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先日、病院のスタッフさんからメールをいただいたのですが、
その中に私のことを表現するのにこんな文章が書かれていました。
「ご友人の方々から託されたバトンを手に(略)」。
そう、私も以前はバトンの存在を強く意識していて、
このスタッフさんにも話したことがあります。
誰からも頼まれてないのに勝手に。。
でも、いつしかそれも忘れてしまいました。
自分が何度も「もうダメかも」と思う目に遭い、
お会いしたことはなくともあまりにもたくさんの別れがあり。。
このブログでも病気を通じて知り合った方々とは、
もう半数近くが"音信不通"でしょうか。。
何ヶ月も何年も更新されないブログ。
「もしかすると、もう」、「いや、でも、ひょっとしたら」。
私の気持ちもあっちへ行ったりこっちへ行ったり。。
それでも、そこに行けば確かにその人がいて。。
また私自身、年齢や経験を積み重ねるうちに
だんだんと生死の境が曖昧になり、
いつしか私なりの世界観ができました。
以前のような会話はできないけれど、
その姿を目にすることはできないけれど、
見守りはいつも温かく元気をもらえます。
託されたバトンというよりは、
今も一緒に歩いている気がします。
だから、私は生きます。
命ある限り。 |
生きること・考えること




託されたバトンをもって.精いっぱい生きましょう。御互いに。
2015/6/26(金) 午後 6:13
今晩は。
私のように70代を超えると同窓会などの通信で必ず亡くなられたかとの名前が書かれています。小学校や中学校、高校と同じ世代を生きた人と達の知らせは切なくなります。と同時に懐かしい顔が浮かんで来ます。私もいつかはそのコーナーに書かれるでしょう。それまで精いっぱい生きなくてはと思いました。
[ マダムムーン ]
2015/6/26(金) 午後 7:03
そうだ!そうだ!大賛成w(*´∀`*)w☆
ヾ(。╹◡╹。)^♡ノ゙σ”凸ポッチ~ン
2015/6/26(金) 午後 7:13
わかる。ほんとうにね、がんという病のしんどい所ですね。
でも、こうしてやぐさんに出会えたのも、がんつながりだしなぁ^^
生かされている、そう思います。
[ supersoya ]
2015/6/26(金) 午後 7:15
託されたバトン、、命は誰からか託されて、又次に託していくもの、、、自分に託されている間は精一杯生きる
ことが託された使命。生死の境も曖昧になり、生きていることも死ぬことも繋がっているんだ、と思えるようになりますね。少し長い時間ツイッターが空いていたので心配しておりました。☆は波がありますが、今日は途中ちょっとバテテ、、午後から素敵なマッサージの往診(若い女性の方ですが、ゴッド ハンド,いや、ゴッディス ハンドが正解ですか、、とにかくお上手、)で生き返りました。しんどい中、人の為に自分を活かして頑張っておられるやぐさんは素敵なバトンを何本かお持ちですね。☆も同行させて頂いている気分でいます。嬉しいです。☆ ナイス
2015/6/26(金) 午後 7:16
命のバトン・・・
アタシは野生生物を見ていて、よくそれを思います。
アタシ達、人間のバトンって多くの人が
数十年持っていて、悲しい事も嬉しい事も腹立つことも
思う存分味わってから次の人へ渡しますよね☆
矢車草さんは、まだまだやることがあるので
バトンは渡せませんね♪
ポチ☆彡
2015/6/26(金) 午後 9:52
バトン・・・素敵な考え方ですね〜

矢車草さんの決意、しかと伝わりました。
ですから生き続けてください、命ある限り
見守っています。
2015/6/27(土) 午後 4:06