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木遣り(きやり)と云うのは、現代の東京下町の祭には必ず登場します。そればかりではなく、今年の藪さんローカルの雪の残る簸川神社の節分の豆まきの時にも登場して、刺し子半纏を着た二番組の組頭が一本締めをやりました。
木遣りの最初のスタイルと云うのは歌ではなくて、労働時の掛け声だったと思います。「よいとまけ」として知られている、「おかあちゃんのためならえ〜んやこりゃ」ってヤツですね。
それが次第に、リードボーカルの歌に合わせてコーラスを付けると云う、無伴奏のアカペラスタイルになってきたんだと思います。
その労働歌のスタイルは、藪さんの専門の米国のトラディショナル・フォークソングには多数あります。むしろ米国のフォークソングと云うのは、労働歌から生まれたと云ってもいいほどです。
もちろん日本にもたくさんの労働歌があります。民謡の多くは労働歌です。「ソーラン節」の「や〜れんそ〜らん」ってのは、大量のニシンが入った網を引く時の掛け声だったはずです。
お相撲さんには労働歌ではありませんが、見に来てくれたお客さんへの感謝として相撲甚句と云うのを歌います。どう云う訳かお相撲さんと云うのは肺活量があるからか歌が上手い。
落語には大阪の三軒家と京都の寺田浜を結ぶ淀川を航行した「三十石」と云う演目があります。その演目をやるには、船頭の労働歌だった舟歌を上手く歌えなくてはなりません。
あの柏木の圓生が、親父の舟歌は抜群だったと云ってます。五代目のデブの圓生の「三十石」は、SPレコードの短い音源しか残っていないのですが、藪さんが実際に聞いてみたかった噺家の一人です。
木遣りと云うのは大八車に重たい材木を乗せて運んだとび職の労働歌です。それが施主の前で相撲甚句のように、おめでたい讃える歌になりました。
現代では当然ながら江戸町火消しのようなスタイルでは火事は消せません。でもそれが東京の祭に存在すると云う事は、幾分カッコマン的なところもあるのですが、祭と云うのは威勢ではなく粋を見せると云う意味では、これからも存続して欲しいと思います。
撮影データ・・・平成30(2018)年9月16日(日)午前九時過ぎ 根津権現坂下
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2018年10月05日
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