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川村カオリさんの訃報が ニュースで流れましたね。 忌野清志郎さんに続いて カッコイイ生き方をする人が次々といなくなり、 とてもショックを受けています。 特に川村さんについては 遺された娘さんが小さいこともあり、 同じ覚悟をした私は 彼女の気持ちを思うとやり切れない気持ちになります。 生前は乳がん検診を呼び掛けたり ピンクリボン活動にも参加されたり。。 が、それ以上に彼女の生き様そのものから たくさんのメッセージを受け取りました。 昨日もラジオで 乳がんに罹った女性のメッセージが紹介されていましたが、 人は大変な想いをすると 何かを伝えたくなるのかもしれませんね。 それなら、、、 私はいったい何を伝えられるんだろうか・・と考えてみました。 その頃は今よりもっと口下手だったから、 ちゃんと説明しないと分かってもらえない、と思ってたんですよ。 だから、「イヤなものはイヤ!」って はっきり言えなかった。。 それで、こんなにも引きずってしまったんでしょうね。 その他のことは つっかえながらでも伝えられたから、 離婚したことに 後悔はなかったのですが。。 やっぱり、対話しないとダメですね。 上手く言えなくてもいいし 言葉でなくてもいいのだけれど、 伝えることを諦めたら 後々まで気持ちを引きずってしまいます。 ただ、悲しいことに、 対話すれば解決するものでもなく、 私たちと同じような、あるいはそれ以上にどろどろした話をいくつも聞きました。 辛く悲しい想いをして逝ってしまった友人たちは その想いを伝えられたのかどうか。。 言えないこともたくさんありますしね。 また、私自身も、 当時、がんも離婚も子どもの障害も 家の恥と思われる節もあって、 ずいぶんと肩身の狭い想いもしました。 もともと自分に自信がなかったこともあって 自尊心をすっかり失くしてしまって。。 でも、自分を大切にしないと 人のことも大事にできないのですよね。 そのためには ちゃんと気持ちを伝えないと。。 対話って 本当にすごく難しいです。 親子でも夫婦でも友だちでも もっと言えば国と国の外交でも。。 価値観も違えば 常識と思ってることも違う。 大事な人ほど対話の仕方が分からなかったり 傷付け合ったり、 大きな出来事が起こった時ほど すれ違いも大きくて。。 ましてや、父のように 言うこと自体が身の危険になることもあるし。。 それでも・・と思うのです。 対話を続けることは とても大事なことなんじゃないかな、って。。 「病気のときこそ より良い環境を」を合言葉に活動しています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html |
若年性乳がん〜1988
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乳ガンについて語っています。
1988年、20代半ばの私でした。
1988年、20代半ばの私でした。
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きっかけは あるTV番組でした。 ツリーマンと呼ばれる男性と 川村カオリさんの特集をやっていて。。 ご覧になった方もおられると思いますが、 その男性は体じゅうにイボができ 特に手足は樹皮のように変形していました。 息子に先天性奇形があり 私も病気をしたことから、 もっと病気を知らなければ・・・との思いから この種の番組はだいたい見ているのですが、 今回の特集は 私にはとても辛いものとなりました。 たしかに衝撃的な映像でしたが、 視聴者からの苦情が多数あったことの方が 私にはショックでした。 不快なものは見たくない・・・これは人間の正直な気持ちのひとつなのかな。。 そして、乳ガンと闘っている川村カオリさんの姿。 忘れようとしてきた想いが湧き上がって 眠れぬ夜を過ごしました。 ********************************************** 21年前の7月に 乳ガンの摘出手術を受けました。 当時の私は26歳 息子は2歳半。 闘病とは別に 何ともやりきれない思い出があります。 入院中のある日のこと 夫が見舞いに来てくれました。 新しいパジャマを持ってきてくれたので ベッドわきのカーテンを閉めて着替えていた時でした。 カーテンの隙間から 夫が覗いているのが見えたのです。 別に夫婦なのだから 普段ならどうってことないのですが、 その時は自分の体がどういう状態になっていたのか 全然分からない時です。 覗かれたことに たまらない嫌悪感を覚えました。 21年前と言えば パソコンでネット検索ともいかず、 まして子育て真っ最中の私は 乳ガンに関する情報を調べる暇もなく入院。 医師から説明はあったものの 自分の中では全く現実的でなく。。 が、麻酔から醒めてみると いきなり現実が襲ってきます。 ガーゼと胸帯の上からでも すっかり変形した自分を感じました。 命が助かったのだから 何も考えないでおこう。 いや、それよりも・・・怖くて見ることも考えることもしたくなかった。 自分が化け物になったみたいで。。 そんな気持ちでいた時の覗き事件。 鶴の恩返しやイザナミの神話にもあるように、 自分も知らない<正体>を夫に見られたことが たまらなく嫌だった。 実際には胸帯をしているので患部は見えないし ほんの些細なことなのだけれど、 とてもデリケートな問題だけに それからというもの夫とはすれ違ってばかり。。 不協和音はまわりにも広がって ついには離婚。 もちろん理由はこれだけではないけれど 私の人生が大きく変わった瞬間でした。 誰が悪いと言うのでもなく 運命を呪っているのでもない、 それに、命を助けてもらったのだから 生きていることに感謝しなければ・・・そうは思ってみても、 心のどこかに引っかかった感情の残骸が 時にひどく痛みます。 だから、その気持ちをすくい上げることにしました。 これまで誰にも話せなくて ずっと秘めてきたこと。。 ここに書くことで何かが変わるかもしれないし、 全然変わらないかもしれないけれど。。 心の奥に沈めてしまった想いを 誰かに聞いてほしいと思いました。 読んで下さった皆さま ありがとうございました。 「病気のときこそ より良い環境を」を合言葉に活動しています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html |
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「がんになっても 希望ある社会を作りたい」。 そんな患者や家族の想いをつなぐ チャリティイベントで、 患者や家族、友人、医療関係者らが、 交代で24時間グラウンドを歩き続ける リレー・ウォークです。 それぞれの人が それぞれの想いを胸に歩き続ける姿は、 見ている私にも 熱い想いと感動を与えてくれました。 中でも印象深かったのが、ナビゲータの名越康文さんが言われた言葉で、 「自分の病気も良くなりたいけれど、あの人もこの人も良くなってほしい。。 最初 願いだったものが、だんだんと祈りに変わっていくんですよね」 うろ覚えですが そんな意味のことを言われてました。 私も 「がん」と「うつ」のサバイバーです。 だから、その気持ちはよくわかります。 最初は自分のことで いっぱいいっぱいなんだけど、 気が付いたら 周りにも同じような人がたくさんいる。 自分もだけど、みんなで良くなりたい。 いつしかそんな想いが わきあがってきて。。 祈りって もっと特別なことのように思ってましたけど、 そんなことないんですよね。 もっと簡単で、、、でも、もっと大切なこと。。 人が人を思いやる気持ち、、、 それが祈りに繋がるんだと思います。 このブログにも、 がん、難病、身体に障害のある人、心の病気になった人‥‥、そして そのご家族など、 たくさんの人が来て下さいます。 今、この時間も 病気と闘っている人がいます。 みんな良くなってほしい。 そんな祈りを込めて。。 「病気のときこそ より良い環境を」を合言葉に活動しています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html |
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病院に行きました。 妙に我慢強いんですよ。 今度の夏が来たら 術後20年になります。 でもね、今はそれほどの想いがないんですよ。 いつも最悪の事態を考えるんです。 で、、、今回も考えるわけです。 「ガンやったらどうする?」って。 「病気のときこそ より良い環境を」を合言葉に活動しています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html |




