やえのブログ

最近アコースティック・ギターを練習してます♪

僕の好きな音楽

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年末の深夜、お店で一人、ベースを弾きながら歌っているのは僕です

次の日曜日に母校の同期会があるのですが、なんとライブハウスを借り切って開かれるみたいで、しかも

バンドを作って演奏しよう って企画なんです


この企画を立ち上げたのは、サッカー部で一緒だった寺西君。

彼は、広島テレビとかのディレクターをされているとかで、映像を撮って編集するプロです

どうやら、このライブ映像を観音高校のブログに載せるつもりのようです


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広島在住のメンバーでリハーサルをしました。  場所は千田町のスタジオ5150.

ギターでバンドマスターのリッチーこと福原君のなじみのスタジオです。

今回のライブはこのバンマスなしには成立しません

彼の尽力がいかに大きいものだったか・・・。  本当に感謝してます

ドラムはサポートメンバーで、福原君のバンドの野田さんです。  凄腕の人で、ベースが上手く弾けた気がしましたよ

ギターのヘッドに隠れているのは、びっけこと、松本さん。 これまた凄腕のキーボードです 

リッチー、びっけ、そして僕。  この3人は同じクラスなのでした


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東京組も同じころ、練習してました。

ドラムについているのは、出雲君。  出雲君は、ベースを弾きながらボーカルもします  

僕が高校の時に、「ブルー」という他校の生徒のバンドに入れたのは、出雲君の紹介があったからです。

ギターはチャボあるいはリチャードこと井上君。   弾き方が全然変わってないんで、すぐわかります

井上君は、後で出ますが、僕のB-25というアコースティックギターを弾いてくれました

カメラ小僧は、上垣内君。  彼とは、高校で初めてバンドを組み、彼の家がある船越の入川まで、電車に乗って

ベースを持って行き、一緒にかなり練習したのを覚えています。    ちなみに彼は、ドラマーです

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そして、忘れちゃいけないのが、ボーカルの福本君です。

彼は熊本在住でありながら、東京組のリハーサルに参加するため、上京した根性の持ち主です

そして、矢沢永吉の大ファンで、この後、矢沢さんのお店に行ったようです


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さあ  いよいよ始まりました   場所は広島市中区新天地のソウルトレインギャングです

当日のリハーサルはたったの一回   でも、みんな力を出し切ります

RCサクセションの「ようこそ」から

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シーナ&ザ・ロケッツの「デッド・ギター」

チャボのギターと出雲君の歌とベース、良かったですー


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友情出演の砂本さんと川本さんのボーカルによる、これまたシーナ&ザ・ロケッツの「ゆー・めい・どりーむ」

後ろにキーボードで、三戸君の雄姿が見えます  ガイチ君のゆったりしたリズムもいいです

やっぱり、女の子がこういうコスチュームでしかも二人も出てきたら、み〜んな持って行かれますね

もちろん、演奏もバッチリ   とってもかわいかったです


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僕の出番もやってきました。   斉藤和義の「ずっと好きだった」です。

ドラムは出雲君です。   緊張して歌詞が一部飛んじゃいました

この曲は、同窓会のために作ったようなものですね

同級生を前に歌うのは、結構恥ずかしかったりします

うちのクラスの看板ギタリスト二人に挟まれて、結構幸せだったりします


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そしてディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」です

これは、最初は歌う予定にしてなかったのですが、途中から歌うことになり、冒頭の深夜の一人練習を

することになりました。

途中、失敗もしましたが、やっぱり演ってよかったと思いました



この動画は「広島観音高校  昭和58年卒業生−Yahoo!ブログ」で見ることが出来ますよ

最後に懐かしい写真を載せておしまいにします


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またまた、昔話になりますが、僕がギターを持ったきっかけになったのは、このグレープの
 
「精霊流し」を弾いてみようと思ったことが一因です
 
 
最初は、「精霊流し」「無縁坂」「縁切寺」「朝刊」の4曲入りのEPレコードを、生まれて初めて
 
自分の小遣いで買い求め、それこそ擦り切れるほど聴きました
 
 
そうなると、たった4曲では、すまなくなりますね
 
それで、このグレープのファーストLP「わすれもの」を買いました。
 
グレープのLPを買って思ったのが、EPの時とは違って、ロックやジャズ、あるいはポップスの
 
雰囲気がすごくするなあ・・・ ってことです。
 
 
 
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これは、2枚目の「せせらぎ」です。
 
普通のフォークグループとはちょっと違う楽曲も結構入っていて、音楽性の広さを感じました
 
また、中の冊子に全曲の解説や、楽譜が掲載されていて、ミュージシャンの思い入れの強さを
 
感じましたね〜
 
 
「追伸」が一押しです
 
 
 
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「精霊流し」以降、これといったヒット曲が出なかったグレープは、この3枚目の
 
「コミュニケーション」を最後に解散してしまいます
 
でも、このアルバムは、非常に充実した内容の名盤です
 
楽曲も捨て曲などないし、さださんの声というか歌もプロらしく余裕が出てきて、
 
今からなのにー・・・  と、残念で悲しかったのを覚えています。
 
 
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そんな中、購入して、かなりのヘビーローテーションで聴いたのが、ライブアルバムの
 
「三年坂」です。 活動期間が3年だから、このタイトルなんでしょうけど、短すぎます
 
 
グレープや、さだまさしって「暗い」ってイメージですが、コンサートはこんなに面白いんだ
 
って、世の中に知らしめたのは、このライブがあればこそです
 
 
それにしても、このステージ衣装・・・
 
当時は、かなり頑張ったのではないでしょうか?  時代を感じますね
 
 
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グレープ解散後、約半年間の休養を経て、さださんは、ソロアルバムを作ります。
 
それが、この「帰去来」です。
 
ジャケットに写る女性はさださんに偶然、道を聞いたところを、写真におさめたものらしく、
 
この写真を採用するにあたって女性の許可を取り付けるために、随分さがしたんだそうです。
 
 
グレープ時代に比べて、少しだけおとなな感じに仕上がっていますが、やりたいことが
 
たくさんあって、まとまらなかったような感じを覚えます。
 
ただ、これからのさだまさしの原石が、まだ磨かれてないまま、そこにあるって感じで
 
さださんも、大切に思っているに違いないアルバムです。
 
 
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さださんのセカンドアルバム「風見鶏」です。
 
このアルバムのアレンジャーは、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」を手掛けた
 
ジミー・ハスケル氏を迎えて作られました。
 
やりたいことがはっきりしたのか、本当にいいアルバムに仕上がっています。
 
このアルバムは、「雨やどり」のヒットの後で発表されましたが、「もうひとつの雨やどり」という
 
曲が入っていて、2曲を続けて聴くと、いいんですよ
 
ちなみに曲に出てくるモデルは、さださんの妹さんの玲子さんだそうです 
 
 
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前作「風見鶏」と同じ鳴戸ケイコさんのジャケットの「私花集(アンソロジー) 」は、さださんが
 
山口百恵さんに送った「秋桜」と、さださんのファン投票でいつも1位の「主人公」が入ってる
 
重要なアルバムです。
 
ちなみに、秋桜と書いてコスモスと読み始めたのは、この曲が世に出てからなんだそうです。
 
「主人公」は、僕が以前にこのブログで「プーちんの結婚式」を書いた時に載せた写真の中で
 
若かりし頃の僕が、演奏しています
 
 
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最後に、僕のお気に入りのアルバム「夢供養」です。
 
さださんは、よくふざけて「むきょうよう」と読んで紹介していました。
 
このアルバムには「木根川橋」という中学校の時を思い出して歌うクラス会の歌が入っています
 
この曲が好きで、なんとなくクラス会の幹事を引き受けてしまう僕です。
 
また、岡村孝子さんが自身のグループ名を「あみん」とした所以の曲、
 
「パンプキンパイとシナモンティー」が入っています。
 
 
 
かなり、急ぎ足で紹介しましたが、ここが僕の音楽の原点で、足を向けて寝るわけには
 
いかない場所です。
 
かぐや姫もアリスも松山千春も吉田拓郎も大好きですが、さださんは特別な存在です
 
 
自分の名前をひらかな表記で表した歌手はさださんが初めてでしたし、彼のサインを見て
 
(何故か)自分も自分のサインを考えましたもん
 
 
 
 
 
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行ってきましたよ! 大好きなエリックさんと、これまた大好きなスティーブさんが、がっぷり組んで、

広島でコンサートをするなんて・・・

以前に、元ビートルズのジョージ・ハリスンとエリックが一緒に広島に来てくれた時は、僕は見逃してますから

今回は、是が非でも見たかったんです。

簡単に説明すると、”ギターの神様”こと、エリック・クラプトンは、イギリスのロックギタリストで、ヤードバーズと

いうグループのリード・ギタリストから、そのキャリアをスタートして、現在までトップギタリストとして、世界で

最も有名で、最も売れたギタリストだと思います。

一方、スティーブ・ウィンウッドは、スペンサー・デイビス・グループを経て、トラフィックを結成。

その絶頂期に、エリック・クラプトンからの誘いを受け、ブラインド・フェイスという、バンドをエリック・クラプトンと結

成します。


残念ながら、ブラインド・フェイスは、アルバム”ブラインド・フェイス”を発表後、全米ツアーを行い、

そのツアー終了後に解散してしまいました。


今回のツアーは、この貴重な二人の共演が見られるということで、わくわくして見にいきました



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会場はこんな感じで、バックに映像が写し出されたりして、とっても楽しいライブでした

アルバム”ブラインド・フェイス”は、なかなかいいアルバムで、その中から、最低4曲は演奏されました。

今回、どうしても聴きたかったのが、そのアルバムからの”プレゼンス・オブ・ザ・ロード”という、

エリック・クラプトン作曲の讃美歌のような佇まいの曲です。

スティーブ・ウィンウッドが、力強く歌うこの曲は、アルバム中最も好きな楽曲で・・・・・


僕は、ついに生きるべき道をみつけた
前には出来ないことだったけど
与えられるものはあまりにすくないが
どんな扉も開けられるんだ
・・・・僕はついに生きるべき道をみつけた
神の存在の中に  


歌詞も、なんとなく前向きです 

もちろん、早い段階で、演奏してくれました  感動


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ライブは、二人がそれぞれボーカルを取りながら進んでいきます 

しかし、観客はずっと座ったまま、声援を送るでもなく、反応は今、ひとつ・・・・

で、思わず、スティーブ・ウィンウッドが歌い終わった後、「スティーブ」と、僕は叫んでいました

さらに、”クロスロード”を二人で歌い終わって、しんとした時に、またまた「エリック ウィンウッド」と、

大きな声をあげていました。 ウィンウッドと呼んだのは、ドラマーもスティーブという名前だったからです

なんと、その後、スティーブはレイ・チャールズで有名な”ジョージア・オン・マイ・マインド”を歌ってくれました

これは、上手かった   震えがきました

その後でしたか、エリックが、アコースティックギターに持ち替え”ドリフティン”を演奏するのですが、

今まで聴いてきた中でも最高の演奏だ と、思える素晴らしい演奏でした

また、スティーブ・ウィンウッドも、他の何曲かで、ハモンド・オルガンの演奏、めっちゃよかったです


アンコールで、”コカイン”を演奏する時に、初めて観客はみんな立ちました

アンコールは1回きりで、残念なことに、”いとしのレイラ”は、演奏されませんでした

観客がおとなしく、ノリも悪かったからかな・・・・と、ちょっぴり思いながら会場を後にしました。



最後に、バンドメンバーですが、もうおなじみ、大御所のスティーブ・ガット(ドラム) は、独特のタイム感で、バンド

を引っ張って行ってくれてました。  もうかなりお年でしょうに・・・すごいです


かっこいいな〜と思ったのは、ウィリー・ウィークス(ベース)  ストイックにベースを弾き続ける姿は黒豹のよう

でもあり、素敵でした  また、うまいんだな〜


クリス・スティントン(キーボード)は、主にピアノでした。  今回は、不協和音を使った音作りがテーマだったの

か、ちょっと、えっ?って感じのソロを弾いていました  それでも、転がるように弾き続ける演奏は健在でし

た。


バッキング・ボーカルの二人の黒人女性、ミッシェル・ジョンと、シャロン・ホワイトは、声はもう鳥肌が立つ程、

上手いです

しかも、ステージ・アクションやタンバリンなどの演奏とかも、もう・・・もう!  めっちゃかっこいいです


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ホールの外では、エリックが使用したものとおんなじギターを、販売してました。

すごい人だかりでした

いろんな意味で楽しめたコンサートでした

ただ、土曜日の17時開演は、僕にはきつかったです

でも、みんなはライブの後で、ご飯食べに行けて、良かったでしょうねー

 
突然、暗い話しになりますが、僕には二人、母親がいました。
 
一人は、僕を生んで、僕が1歳になる少し前に病気で亡くなりました。
 
もう一人の母は、僕を育ててくれました。
 
 
その母と僕は、物心ついた頃から仲が悪く、いつも喧嘩したり、言い争ったり、挙句の果ては、僕が何度も家出したり・・・  一番最初は、3歳の頃でした
 
母が生みの親ではない ということは、僕には知らされていませんでした・・・が、幼いころから
何か自分だけ違う と、思い続けていました。
 
母は、変な所で節約というか、倹約する人で、テレビの灯りで裁縫(というか、繕いもの)をするような人でした。  テレビがついてなくても、極力、部屋の灯りはつけないで過ごしていたように
思います   でも、その結果、視力が0.03に落ちてしまったのです。
 
 
その暗い部屋で、母といる時にラジオからよく流れてきたのが、この「愛の回想録」に入っている
「17才の頃」です。
 
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さらに、「冬の部屋」 「愛の回想録」 なども聴いたように思います。
 
毎日が、重く、暗くて、苦しかった僕にはこのジャニスの声は、すごくやさしく響いてきました。
 
今の僕からは誰も想像出来ないと思いますが、この頃は、毎日トイレで泣いていました。
 
どうして、お母さんは僕にだけつらくあたるのだろう・・・・・
 
弟や妹には、あんなに明るい母なのに、僕にだけまるで別人のようになる
 
すごく  悲しかった毎日を、ジャニスの歌が救ってくれました。
 
 
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この「愛の回想録」は1975年に発表され、見事グラミー賞を獲得した、ジャニス最大のヒットアルバムです。
 
歌詞は、一人の冴えない女性の私小説風で、多少自虐的な感じもします。
 
だから、「17才の頃」も曲調は明るくて、ジャズやボサノバを取り入れたものなのに、どこか物悲しい・・・・・でも、だからこそ、僕のその時の内実にピッタリきていたのかも知れません
 
 
 
・・・・・あの頃を思い出すと、今でも涙が出てきます。  本当に毎日、生きていくのが辛かった
 
でも、音楽ってすごいです
 
聴いているだけで、なんとなく元気にしてもらえましたから
 
 
ジャニス・イアンには、他にも1976年発表の「愛の余韻(Aftertones)」から、「恋は盲目」
1977年発表の「奇跡の街」からは、「Will You Dance?」が、日本でもおなじみです。
 
また、ロバータ・フラックがカバーして有名になった「我が心のジェシー」も、ヒットしました。
 
僕も、この歌は大好きです
 
 
 
高校生になり、父の勤務する会社でアルバイトしてた時、母が育ての親だと知りました。
 
その時のショックは、言葉では言い表せない程でした。
 
家に帰り、母にそのことを聞くと、「お父さんに聞きなさい」と、否定も肯定もしませんでした。
 
会社から帰った父に、全てを聞いて、その後、丸一日、部屋から出ず、何も食べず、考えに考えて、母に「ありがとう」と言ったのを覚えています。
 
その後は、それまでのようなことはなく、と、言っても弟や妹に対するようでもない、何とも言えないけど、まあ・・・いい関係の「親子」になれた気がします。
 
 
そんな母も、今から17年前、60歳の若さで病気で亡くなりました。
 
これから・・・・と、思うと寂しかったです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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今回は、ジャケットの猫もとってもかわいい、キャロル・キングの歴史的名盤「TAPESTRY」です
 
このアルバムは、その後のシンガー・ソングライターの人たちにものすごい影響を与えた素晴らしいアルバムだと思います
 
もともと彼女は、サイモン&ガーファンクルのポール・サイモンに大学在学中に作曲を学び、デビューしますが、鳴かず飛ばずで、いったん頓挫します。
 
しかし、その後、ご主人のジェリー・ゴフィンとの共作を、1960年から、3年間で全米TOP10に20曲も発表し、アメリカのPOPS界の大物作曲家になりました。
 
その当時の代表的な曲が「ロコモーション」です。
 
そして時代は、ビートルズの登場とともに、誰かの曲を歌うよりも、自作自演のアーティストを求めるようになります。
 
キャロルも、仕事と私生活の悪化からジェリーと別れ、新しい結婚生活を始め、アルバムを出すようになりました。
 
そうした流れの中、「TAPESTRY」は誕生します
 
 
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このアルバムには、多くの名曲が存在します
 
            1.  I Feel The Earth Move (空が落ちてくる)
            2.  So Far Away (去りゆく恋人)
            3.  It’s Too Late (イッツ・トゥー・レイト)
            9.  Will You Love Me Tomorrow? (ウイル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー)
 
それに、      12.  (You Make Me Feel Like)A Naturaru Woman (ナチュラル・ウーマン)
 
と、すごい曲ばかりです
 
 
しかも、ジェイムス・テイラー(AG)、ダニー・コーチマー(EG)をはじめとする、凄腕ミュージシャンをバックに従えながらも、彼らに圧倒されない、キャロル自身の個性が光る卓越した歌と演奏を披露しています
 
 
 
なかでも、僕が大好きなのは、何と言っても「You’ve Got A Friend (君の友だち) 」 です
 
 
上の写真・・・・・・ちょっとピンボケしてますが、この曲を演奏していると思われるキャロルと、ジェイムス・テイラーです。
 
 
 
実は、先週、僕は原因不明の腰痛と胃痛を併発し、大変苦しみました
 
結局、胃痛からくる腰痛と判り、胃も治って、ことなきを得ましたが、そんな時に、心配して温かい言葉をくれる友達の存在は、本当にうれしく ありがたかったです
 
 
                   そんな時に思い出したのが、この歌です
 
 
 
                            「君の友だち」
          
    あなたが元気なく悩むとき、すべてうまくいかない時は、そっと目を閉じて私のことを考えて
 
      私はすぐに飛んでいく。 とても暗い夜も、私が明るくしてあげる。
 
      あなたが私の名前を呼ぶだけで、冬でも春でも、夏でも秋でも構わない
 
      私はすぐに飛んでいく。  あなたにはいる!  友達が。
 
 
と、ざっと言うと、こういう歌詞です
 
 
時代がどんなに移り変わっても、友情は不変であると、キャロルは「私」と「あなた」の関係の中で、優しく歌いかけてきます
 
 
 
最近、ジェイムス・テイラーと1971年以来となる、ロサンジェルスはトルバ・ドールでのライヴが発売され、
この曲も歌われています。
 
 
二人の息の合った、仲のよい、本当にいい雰囲気の演奏シーンは、いつ見ても変わらぬ感動を与えてくれます
 
 
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最後になりましたが、「僕の友だち」は、ジェイムス・テイラーもアルバム「マッド・スライド・スリム」の中でカバーし、1971年 6月にシングル発売して、やがて、全米NO.1になりました
 
 
彼の、優しい声のバージョンも大好きなので、出来たら合わせて聴いてみてください
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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