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そもそも飢餓感に対する恐怖って
どこから来るのでしょう?
飢えという本能的な怖さもあるし、
私の場合、
前回体験したことがトラウマになってもいます。
でも、他にも心当たりが。。
ここまで書いてきて思い出しました。
末期がんの方が
「ただ1杯の水でええから飲んでみたい…
飲みたいなぁ」って言われていたのを。。
心の奥底から振り絞るように言われたのが、
とても怖かった記憶。
(過去記事:祐島貢さんの個展へ)
数日間の絶食だけでも辛いのに、
死ぬまで渇きや飢えと
付き合わなきゃいけないなんて、
どんなに辛いだろう。。
(点滴などで命を繋いでも飢餓感はありますものね)
その場にがん患者は他にもおられたはずなのに、
どうして私にだけ言われたのか?
それも、その時はまだ
食道狭窄の症状は出てなかったのに。。
まるで予言されたような出来事だっただけに
その後もずっと忘れられず、
彼の辛さが刷り込まれていたようです。
実際にはまだ少しは食べられるのに、
必要以上に苦しめられていることに気が付きました。
いわゆる予期不安ですね。
それなら軽減する方法があります。
昔、母の死後の喪失感を想像して
悲嘆に暮れたことがありましたが、
まだ起こってもいないことでこれほど苦しむなら、
その時に苦しんでも同じことだ、
と覚悟ができたらすっと楽になりました。
今回も同じ。
等身大で苦しめばいい。
悟ったふりも予期不安もいらない。
今ある分だけ嘆いて、悔しがって、
苦しいって言えばいい。
先の不安もあるけれど、
せめて今の不安とは分けて考えよう。
すると、ザワザワと波立っていたものが、
少しずつ静まってきました。
もしかしたら、これで乗り切れる?
そう思ったのも束の間、
詰まった吐瀉物で部屋を汚して
要介護2の母に後片付けをさせる羽目になり、
またまた凹んでしまったけれど。。
いつものように
ずるずると気持ちを引きずらなくなったのは、
上出来かも。。
「今は今、先のことは先のこと」。
とにかく、今を整理して解放するのは
ブログに書くのが一番のようです。
お目汚しになりますが、
また話を聞いてやってくださいませ。m(_ _)m
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2014年08月01日
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