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「本郷も かねやすまでは 江戸のうち」と云う落首がありますが、それは江戸の範囲を規定したものではなくて、江戸時代にできた日本初の消防法の規定でした。
現在でも、本郷通りと春日通りの交差点の本郷三丁目の南西の角に「かねやす」と云う江戸時代からある雑貨店がありますが、「火事と喧嘩は江戸の華」と云われたほど、江戸には火事が多かったので、江戸城への類焼を防ぐために、江戸城から本郷三丁目までの地域は、火の粉が飛ぶ木製の屋根ではなく、燃えない瓦葺きにしろと云う意味なんです。
戦後の昭和22(1947)年、71年前に小石川区と合併して文京区になる以前の本郷区は、今でも旧町会名で祭をやってます。今ではまったく使われていない町名が出てくるので、地元のお年寄りでないと、どこの場所なのかが判りません。
一般の文京区民に「弓町」ってどこだと聞いても、ほとんどの人に知らないと云われるでしょう。北は春日通り、東は本郷通り、南は壱岐坂通り、西は白山通りに囲まれた地域を、昭和30年代までは弓町と云ってたんです。
判りやすく云うと、東京ドームのの白山通りを挟んだ東側の坂の地域です。白山通りの方の坂下を弓町一丁目。本郷通りに近い坂上が弓町二丁目です。ですからそれぞれの神輿や祭半纏には「弓壱」、「弓弐」と書かれています。
撮影データ・・・平成30(2018)年9月23日(日)昼過ぎ 本郷界隈
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2018年10月20日
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