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書庫治療とカウンセリングで寛解へ

うつ病治療から寛解への道のり。
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もう一歩が踏み出せない。
目の前に大きな壁が立ちはだかる。
どうやったら乗り越えられるだろうか、
壁を前にして考える。

壁を乗り越えたら終わりではない。
次の壁が待っているから。
また壁を前に考える。
その繰り返し。

考えることが好きだ。
試行錯誤することが好きだ。
一生壁を追っていきたいと思う。
弱虫なんだけど。。


生きることに痛みを感じる。
辛くても悲しくても痛いし、
優しくされてもちょっと痛い。
愛すればなおのこと。

痛いことは生きることと同じ。
痛みがあること、
痛みを感じられること。
大切にしたいと思う。


============================


子どもの頃、学校で予防注射がありました。
保健室の前で名簿順に並んで、じーっと待ってましたっけ。
わぁわぁ泣いてる子、痛いぞぉ言うて脅かす子。
そんな子をドキドキしながら見送ったもんです。

ヘンな子どもでね。
必ず注射針が腕に刺さるのを見てたんですよ。
いや、別にお医者さんを疑うてるわけやないんですけど、
どんなことが起こるのか、見たかったんでしょうね。
今でもそれは変わりませんねん。
ほんまヘンでしょ?

今、すごい葛藤があって、
それ自体も痛いし、考えることも痛いんです。
見たくない自分や受け入れたくない現実、なんてのもありますから。
でも、やっぱり、どんなことが起こって、何で痛いのか、
自分の心にどんな変化が起こってるのか。
確かめずにはおれません。

ひょっとしたら、
これが私の壁の乗り越え方なんかもしれませんねぇ。。^^;
今の痛みを書くことは予想以上に痛かった。
等身大の自分を書くことは苦しかった。
でも、今の私を見せることが大事だと思った。

今まで、他人が示すカッコ良さを目指していた。
人に優しく親切で、明るくて前向き、
人知れず善行をし、常に謙虚で慈悲深く、、、
自己主張は強くないが、ちゃんと自分の意見を言える人。・・・なんてね。
昭和40年代の教育を受けて、和洋折衷の理想論。。

あくまで目標だから、悪くは無いんだけど、
自分とのギャップは大きかった。
昨日もトラウマを思い出して吐きそうになった。
なんて弱虫なんだろうと思う。
けれど、一番弱いと思うのは、
自分の弱さを他人に見せたくなかったこと。

“素”の自分を見せてもいいと思った。
良くも悪くも、私ってこんな人間です、って。。
自分に自信がないから、いつもビクビクして、
人の目を気にして、失敗を恐れて。。
他人のために生きてきた、とも言える。
だけど、そんなのつまんない。
臆病な私のちょっとした反乱。

私が求めるカッコ良さがある。
より人間らしく、カッコ悪く生きてみたい。
そんなカッコ悪さがカッコ良い。
大真面目で一所懸命に生きると、人間って可笑しい。
昔、人さまに笑われないようにしなさい、って言われたっけ。。
今、一所懸命カッコ悪く生きてる私を見て、人が笑ってくれたら、
ちょっとうれしいかな。。^^

痛み

正直、こんなに痛みが来るとは思わなかった。
今の痛みを書くことは、やっぱり痛いことなんだけど。。

これまでの3年間、「両親の問題」を主とした取り組みをして、
「仕事の問題」が棚上げになっていた。
棚上げって言うと、ちょっと意味合いが違うんだけど。。
「両親との間に問題がある」とした医師の診断は正しかったし、
「両親の問題」を解決することが、私の中でも最重要課題であって、
ふたつ同時に問題に取り組むのは難しいし。。

もっとも、「両親の問題」が全面解決したわけでもないし、
支障なく仕事に行ける体調でもないんだけど、
痛みとなって「問題」はやって来た。 でも、、、
もとはと言えば「仕事の問題」で、心身の調子を崩したのだから、
やっと順番が回ってきたとも言える。
5年ぶりに一巡ってことで、私らしいって言えば私らしいかな。。^^;

3年の間、元の職場とはほとんど接触がなかったのに、
少しも傷は癒えていなかった。
この場合、服薬と休養では治療効果は無かったことになる。
つまり、問題としっかり向き合って、自分で考えていくことが治療になる。はず。。
現在、服薬は半年前に終了しているが、カウンセリングは継続中なので、
治療方法もちょうどいい。

仕事への道は、生活の糧を得るためだけでなく、
自分自身が生きる道でもあるように思う。
せっかくのチャンスと思って、しっかり考えていきたいな。。^^

あれから3年

一昨日、退職した職場の資料を処分した。
部屋の片隅に積まれて気になっていたけど、今まで触ることができなかった。
職場を離れてから3年の月日が流れていた。



離婚後、機械メーカーの零細事務所に入社。小さくてもアットホームな職場だった。
数年後、バブルがはじけた。短縮される納期、度々の仕様変更。
さらには、業界自体の仕事量まで激減した。各社とも生き残りをかける。
今までの見積もり額では仕事がとれず、ぎりぎりの請求金額も値切られる。

職場は成果主義や勤務時間の自己申告制となり、仲間は敵へと変わった。
それぞれに家族があり生活がある。辛くても辞められない。逃げられない。
今、振り返ると、どの人も病んでいたように見える。
実際、入退院する人も多く、なかにはガンで亡くなった人もいる。
私も、3年前の夏、衰弱して入院となった。



これまで、いくつかのトレーニングや対処法を学んできたけど、
実際に何かができるのかな? 当時のあの状況で何かが言えるのかな?
「家族との時間が大切ですから帰ります」
「この勤務状況では健康を害します。状況の改善を望みます」
言ったが最後、「もう来なくていいよ!」って言われるのがオチだし。。ーー;

こんな新聞記事を目にした。
少子高齢化が進む中で、仕事と生活の調和を図る『ワーク・ライフ・バランス』という考え方が注目されている
⇒ http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_07073107.cfm

「仕事と生活の調和」ですか。。
「人類の進歩と調和」(エキスポ’70のテーマ)、ってのがありましたけど。。
いつになったら日本も働きやすくなるんですかねぇ。。
人まかせにせず、自分でやるしかないんですかねぇ。。
まぁ、ひとつずつちょっとずつ、自分の足元固めてみますかね。。^^

お休みします

                   どうにも不器用な生き方しかできなくて・・・。
                   呑み込みは遅いし、理解できないことばかり。
                   いくら考えてもわからないので、
                   体当たりでぶつかってこようと思います。
                   その間、ブログはお休みさせていただきます。
                   再びこちらに戻れるのは、
                   数週間先か何ヶ月先かはわかりませんが、
                   良い報告ができるよう頑張ってきます!
                   最後になりましたが、
                   皆さまのご健康とご多幸をお祈りいたします。

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