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今週は待ちに待った呼吸器科受診。
実は調子が悪かった。
前回の受診が4週間前。
3週前には喘鳴が始まり、2週前には息苦しさや息切れが。
そして、先週から急に悪化しだした。
その日の状態や日内変動があるものの、
呼吸するたび軽いイビキのような音がする。
息がうまく吸えないので吸入薬を使うのも難しいが、
シムビコート(吸入薬)にずいぶん救われた。
毎週のように病院に行っているのだから
予約外で受診しても良かったんだけど、
放射性肺炎と診断された時のように
連日点滴に時間を拘束されるのが嫌だった。
でも、もう限界。
そしてちょうど受診日。
上記の通り報告していつものように聴診してもらうと、
親父先生が唸りだした。
パソコンの置かれたテーブルに
両手の握りこぶしをダン!と打ち付けて、
やや上気した顔で「何のこれしき」と言われた。
悪化した患者なんて珍しくもないだろうに。。
それに所詮は他人事。痛くも痒くもないだろうに。。
あぁ、面目ない。
この人はまさに病院の親父さんなのだ。
母の次に心配を掛けたくない人。
そして、予想通りの展開。
CT検査→血液検査→点滴→胸部レントゲン検査→診察室
※ 点滴:リンデロン注2mg(0.4%) 4アンプル
後で親父先生から説明を受けたが、
風邪引き程度の炎症反応が出ていること。 (CRP:1.47)
食道が気道を圧迫して狭窄が起きていること。
そのせいで喘鳴が出ていること。
読影医は「気管支狭窄の原因ははっきりしません」
と書かれていたが、親父先生が読み解いた。
やっぱりこの人はすごい! (`・ω´・ )b
でもね、診療情報提供書ももらったけれど、
診断は「左主気管支狭窄」の他にもう一つあるのよね。
「多発肝転移の可能性」と書かれている。
それについては親父先生、華麗にスルー! ^^;
私もそんな"可能性"より今の息苦しさを何とかしたい。
で、お互いそれには何も触れず。
どうせ来週、
胃カメラ検査の後に消化器科と外科の受診がある。
その時に話が出るだろう。
「もっと大変なことが起こってるかと思ったけど、
まずは良かった!」で二人とも喜んで終了!
もとより各所転移は覚悟の上。
でも、できれば脳転移は避けたいと思っていたところへ
今日の展開。
肺もやっぱり避けたいわなぁ。。 (o´・ω・)ウン
(再発告知時に見付かった肺転移は
今のところ抗がん剤で影を潜めてはいるが。。)
若い頃は、いや、ほんの数年前まで
自分の身体は自分のものと思っていたけど、
どうやらそれはすごい思い上がりなのかもしれない。
反省。。 ヾ(_ _*)・・・
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2015年06月26日
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コメント(6)
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先日、病院のスタッフさんからメールをいただいたのですが、
その中に私のことを表現するのにこんな文章が書かれていました。
「ご友人の方々から託されたバトンを手に(略)」。
そう、私も以前はバトンの存在を強く意識していて、
このスタッフさんにも話したことがあります。
誰からも頼まれてないのに勝手に。。
でも、いつしかそれも忘れてしまいました。
自分が何度も「もうダメかも」と思う目に遭い、
お会いしたことはなくともあまりにもたくさんの別れがあり。。
このブログでも病気を通じて知り合った方々とは、
もう半数近くが"音信不通"でしょうか。。
何ヶ月も何年も更新されないブログ。
「もしかすると、もう」、「いや、でも、ひょっとしたら」。
私の気持ちもあっちへ行ったりこっちへ行ったり。。
それでも、そこに行けば確かにその人がいて。。
また私自身、年齢や経験を積み重ねるうちに
だんだんと生死の境が曖昧になり、
いつしか私なりの世界観ができました。
以前のような会話はできないけれど、
その姿を目にすることはできないけれど、
見守りはいつも温かく元気をもらえます。
託されたバトンというよりは、
今も一緒に歩いている気がします。
だから、私は生きます。
命ある限り。 |
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