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Nくんのお母さんから電話がありました。 「年賀状 出せなくてごめんね」 時々そうしたことがあるので、別に気にもとめなかったのですが。 「Nのこと 言ってたかな?」 この言葉に嫌な予感がしました。 彼女が話してくれたことは、Nくんの死でした。 亡くなって1年経つこと。 突然の心臓発作だったこと。 自宅ですでに心停止の状態だったこと。 救急車や病院での蘇生処置も効果がなかったこと。 淡々と語る彼女の乾いた言葉が、母としての深い哀しみを伝えていました。 Nくんは仕事で疲れていたと言います。 しかし20代前半の青年です。 誰が亡くなることなど予測していたでしょう。 救急隊員やドクターの精一杯の処置にもかかわらず、Nくんの心臓は二度と動くことはなかったのです。 「今でもね。 諦めきれないのよ」 「Nがね。 どこか遠い外国にいるみたいで。 まだどこかに生きてるって。。。」 当然だと思います。 急に我が子を失った悲しみを、どこにも出せないでいたのでしょうね。 ただ聞くことしかできませんでした。 聞くことしか。。。 落ち着いたら、手紙を書いてみようと思います。
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障害児





命ってなんでしょうね? もうすぐ1月17日がやってきます。 京阪神地方にとっては特別な日です。 命について深く考えてみたいと思います。
2007/1/12(金) 午後 3:54
いくつまで生きたからもういいと言うことはありませんが、どんなに時代が進んでもこれだけは年功序列でお願いしたいものです。誰が亡くなってもとっても悲しくて淋しくて辛いですが、あまりに早すぎるのはもっと深い悲しみで諦めようがありません。。。何にもできませんが。。。N君のご冥福をお祈りします。
[ あずっち ]
2007/1/12(金) 午後 7:50
あまりに若いですね。お母さんはまだ信じられないんですね。今はお母さんの気持ちが安らげるといいなと思います。私はこの2日に母を亡くしました。心残りはいっぱい。でも、昨年から何日かそばにいられたことで少しだけ気持ちが軽くいられるのかもしれません・・・。
2007/1/12(金) 午後 9:31
突然の死に、お母様も信じられない思いなんでしょうね。。お気の毒に・・慰めの言葉もありません。。
2007/1/12(金) 午後 10:46
あずっち>友人になりかわってお礼申し上げます。 親にとって子どもの死というのは、本当に悲しいことですね。 実際に自分の身になれば、受け入れられないことと思います。 もう少し時間が必要なのかもしれません。
2007/1/13(土) 午後 4:57
こみちさん>こみちさんもお見送りされたのですね。 一緒に過ごされたことで、お母さまもうれしかったのではないでしょうか? 避けられない現実ですが、よりよく生きることもまた可能なのだと思います。
2007/1/13(土) 午後 4:58
おねーさん>本当に、、、言葉がないんですよ。 聞くことしかできなかったけれど、それで良かったのだとも思います。 これからもそっと見守ることができれば。。。
2007/1/13(土) 午後 4:58
脊損者も・・いつ死ぬかわからないので、毎日を一生けんめい生きてます・・よ〜・・
2007/1/13(土) 午後 7:18
人の命って儚いですね。。。全ての命が生まれたときから予定されてたものだとしても、誰にも分からない。。。明日は我が身かも知れないです。生かされている以上、この瞬間を大切にしてゆきたい、大切にして欲しいです☆
2007/1/14(日) 午前 0:52
カズさん>まぁ、、いつ死ぬかわからないのは誰でも同じこと。 脊損者も癌罹患者でもね。 だから精一杯生きましょ^^
2007/1/14(日) 午後 4:20
やまさん>予定とかプログラムとかよく聞きますけど、近しい人にとっては理論じゃないんですよね。 そんな人たちとともにありたいと思います。
2007/1/14(日) 午後 4:20
命ってなんでしょうね? 私ももっと考えて見ます・・。
2007/1/15(月) 午前 6:13
hsgさん>いつも深く考えておられるじゃないですか?^^ 人も心。 医療も心の時代。・・・でしょうか?
2007/1/16(火) 午前 3:23
突然の死ほど・・・受け止めるには時間がかかるものですよね・・・
2007/1/16(火) 午後 11:37
タリしゃんさん>時が癒してくれることを祈っています。
2007/1/17(水) 午後 3:30