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本日最終回のウルトラマンネクサス、打ち切りという憂き目に遭いながらも全力で走りきった作品。
前半回はちゃんと見てたんですよ。
でも中盤になるにつれて朝起きなくなってずるずると見なくなってしまって、
気づいたらちょこちょこ見る程度。だからお話の大筋は知りません。
朝起きなくなりつつあったころに弧門君の彼女が物凄いグロ絵を描いてたような
土曜の爽やかな朝には到底ふさわしくないような欝展開についていけなくなったのもあります。
だってあの絵、夢に見ちゃったんだもん…。怖くて本編見れませんって。
なので、気づいたら姫矢がいなくなってて溝呂木も改心(?)しててレン君が一生懸命でした。

でも今日の最終回を布団の中で寝ぼけながらも見てて思いました。
ネクサスって色んな段階を踏んで紆余曲折あって、そこから最高のラストを迎えたんだなぁ、と。
話の流れを知らないやつが何を言うかと思われるかもしれませんが
演じる役者さんたちも、彼らを演出するスタッフも、
全力でこのネクサスという作品に向かっているんだという気迫めいたものを画面から感じたんですよ。
だからお話自体はわかりません、でもネクサスはいい作品だったと感じるのです。
作り手に愛された作品って見る者に必ず何かを訴えかけるものですね。


さて、本編の内容については知識がないので深くは語れませんので
自分のウルトラマンというものの認識について一つ。

私が小さいころ、所謂小さなお友達だったころというのは、
地元ではウルトラマンが放送されてませんでした。
なのでウルトラマンを初めて見たのは実は上京してからです。
そのため、ウルトラマンという存在がどういうものであるかというのが
はっきりとは私の中にはありません。刷り込みがない分、解らないものが多いです。

基本的に特撮というものを戦隊か仮面ライダーとして捉えているので
「変身」というのは多少の差はあれど「強化スーツを装着する」ことだと認識しているのです。
でもウルトラマンは違いますね。
「変身」が「強化スーツを装着する」こととは一致しないのです。
よく、「光に乗り移られる」という描写があるのですが、それがウルトラマンにおける「変身」なわけで。

この辺がよく解らないのですよ。
ウルトラマンの「変身」は「他者に身体を乗っ取られる」状態なのか、
その場合、意識はどちらが優先されているのか、人を助けたいという人間側の意志を
光が利用しているのか、
意識が変身している人間優先ならば光はいったい何やってるのか、
とか、もーいろんなことがぐるぐるするんです。
だからウルトラマンの存在というのが感覚的によく解らないんです。
一つの存在の中に二つの意識がある状態というのが感覚的に認識が出来ていないんですよねー…。

お話を見ていてもこの辺りがすっきりしないせいでうまくウルトラマンにはのめりこめなくて
我ながら勿体無い事をしていると思います。
スパッと割り切れたらほんと面白いくらいはまれると思うんですけどまだその境地には至っていなくて。
次のウルトラマンマックスではまれるといいなと思っています。

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