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今年も残すところあと僅か。何となく気忙しいですね^^;
先々週から始まった抗がん剤のハラヴェン。
投与サイクルは週1の投与を2週連続、3週目は休薬、、、
のはずだった。
アレルギー反応などは出なかったものの、
初回投与は「full dose」で好中球数が「2332」から「505」に激減。
2週目の投与は中止になった。
翌週は当初から血液検査だけで休薬の週だったけど、
好中球数はさらに減って「400」に。
えぇ〜〜〜っ! めっちゃヤバいやん!! (〇Д◎ノ)ノ
でも、Y先生も私の数値の低さに慣れちゃったのかな?
ノイトロジン(G-CSF)を注射することもなくこのまま様子見。
来週もこれだけ下がったら低いままだろう、と次の診察は年明け第2週。
抗がん剤も減量しての投薬になった。
ま、ヘタレな私にとってはこれぐらいのゆっくりペースがいいかな。。^^;
ただ、投与から10日ほどして手の痺れやピリピリした痛み、
筋肉痛になる前のような怠さが出てきた。
末梢神経障害の出やすいアブラキサンでも大丈夫だったんだから。
と高をくくっていたが、日常生活に影響するほどではないにしても違和感が続く。
お決まりの脱毛も投与から2週間後に始まった。
抗がん剤治療にもめげず、せっかく生えてきたのになぁ。。
短くて細いネズミのような毛が散らばって鬱陶しい。
それでも、骨髄抑制の出る人は薬がよく「効く」ようです、、、
とY先生も薬剤師Dさんも言っていた。
まぁ、医療者が言う「効く」と一般人に思う「効く」とは違うけど、
自力で息ができて食べられて歩けるのは幸せなこと。
それに、もうすぐまた新薬が出てくるらしい。
チャンスをもらえるのはうれしいけど、これも乳がんというメジャーな病気だからこそ。
病気にまで格差がある、とちょっと複雑な気持ちになった。
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2012年12月20日
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そろそろ病院も年末休みに入る。
暖かいうちに薬をもらいに行くよう、母に責っ付かされて家を出たじーさん。
その日はずいぶん早く帰ってきた、、、らしい。
「らしい」というのは、その日は私も通院で後で母から聞かされて驚いた。
ホームセンターで買い物だけして、病院には行かずに帰って来たんだと。
認知症で行き先が分からなくなることは知っている。
でも、自分の欲しいものだけ覚えててちゃんと支払いも済ましてくるなんてね。
恐るべし認知症!! (*`ロ´ノ)ノ
こういうボケ方もあるのか。。
仕方がないのでもう一度母が付き添って出掛けて行った。
先月は母だけが相談に行って薬ももらってきたので、じーさんは2ヶ月ぶり。
E先生が一言。
「2ヶ月見ん間にえらい弱らはりましたなぁ。認知症も進んだみたいやし」。
「これでは家族の方が堪りませんやろ?」、
とデイケアなど介護について資料をもらってきた。
なんせ聞く耳を持たない人。
少しは運動したら?とか首が下がってるよ、と注意しても
「わしはこれでええのや!」とえらい剣幕。
じーさんなりの掃除とか、少しは「仕事」があるが
一日のほとんどを何もせずに座ってるだけ。
月に1〜2回の通院以外は歩こうともしないし、陽に当たることもない。
そのせいで首元からほぼ直角に折れたストレートネックに突き出したお腹と膝。
今や人の姿よりも猿に近い。
やがて行く道。
私だって年老いたら同じようになっていく。
それでも普通の人なら、できるだけ周りに迷惑を掛けないように、と思うはず。。
そういう努力をしないのがうちのじーさん。
都合が悪くなると怒鳴り散らしたり人の責任にしたりする。
認知症だから、ではない。
この年代の男性は特にそうだと思うけど、ずっとそれで押し通してきたんよね。
お陰で家族も医者も何も言わなくなった。
人生の晩年にこうなるのは気の毒だけど、これも自分で蒔いた種。
自分で刈り取る以外ないし、放っておけば茂みどころか迷いの森みたいになる。
人には、特に身近な人ほどちゃんとしておかないとなぁ、
と身に沁みて感じる今日この頃です。
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