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「がんのイメージ・コントロール法」という本を読み終えました。 一番心に残ったのは、「他人に優しく、自分にも優しく。。」ということでしょうか。。 「自分に厳しく、他人に優しく。。」を、刷り込まれている私たちにとっては難しいことです。 本当の意味で実践することは、かなりの勇気を伴います。 (この言葉を見て、単なる「ジコチュー」だと思う人はおられないと思いますが。。^^; ) 自分に優しくすることは、自然に身を委ねること、喜びをもたらすこと、幸せになること。。 それぞれの人にとって、たくさんの意味があることと思います。 まずは「幸せになりましょう」と呼びかけています。「幸せになる権利がある」とも書かれています。 人は幸せでなければならないのです。「病気は恵みである」と、定義しているところもあります。 「何をおかしなことを言っているのか!」と、思われる方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、私はガンを告知された時、嫁として非常に辛い立場にありました。 告知を聞いた時、心の中でガッツポーズをしたほどです。それほど追い込まれていたのです。 例え数年先に死が待っていたとしても、今ほどの状況にはならないだろうと思いました。 だから生き延びたのかもしれません。リンパ浮腫などの副作用も出ませんでしたから。。 同じく、うつ病の時もそうでした。バブルがはじけ給与体勢が変わり、人間関係がギスギスし始めました。 一番に被害を感じたのは私でした。どうにも馴染めなかったのです。心と身体が悲鳴をあげていました。 だんだんと身体に異常を感じ始め、頑張ろうと思っても頑張れないところまできてしまいました。 さすがにこうなると危険を感じ、専門医を訪ねました。限界を感じ医師に訴えました。すぐに休職となりました。 やっぱり心の中でガッツポーズでした。心身ともにボロボロでしたから、休息がとれることに安堵しました。 経済面の心配よりも、やはり生きることの方が大切ですから。。 なかには、職場での自分のポジションに穴をあけられないため、無理をして頑張っておられる方も知っています。 しかし、私はガンを体験したため、無理をすると命をとられることを身を持って知っていました。 もちろん、学校を休むのとは訳が違いますから、いろいろと葛藤はありましたが、我が身には変えられません。 同じ理由で、休職から退職へと進みました。しかし後悔はしていません。自分で納得して決めたことです。 病気により、叡智という恩恵を受けました。膨大な時間を自分の過去や現在を見つめることができました。 いかに生きれば良いのか、人とどのように接すれば良いのか、私は1冊の本によって確信を得ました。 |
一日一言
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大切な言の葉を。。
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陰と陽にも書きましたが、バランスをとることが大切なように思います。 現代社会の中、本当の意味でバランスをとっていくことは、どれだけ難しいでしょうか? あふれる情報、便利になり過ぎた生活、優劣を競う社会。。 どれもが不自然であり、ストレスになりそうです。 ガンとうつ病という、現代病を発症した者としては、何かを訴えなければならないという気持ちもあります。 人間は「これが良い!」と感じると、それに傾倒していくことが多いように思います。 時にバランスを欠いてまで、極端に走ってしまうこともあるようです。 自分自身、それに気が付かないこともあるかと思います。 また、他人から指摘されても、聞く耳をもっているかどうかは疑問です。 心身と対話し、それに応えるべく正直な生活を送ると、自分がいかにバランスが悪かったかが見えてきます。 私が我が家の不思議体験記〜祖父編(1)を書いたのも、バランス感覚を確認したかったのかもしれません。 本当にこれで良いのか、間違っていないのか。。 身近な人と照らし合わせてみたかったのでしょう。 どちらにも偏らないことは、両方の良い面が見られます。 必ずと言っていいほど、両方の考え方に真実はあります。 まずは、心を白紙にして考えてみる必要があると思います。 その上で、判断を下すのはあなたの権利です。 自分の思考だけでなく、他人を判断する時にも、やはり両者の意見を聞くことは大切です。 それを実行することは、「八方美人」と受け取られる可能性もあります。 また、同時に意見を聞くことが難しい場合も多いと思います。 しかしながら、両者の意見を聞いてみて、初めて真実がわかった経験も何度かしています。 そしてそれは、苦い経験でもありました。今になってみると、私に必要な経験だったと思います。 |
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先日、お花見帰りのお寺で、次のような言葉を見つけました。 いろいろなものを 得るより
逆に捨てさると いう形に 強く ひかれるのである 「捨てさる」という言葉に衝撃を受けました。 日頃、「何かを学ぼう・得よう」と、努力していたつもりでした。 しかし、この言葉によって目が覚めたように思います。 「余計なものを身に付けているのでは。。」と自問しました。 もともと、物欲などは少ない方ですが、何かにとらわれている時があります。 無駄なものや気持ちを捨てれば、「自由を得られ解放されるのでは。。」と思いました。 よりシンプルに、自然体に近づければ。。 そして自分らしさも出せれば。。 桜の花を見た後だったので、重ね合わせてみました。 桜は、時期がくれば開花し、やがて散っていきます。 じっと固いつぼみのまま、長い日々を過ごしたのに。。 花の盛りを過ぎれば、惜しげもなく散っていくのです。 昔から日本人は、その姿にいろいろな思いを重ねたのでしょう。 |
「平安の祈り」 神様 私にお与え下さい 変えられないものを受け入れる落ち着きを、 変えられるものを変える勇気を、 そして、その2つを見分ける賢さを私が昨日教えていただいた祈りの言葉です。 AC(アダルトチルドレン)のミーティングや、自助グループなどの最後に唱えられることが多いお祈りだそうです。 ここでいう神様は、キリスト教の主イエスに限定したわけではなく、私たちの心の中にいるそれぞれの神様だと思えばいいそうです。 受け入れる心は「落ち着き」、変える決断は「勇気」、そして見分ける力は「賢さ」。。 どれも大切な要素で、どれが欠けても自分らしく生きられないのかもしれません。 出典:「ニーバーの祈り」
神様、私にお与えください、 自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを、 変えられるものは変えていく勇気を、 そして、二つを見分ける賢さを。 今日一日を生き、 この今を楽しみ、 苦難を平和に通じる道と受け入れながら、 この罪深い世の中を、あのお方がなされたように、 自分の意思を捨て、あるがままに受け入れながら、 この世ではほどほどに幸福を得て、 天国ではあのお方と共に永遠に至上の幸福を得る という、神の意思にすべてを委ねるなら、 神様は、何事もよくしてくださると信じて。 アーメン |
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今日は嵐のような天候の中、病院へ行ってきました。 |




