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現在の小石川植物園と云うのは、五代将軍になった館林候の若様の綱吉公が居住した御殿の跡地です。ですからこの地は半世紀前の東京オリンピック後に白山二丁目に地名変更される前は、白山御殿町と云ってました。現在でも播磨坂下の町会は東御殿町会として痺川神社の祭りをやってます。
ちなみに群馬県に本拠を持った館林候と云うのは、家康が江戸に入城する百年前に千代田城を造った太田道灌の出身母体です。もし千代田城がなかったら家康は新しく城を造らなければならなかったので、江戸を拠点にしたかどうかは不明です。
綱吉公が五代将軍になって江戸城に居住したあとは、空き地になっていたのですが八代将軍吉宗の時に、富坂上の伝通院そばに住んでいた医者が目安箱に投書して、庶民を治療する日本で最初の病院と云われる小石川療養所ができました。
その医者は黒澤明監督が三船敏郎さんを起用して「赤ひげ」と云う映画を作りました。小石川御殿は小石川療養所の薬草園になりました。
その後は染井村の植木屋さんがソメイヨシノを作ったりする植物研究所になって、現在はアジアの植物研究の拠点になってます。ですから一般の植物園とは違って、綺麗な花を見せるなんて事は一切やってなくて、手入れをせずに植物の自然の状態を観察する東京大学付属の植物研究施設なんです。
藪さんが子供の頃は植物園は、オタマ(ジャクシ)を獲ったり、ザリガニを獲ったりセミを獲ったりする遊び場でした。園丁(えんてい)と云う番人がいて、悪ガキは追っ掛けまわされてました(^ω^)
その小石川植物園が観光地化されてたくさんの客が来るようになったのは、藪さん的には隔世の感があります。
撮影データ・・・平成31(2019)年3月31日(日)午後一時半前
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2019年04月10日
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