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東京の有名どころの神社には、それぞれに江戸囃子の有志のバンドが付いてます。
一番有名なのは、神田明神の神田囃子保存会でしょう。神田明神の境内へ入ると、右側のステージで頻繁にライブ演奏をやってくれてます。
湯島天神の場合は、落語協会の桂南喬師匠を中心に、古今亭菊之丞さんも参加している、酔鼓連と云うお囃子バンドがあります。根津神社の場合は根津鼓連です。下谷神社にも専属バンドがあります。
藪さんローカルでは、四町会の神輿連合渡御の時に、八千代町町会のお囃子バンドが先導してくれます。
靖國神社は神社本庁に加盟している日本神道の神社ではないので、ご祭神は天照大神ではなく、二百五十万余柱の戦没者です。ですから一般の神社のように氏子町会はありません。
靖國神社の最大のイベントは、七月のお盆の時期にやるみたままつりです。靖國神社で会おうと云って死んで行った御霊が帰ってくるお盆のイベントです。
靖國神社には氏子がいないので、氏子町会の神輿はないのですが「桔梗」と書かれた睦の神輿が一基だけあり、その神輿を九段下から表参道を各睦連が交代で拝殿前まで担ぎ上げます。何故「桔梗」なのかについて藪さんは考えてみました。もしかしたら「英霊たちの帰郷」の意味があるのかもしれません。
その神輿を先導するのが芝濱囃子連です。「芝濱」と云うと、落語のご通家は芝の浜で財布を拾ってどうのこうのと云う暮れに良くやる演目を思い浮かべるでしょうが、何で芝濱なのかは藪さんは知りません。今度聞いてみようと思います。「根岸」って台東区の地名の半纏を着ている人もいて、よく判りません。
でも素人さんが、獅子舞と云う伝統芸を継承してくださっている事はありがたいと思いました。
撮影データ・・・平成30(2018)年11月23日(金)午前十時半 靖國神社
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コメント(7)
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藪さんが靖國神社の事を記事にすると、すぐに突っかかってくる左翼系の人がいました。精神異常のカウンセリングを受けた方がいいと思います(^ω^)
藪さんは右翼でも左翼でもなく、日本人が歩むべき正しい道を模索する者です。若い頃は左翼がトレンドでしたが、その短絡的なバカさ加減に呆れ返りました。
靖國神社と云うとすぐに8月15日の終戦の日を左翼系の朝日新聞などが取り上げますが、8月15日は靖國神社の祭事日ではないので、藪さんは一度も8月15日に靖國神社に取材に行った事はありません。
靖國神社の重要な祭事は春秋の例大祭であり、七月のお盆のイベントのみたままつりです。8月15日に靖國神社でギャアギャア騒ぐ連中は、今年創建149年の新しい神社である靖國神社の事をまったく判っていない連中なんです。
撮影データ・・・平成30(2018)年11月23日(金)午前十時半頃 靖國神社
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靖國神社では、毎年11月23日の新嘗祭の日に恒例の餅搗き大会を朝十時からやります。当然ながら藪さんはほとんど毎年電チャリで取材に行ってます。
靖國神社へは、全国各地から奉納されたもち米の新米が届きます。そのもち米を使って有志の方が餅を搗き、搗き上がった餅を無料で皆さんに配ります。今年はきな粉餅、あんころ餅、大根おろしの辛味餅の三種類をプラスチックのパックに入れて割り箸を添えて提供してました。もちろんちゃんとゴミ箱は用意されてます。
日本は豊かになったなぁと思うのは、搗き立ての餅をタダでくれると云うのに、我先に貰おうとする日本人がいないんですねぇ。それよりも近年珍しくなった餅搗きを見ている。
藪さんはカメラで撮影しているので、手がふさがっているから餅は貰いませんでした。新酒を提供しているのなら、やめなさいって云われるまで飲んじゃうんですが、まだこの時期は杜氏さんが新酒の仕込み中です。造り酒屋の杉球がまだ緑色で茶色くなってません(^ω^)
靖國神社は来年が創建百五十年と云う事で、あちこちの補修工事をやってました。表参道の真ん中にある大村益次郎の銅像も工事の足場で覆われていて、売店は撤去されてました。拝殿の両横にも足場が設置されてました。
表参道のイチョウの黄葉は、毎年神宮外苑よりも若干遅いのですが、今年の東京は今のところ暖冬なので、イチョウの葉はまだ緑色で、黄葉は12月に入ってからだと思われます。
能舞台前の桜広場のソメイヨシノは、既に紅葉してました。あと二回、靖國神社の取材記事を続けます(^∇^)
撮影データ・・・平成30(2018)年11月23日(金)午前十時過ぎ 靖國神社
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イルミ職人と云うのは電気屋さんで、花火職人は火薬のプロです。だからイルミと花火を兼職している人はいないと思います。
今年の東京ドームのイルミのテーマは、江戸の粋 日本の華と云う事で、花火を取り上げたんだと思いますが、イルミで花火を表現するのは難しい。
何故なら、イルミってのはいろんな色のLED球を点灯させる事に意味があり、花火は火薬を発火させそれがすぐに消える事に意味があるからです。イルミのようにずっと点灯していたら、花火なのかなんなのかがよく判りません(^ω^)
ドームゾーンの一階部分の水辺で花火のイルミをやっていたのですが、花火って何故河川敷や海岸でやるのかお判りですか?
花火って、あたりが暗くなくちゃならないからです。ドームゾーンの一階部分の階段下って両側にビルがあっていつも明るい場所なんです。そんなとこで花火のイルミをやっても何がなんだか判らない。
今年のイルミのテーマが江戸の粋だと云う事を知らなかったら、このイルミが花火だと理解する人は少ないと思います。イルミ職人は、もっと本物の花火を見て何がポイントなのかを研究して欲しいと思います。
花火ってのは光ったあとにすぐに消えるから、その潔さがあって江戸の粋に通じるんです。ずっとLEDを点灯させちゃったら、そんなの花火じゃありません。黒澤明監督がご存命だったら、全部やり直しだね(^ω^)
撮影データ・・・平成30(2018)年11月22日(木)午後11時前 東京ドームシティ
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現在東京ドームシティと云われているドーム球場がある場所は、江戸時代には徳川御三家の旧水戸藩の広大な藩邸の一部でした。旧水戸藩邸は現在でも小石川後楽園の庭園に縮小されて残ってます。
その後、東京読売巨人軍が後楽園野球場を作り、その周りに後楽園遊園地ができました。かつての後楽園遊園地は礫川(千川)通りを挟んで広大な敷地を持っていたのですが、徐々に縮小されました。
現在の東京ドームシティは、屋内のイベント以外は無料になってますが、かつての後楽園遊園地は有料でした。千川通りに陸橋ができる前は、後楽園遊園地は地下トンネルで繋がってました。
東京メトロ(地下鉄)丸の内線から繋がる地区は、ラクーアゾーンと云ってます。ラクーアの語源は知りませんが、アクアとは水の意味であり、クアとはスパ同様に温泉の意味です。
かつては後楽園遊園地の一部だった現在のラクーア地区の地底を掘削したところ、千三百メートルの地下から温泉が出ました。当然ながらその天然温泉を利用して、スパラクーアなどの温泉施設ができました。
と云うわけで、現在の東京ドームシティと云うのは、千川通りを挟んで、ドーム球場のあるドームゾーンと、ラクーアゾーンに分かれているわけです。
毎年東京ドームシティでは、ウインターイルミネーションをやってるのですが、ラクーアゾーンの目玉はミルキーウェイであり、ドームゾーンの目玉はルミナストンネルでした。
しかし今年はどう云う訳か、去年まであったドームゾーンのルミナストンネルがなかった。小石川の地元民としてはどうしても、毎年のイルミの良し悪しを比較してしまいます。
残念ながら今年のドームゾーンのイルミは、ルミナストンネルがない事でちょっと寂しくなっちゃってる感じがします。
撮影データ・・・平成30(2018)年11月22日(木)午後十時半過ぎ 東京ドームシティ
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