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書庫うつ病発症から入院まで

想いから憎しみへ

退院して1週間ぐらいは、母を求めて子供がえりしていたでしょうか。
やがて思慕の気持ちも落ち着いて、もうひとりの私は成長を始めました。
苦しい中で、絵を描いて自分を見つめ自問します。
「なぜ? どうして?。。」、問いかけは続きます。
そんな中、絵に集中していくに従って、私は無になっていきます。
自他のない世界に、ゆっくりと身をゆだねました。

そうしたことを繰り返すうち、もうひとりの私は成長し、一度はすっかり快復したかに思えました。
しかし問題は、私の幼少時から言葉のDVを続けた、父だけではありませんでした。
「カミングアウト」に書いたように母からオトナになることを強制されたことで、私は隠れた憎しみの感情を抱いていたのです。そのことに気づいた時は、愕然としました。
あんなに必要として慕っていた母を、実はもっとも恨んでいたのかもしれないのです。
私は約1ヶ月間、起きることもできずに寝込んでしまいました。

その後の母との会話によると、母も「頼りない夫」に対して我慢の限界が来ていたようです。
誰にあたることもできずイライラを募らせ、ある時子供の私に不用意な言葉を投げつけてしまった。
しかし、それさえも母は気付くことはありませんでした。
母は小さい時に自分の母親を亡くし、歳の離れた妹を育て上げた人です。
戦前・戦中・戦後と我が家の家計を支えてきた人です。
父親(私の祖父)と組んで、戦後の動乱期に闇市などで商売をしてきた人です。
教科書に載っているような出来事を、実際に体験してきた人です。

そんな気性の強い母に、私の想いは届かないばかりか、憎しみの気持ちさえ育っていたのです。
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