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神社へ行って何をする?
普通なら拝殿前へ行ってお賽銭を入れてお参りをしますね。それから?
まあ、おみくじでも引きますか。それから?
近年流行っているのが御朱印ですね。藪さんはそんなの全部やらない(^ω^)
神様にはした金で何かをお願いするのは失礼だし、自分の人生を紙切れで判断したくないし、年に十回以上取材に行ってる靖国神社の御朱印をもらってどうするの?
と云う事で藪さんが神社へ取材に行った時に何をするか? 一番多いのが人間ウォッチングです。この人は靖国神社に来て何をするのだろうかってのを、守衛さんの如くに眺めるのが面白い。
ほとんどの人は、靖国神社と云う有名な場所に何の目的もなく来てるんですよね。次の動画で語ってますが、二人のティーンエイジャーが藪さんに質問してきて、ここは何神社ですか? って云われた時には、ドッキリカメラかと思って藪さん周囲を見渡した(^ω^)
靖国神社と知らずに人ごみに集まってくる若者もいるんです。面白いよねぇ。藪さんは混雑は嫌いなんだけど、人間ウォッチングは好きなんです(^∇^)
撮影データ・・・令和元(2019)年7月15日(月)午後5時57分 靖国神社
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コメント(8)
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藪さんはこの数年、ローカルの様々な神社の祭りの取材をしていますが、決して同じスタイルの祭りってないんですねぇ(^∇^)
それぞれの神社の氏子町会や睦が、自分たちが考えてそれぞれに相応しい祭りをやってるんです。
こうしなければならないと云う画一的な祭りのパターンはなくて、それぞれが違うからそれを取材するのが面白い(^∇^)
神幸祭のパレードに登場する天狗のような風貌の猿田彦大神って何者なのか? そんな日本神話を知らなくたって祭りは粛々と進行するのです。めでたし、めでたし(^ω^)
靖国神社の三番町の山車に東郷平八郎元帥の人形が乗っていたからと云って、それを論理的に説明して藪さんに突っ掛かって来る奴なんかいない。実に情けない世の中になったもんだ。
撮影データ・・・令和元(2019)年7月15日(月)午後五時半過ぎ 靖国神社
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東郷平八郎元帥って誰? って今の若者たちには云われちゃいそうです(^ω^)
藪さんだってプロレスで反則ばかりやっていたグレート東郷って思っちゃいます(^ω^)
でも東郷平八郎は日露戦争で強国ロシアのバルチック艦隊に勝利した日本海軍の司令官です。「天気晴朗なれど波高し。興国の荒廃この一戦にあり」と云う、英国グラモフォンの録音技師が明治36(1903)年に録音した音源が残ってます。
欧州の強国のロシア帝国に極東の弱小国の日本海軍が勝利したと云う事で、東郷平八郎は欧州の有名な日本人のトップテンには常に入っていて、東郷ビールと云う洋酒もあります。
祭りの山車と云うのは普通は、天孫降臨時に天上界から天照大神の子孫を地上界に案内した猿田彦大神の人形が鎮座するのですが、靖国講の三番町の山車にはなんと、東郷平八郎の人形が乗っていた(^∇^)
こんな事は多分藪さんしか記事にしないと思いますが、靖国神社ってのは大東亜戦争のような新しい戦争の戦死者だけを祀ってるんじゃないんです。日露戦争の戦死者の魂を慰めるために、東郷平八郎元帥の人形が乗った山車を子供たちが拝殿前へ運んでいるんです。
もちろん子供たちは東郷平八郎って誰だか知らないんだけれども、みたままつりの伝統と云うのは、子供たちに日本の歴史を伝える事だと藪さんは思います。更にみたままつりの記事は延々と続く(^∇^)
撮影データ・・・令和元(2019)年7月15日(月)午後五時半過ぎ 靖国神社
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靖国神社の拝殿の右横にある靖国会館で「靖国」と描かれたお揃いの黄色い半纏に着替えた麹町小学校と番長小学校の一年生から三年生までの地元の小学生たち。
九段坂の中ほどにある靖国神社の入口の第一鳥居から子供神輿を担いで表参道を通って神門前までやってきました。
大人神輿の場合は必ず烏龍茶などの給水をやるんですが、子供たちは給水がなくても文句を云わずに大人のいいなり(^ω^)
でも今の子供たちって藪さんの子供の頃とは違って必ず親御さん同伴なので、親御さんが子供たちに給水したり、スマホで子供の勇姿を撮影しています。子供よりお母ちゃんたちの方が楽しんでいるようです(^ω^)
麹町靖国講の役員さんは打ち合わせ通りに子供神輿や山車を動かしたいのだけれども、子供たちはそんなの知ったこっちゃない。神輿の動かし方を子供たちに説明している役員さんは校長先生なのかなぁ?
藪さんと同じで活舌が悪くて、どうも話が子供たちに伝わってない気がします(^ω^)
でもまあルーティーンにこだわらない元気な子供たち。これが今の日本の姿ですって事で、靖国に帰って来た英霊たちも喜んでいる事と思います(^∇^)
撮影データ・・・令和元(2019)年7月15日(月)午後五時半 靖国神社
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藪さんが子供の頃は団塊の世代と云って、戦後のベビーブームで子供がいっぱいいました。また「もはや戦後ではない」の合言葉の元に、日本は高度経済成長に突っ走って大人は忙しかった。
子供の祭りに大人が付き添うなんて事はまったくなかった。でも現代は少子高齢化と云われ、子供の数が極端に少なくなり、世の中は爺さん婆さんで溢れてる。日本型のねずみ講式年金制度は、子ねずみが少なくなったら破綻するに決まってるのに、政府はいまだに国民を騙し続けている。若者は年金なんか払ったって、90歳以上まで生きないともらえないよ(^ω^)
日本型年金制度の矛盾点について言及すると長くなるので、それは一先ず後回しにして、現実の状況を記事にします。
靖国神社と云うと多くの方は、菊のご紋の幕が下がった拝殿しかご存じないと思いますが、全部見て回ると一日掛かるくらいたくさんの施設があります。
拝殿の右側にあるのが遊就館(ゆうしゅうかん)で、一階にはゼロ戦や壊れた大砲などの展示がありみやげ物を売ってたり喫茶室もあります。二階は有料展示室。
遊就館の先(西側)には、靖国会館(下記動画の建物)があり、休憩室やトイレがあります。二階には着替えのできる部屋があり、靖国と背中に書かれた黄色い半纏を着ている子供たちは、そこで着替えたはずです。
この子供たちは地元の麹町小学校や番町小学校の一年生から三年生で、大人の説明を受けたあとに第一鳥居から拝殿前まで、子供神輿や東郷平八郎元帥の人形が乗った三番町の山車^^を引っ張りました(^∇^)
藪さんが子供の頃の祭りには大人の付き添いなんてなかったんだけれども、現代のような物騒な世の中になってまいりますと、親御さんの付き添いは必須ですね。
また今のように子供が少なくなってまいりますと、親御さんは自分が神輿を担ぐよりも子供が神輿を担いでいる姿をスマホで撮影するのが今のトレンドになっているようです。
以上。まだまだ十本以上の動画のストックがありますので、それぞれの動画を見ながら藪さんの世相考察を記事にしたいと思います(^∇^)
撮影データ・・・令和元(2019)年7月15日(月)午後四時半 靖国神社
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