目 松鶴や、二代目 春團治と同じ世代なので、戦後の上方落語の四天王よりも、戦前の上方落語を知っていて、上方落語の真髄は、実は東京にあって、露の五郎は、東京に来るたんびに、落合の百生の家を訪ねて、上方落語を教わっていたんです。
2011/3/21(月) 午後 8:19
*けんちゃん。。
へぇ〜。百生さんの音源は、そんなに幾つも残ってないと思いますが、「天王寺詣り」のサゲまでやってないんですか・・・映像が残っていて欲しい師匠でしたね。昭和39年と云うのは、噺家にとってほんとに厄年でした。円歌、金馬、可楽が亡くなった年でした。
戦後、戎橋松竹に出したもらえなかった梅團治は、落語家を辞めちゃったんですが、たまたま大阪へ行った圓生と出合って、圓生が自分の身内にして、百生名跡を与えて東京で落語をやらせたってのは、梅團治が五代目 圓生と親交があったからなんですよね。
小文治と共に、東京の上方落語の御大として、露の五郎や枝雀などの上方の若手落語家が東京へ出てきた時に、面倒を見たようですね。
2011/3/22(火) 午後 7:08
*キャバンさん。。
枝雀やその他の「鷺とり」は、鼻に白い斑点のある黒い猫とか、味醂に浸した米を撒いて雀に食べさせてから、落花生を撒くってのと同じで、バカバカしい上方落語ですね。
なかなか、関西地区以外の方には「天王寺さん」のイメージってのは判りにくいのですが、浅草の観音様と云うイメージでいいんだと、私は思ってます。
2011/3/22(火) 午後 9:27
*えび助君。。
引導鐘を撞いて来て下さい。あれ? あれは、お金を払って撞いてもらうのかなぁ?
供養してもらう人の名前も書いて行かなきゃならんらしい・・・(^ω^)
2011/3/23(水) 午前 6:43
*しゅうちゃん。。
東京を拠点にして上方落語をやったのは、小文治、百生、小南と三人いるんですが、小拍子を使ったのは百生だけだったと思います。やり過ぎだと思われるくらい小拍子は叩き、古いスタイルの上方落語をやったので、露の五郎などは、若い頃に東京へ来た時には、必ず百生を訪ねて、稽古をつけてもらっていたようです。
落語によく出て来る道具屋は、まともなものはほとんど売ってなくて、通称ゴミと云われる半端モノを売ってますね。そのスタイルが、天王寺の骨董市には残っていたのかも知れませんね。
2011/3/23(水) 午前 7:26
*ゆめじさん。。
若い噺家さんたちは、落語を現代風に変更しちゃったりするんですが、せめて落語の中だけでも、古い風俗を伝え続けて欲しいと思います。落語を現代風に替えたって、漫才に敵う訳無いんですから、落語は古いスタイルを維持するしか生き残る道は無いんですよ。
2011/3/23(水) 午前 7:27
東京では「むげっしょうにはどずけんモノや」のサゲは理解されなかったと思います。同様に三十石の「権兵衛蒟蒻シンドが利」も実際に耳にした記憶がありません。(居残りも同じだと思うのですが。)
円生も確かろくろっ首の謎かけで落としていたと記憶していますが、この船での謎かけ、何か別の噺で聴いたことがあるような気がしています。
ダメですね、年を取ると。記憶がどんどん薄れていきます。
2011/3/23(水) 午後 9:33
*けんちゃん。。
船での謎掛けと云うと・・・上方落語の「小倉船」じゃないですか?
円歌が「竜宮」と云う演題でやっている、浦島伝説に引っ掛けて、大きなフラスコに入って海に潜る噺。海に金を落とす前の船上の会話の部分で、謎掛けをやってたと思います。
2011/3/23(水) 午後 11:10
ちょっと時間が空いてしまいましたが、その謎かけではありません。
ろくろっ首に乗客が「うまいものを食べると永い間おいしい思いをするからいいでしょう?」と聞くとろくろっ首が「二つと良いことはありません、苦い薬を呑むと永いこと苦しみます」と言うようなものでした。
2011/7/3(日) 午後 9:33
*けんちゃん。。
大喜利でやっている謎掛けではなくて、本当の謎掛けなんですね。失礼いたしました。
「ろくろっ首」と云う演目を円歌はやってたと思いますが、あれは、与太郎が傷があってもいいからと迎えた女房の首が伸びて行灯の油を舐めるってやつで、ろくろっ首状態で何かを喋る訳じゃないですね。
お書き下さった内容は、私も聴いた事があるような気もするんですが、残念ながらどの演目なのかは特定できません。菖蒲園さんブログなら、ご通家がお揃いなので、もしかしたら判るかも知れませんが・・・
http://blog.livedoor.jp/isogaihajime/
2011/7/4(月) 午前 7:03