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1月4日といえば555で草加雅人の散華した日です。
4日という日柄、毎年新年一発目の記事が散華になることが多かったのですが
今回は日曜SHTが一発目の記事と相成りました。
1月4日のあれこれについては昨年やら一昨年やらの記事を見ていただければ
ある程度わかっていただけるかと^^;
毎年この日は感慨深いものです。
それにしても555からすでに5年、1月4日が日曜になるのも5年ぶりなんですね。
雅人が散華して5年後、今年は音也が命の炎を散らしました。
でも不思議なものですね、雅人はまさに散華という言葉が似合う散り様だったと思うのですが
音也には散華という言葉は似合わないように思います。
音也の生き方はまさに華やかという言葉が似合う生き方でしたが、その今際は
華散るというよりは一つの調が静かな余韻を持って終わったような、そんな気がします。
雅人の死が555という物語の中でパッと火花が散るように
一瞬皆の目を強烈に捉えてそのあと消えていくようでした。
音也の死はキバの物語の中で渡や真夜のなかに静かな余韻を残したまま
音が消えずに残っていくような、そんな感じがします。
私は雅人のような存在をキバの中で探すとしたら誰か?と聞かれたら大牙と答えます。
雅人は1月4日に火花散るように消えていきましたが
大牙はどうでしょうか。彼もまた自分の願いに純粋で、
しかも他の人にも(深央や渡にも)優しくあろうとした結果が今の彼の苦しみの根源だと思います。
雅人の命は散るべくして散ったものですが大牙の命は生きてこそのものだと思います。
大牙のパーソナルカラーは青ですが、その色が散華の色でないことを願っています。
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