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私は機能不全の家庭に、仮死状態の未熟児として育ちました。
(今から思うと、両親も機能不全の家庭に生まれています)
父からは憎まれ、母は私が物心付いた頃には疲れていました。
幼心に「私が頑張らなければ。。」、そう思ったのだと思います。
私は「私」を演じました。本当の自分はカラッポなのに。。
10歳頃のことだったと思います。
突然、母から「あなたがオトナになりなさい」と言われました。
その言葉の裏には、「夫は頼りにならないから。。」という、隠された声がありました。
今度はカラッポの自分が、「オトナ」を演じることになりました。
そんなことを続けていては、まともな成長はできませんでした。
ずっと、訳の分からない生き辛さを抱えながら、試練は次々と襲ってきます。
身体的にも、20代で乳ガンを罹患し、30代後半からうつ症状が出始めました。
うつ症状からうつ病へと移行するのに、時間はかかりませんでした。
どんどんと能力が奪われていくことを、呆然と眺めていました。
「自分が壊れてしまう。。」、その危機感と恐怖に脅えました。
震えながら、病院に予約の電話を入れたことは忘れられません。
そして今、人生の半ばにして、もう一度生き直しをしています。自己の再構築です。
当初、医療関係者は私の家庭環境から、根本的な治療は諦めておられたのだと思います。
そのため、「現在の自分にとっての生き易さ」を目標にされていました。
しかし、私は無意識のうちに、自分に厳しい道を選んでいました。
今、私は様々なことを学んでいます。それは、自分の「気付き」によるものです。
医療関係者からは、ピンポイントでアドバイスがあるぐらいです。
自分の良いところは残しつつ、様々なことを吸収し、自分の理想へと近付けます。
まだまだ道のりは遠いことでしょう。でも諦めません。
パンドラの箱の最後には、「希望」が出てきたのですから。。
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