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書庫生きること・考えること

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ここに書くのも恥ずかしいような ちっちゃいことなんですが。。

この前、生協で注文したケーキを
「明日の晩、みんなで食べよね」ということになっていて すごく楽しみにしていました。
でも、当日はなんだかんだで流れてしまって。。

生協の注文は母の「管轄」。
だから、この日に食べる・食べないの 母の裁量(?)ってのもあるし、
気にせず一人で食べるってのもありだけど
やっぱりみんな揃って美味しく食べたいしで。。

楽しみにしてただけに すっごく悲しくてね。
(がんを再発してから いつも同じように食べられるとは限らないので)
ひどくがっかりしてたら 母がどうしたのかと尋ねてきて。。

ほんとにちっちゃい話で
ケーキもちっちゃいけど 私が感じてることもで。。
だから、私さえ我慢すれば・・・と思って 言わないでおこうと思ったのだけど。。

これまでにも何回も 楽しみにしてたことが流れたことがあったし、
これからは どんなにちっちゃいことでも それしか楽しみがなくなるかもしれない・・・
そう思ったら、私の気持ちや考えを しっかり話さないと
自分も大事にできないし 人の思いも大事にできないと思って そう話しました。

母は何も気付いてなかったようです。
小さい時から 何でも一人で乗り越えてきた強い人だけに、
こんなちっちゃいことを気にしてる私が 理解できないようで。。
「もう要らんことは言わへんわ」って言うので 「あ、そういうことやなしに・・・」って
すれ違いながらも あれこれ話すことができました。

別に わかってもらえなくてもいいんです。
(わかってもらえたら そりゃうれしいですが)
感性は人それぞれですしね。
ただ、自分を大事にしつつ ちゃんと意見を言うことは意外と難しかったりします。
特に私には難しくて。。

だから、これまでずっと気にしてたことを話せたのが すごくうれしくてね^^
こんなちっちゃいことまで話せる環境が 整ったってことでもあるし。。
ちょうど息子もその場にいたので、
話し合いには加わらなかったけど いろいろ思うところはあったでしょう。
いいチャンスをもらえました。

どんなちっちゃいことでも 自分の思いを大事にして
人に伝えたり 受け取ったりすることができたら うれしいですよね^^
だから、これからも家族と、
そして、皆さんとの絆を深めていきたいと思います^^








「病気のときこそ より良い環境を」を合言葉に、難病患者さんと そのご家族をサポートしています
⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143
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⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html

思いを形に。。

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ここんとこずっと、術後の痛みがあることをいいことに
藤谷ペコさんの「若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記」を
読ませてもらってました。

これまで何度か ブログを読ませてもらったことはあるけれど、
死後その存在が注目されるのは よくあることで。。
私も 改めて彼女の生の足跡を追ってみたいと思い立ち、
昨日やっと その長い闘病記を読み終えました。

彼女とは乳がんのタイプは違っても、私も再発転移しているので
今度はどんな症状が出てくるのかと つい彼女の病状の進行と重ねてみたりして、
恐ろしくもあり、それでも読まずにはいられなくて。。

ペコさんは ただ闘病記録を書き綴っただけでなく、
ピンクリボンのファッション化に意義を唱えたり ドラッグ・ラグ問題を取り上げたりと、
とても社会意識の高い人です。
が、時に 死や病状の悪化に脅えることもあり、
常に前向きでありながらも 人間的なところにすごく親しみを感じました。


今から22年前のこと。。
乳がんと告知されたのはいいけれど
当時は素人が受け取れる情報も少なく、私が初めて乳がんに関する本を読んだのは
ジャーナリストの千葉敦子さんの 「よく死ぬことは、よく生きることだ」でした。
千葉さんは理知的な大人の女性だったので たちまち憧れの人になるとともに、
アルフォンス・デーケン氏の 「死の哲学」を知ったのもこの時で
その後の死生観を考える基となりました。

とにかくすごい人だったので、
いろいろ思うところはあっても 私ができることなんて何もないと思っていたのですが。。
でも、その人が感じる思いを大切にするのが大事で
実際にそれが大きな流れになることもあるんですよね。
ペコさんのブログで 思いが形になっていく様子を見せてもらいました。

そんなに大そうなことはできなくても、
このブログでさえ その時の出来事や気持ちを書くだけでも 共感してくださる方もいらっしゃるし、
何より自分が生きた証になりますものね。

私もちっちゃなことでいいから 書き記しておきたくなりました。
ペコさん、背中を押してくれてありがとう!









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「いいものに かこまれていたい」
最近、そう思うようになりました。

「いいもの」とは高級品でもなく 世間が言う「いいもの」でもない。
私が思う「いいもの」。
自然で 心地いいものがあればいい。
余計なものはいらない。


すると、人間関係に対しても 同じことを思うようになりました。
「いい友だちと付き合いたい」、そして「いい友だちでありたい」と。

家族や職場の人間関係は なかなか変えられないけれど、
友だちは選ぶことができる。

楽しい会話、ちょっとした気遣い。
優しい言葉だけを期待してるんじゃない。
時には 耳の痛いことをちゃんと言ってくれて、
自分や周りの人を大切にできる人。

そんな人にかこまれていたい。。


多少無理しても お付き合いを広めないといけない時期もあるけれど、
今はちょっと 「贅沢」な気分を味わいたい。

・・・そんなことを思っています。







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虐待の傷、心の傷

 この前の記事で 身近な虐待について書きました。
私自身や友人・知人たちの体験から 思ったことを書いたのですが、
虐待の中には もっと悲惨な状況があり、私もその実態は知りません。
そこで、あれこれと調べるうち 「虐待の傷は癒えるのか」という動画と出会いました。

下に貼り付けてありますので お時間のある方は見て頂ければと思います。


動画(NHKの番組)を見て 改めて思ったのは、
問題が非常に根深く 解決が難しいということ。
何度も受けた虐待の傷(特に心の傷)は そう簡単に治るものではなく、
本人(加害者・被害者とも)の 努力だけで治るものではないということでした。

番組に出演の臨床心理士さんのお話で 私が興味を持った解説があります。
下記の図がそれで 要約すると。。


例えば、誰かに叩かれると、
感覚としては痛い、感情でいうと悲しいとか腹が立つ、そして「なぜだろう?」と考える。

この3つの要素がきちんと結び付いてこそ いろいろな物事に対応できるのだが、

虐待の関係に陥ると、「なぜ?」と考えても 全く関係なくやられ続ける。

すると、いちいち感情を受け止めていたり、痛みに敏感なままでいると辛くていられなくなり、

3つの繋がりが切れてしまう。
3本の柱で支えられていたものがバラバラになると とても不安定になり、
その結果、一番原始的な感情として 怒りの形で表れるようになる。

彼らは否定的な感情をぶちまけてくるが、

受け止め続けていくと 感情を言葉として表現できるようになっていくのだが、
それには相当な時間がかかってしまう。

――とのことでした。

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私の体験は 番組に出てくる子どもたちほどではないけれど、
これまでの私の気持ちにも これでようやく説明が付いたように思いました。


以下は私の個人的な意見ですが。。
上の図を 借りて説明すると、
虐待(それに近いもの)を受けると 3つの要素のバランスが悪くなり、
1つひとつの要素も 非常に不安定なものになるように思います。

痛みを強く感じたり 逆に鈍感だったり、
感情の落差があったり 感受性が強過ぎたりで、
とても不安定な状態になり 生き辛さを感じます。

また、「なぜ?」を追求するあまり 自分を責めることも多く、
引きこもりに近い状態になることもあります。

これは私自身がそうだったし、
類友と呼ばれるとおり 似たような性格や境遇の人が周りに多かったためで、
「なぜ?」の理由を外に向ければ 犯罪になる可能性もあるでしょう。

また、3つの要素がバラバラのまま大人になってしまうと 安定した状態ではないため、
虐待の連鎖が言われるのも分かる気がします。

犯罪への可能性や連鎖を考えれば カウンセリングなどの対策が必要だと思いました。


では、普通に私たちができることはないのでしょうか?
実はあります!

私もそれで 自分を取り戻せたのですが、
その人をそのまんま受け止めてもらえたら 時間はかかっても本物の自尊心が生まれます。

見守ってくれる人の存在は とても力になるものです。
人も自分も 大切にしたいと思えるようになります。


また、辛い体験から 人知れず苦しんでいる方もおられるかと思います。
まずは声をあげてください。
分かってくれる人は必ずいます。あなたは一人ではありません。

世の中、そう捨てたものではないですよ!^^



虐待の傷は癒えるのか 1/4

(続きはこちらで)
虐待の傷は癒えるのか 2/4
虐待の傷は癒えるのか 3/4
虐待の傷は癒えるのか 4/4














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前回の記事を読み返して反省しました。
めっちゃ上から目線やん!って。。

不快な思いをされた皆さまには、大変申し訳ありませんでした。

すぐに書き直して修正するつもりでしたが、
自戒の意味でもそのままにして、もう一度きちんと考えてみようと思いました。

以下はそれについてです。


死も老いも、今の社会では見え辛くなりました。
病院や介護施設がそれにとって変わり、道行く人はみんな幸せそうに見えます。

でも、本当にそうでしょうか?
みんな大事なことから目を逸らせているように、私には思えて仕方ないのですが。。
 

この「みんな」には、ひとつは社会システムへの疑問がありました。
病人も高齢者も、終末に向かうほど家族では看きれません。

長期になればなるほど、金銭や家族の負担は相当なものです。
プロの介入は当然だと思います。


が、それをすることで健常者にはそれ以外の人が見えなくなった。
社会にはいろんな人がいるはずなのに、
病気や障碍になったり介護が必要になると、意外なほど脆い。。

「自分だけ」と思い、孤独に陥るからです。
子どもの時からいろんな人がいることを、実生活で触れるべきなんでしょうけれど。。


でも、それは私の建前です。
本当は病人や高齢者を預けっ放しの、一部の人への怒りの気持ちがありました。

姥捨て山へ捨てたとばかり、会いに行こうともしない。
そのくせ、他人のことに口は出しても金は出さん。

うちの身内にもいました。こういう人。


でもね、
考えてみたら、私だってじーさんとの確執をちょこっと経験しただけ。
もっと広い目で見たら、人のことなんて言えません。

今話題の普天間問題、原発問題・・・突発的な犯罪や事故。
みんな他人事です。

政府が何とかすればいいのに・・・とは思っても、自分には関係ないと思ってる。
米軍基地や原発施設が、まさかうちの隣に来るわけない、と。。


実際にはそれで大変な思いをしてる人が大勢います。
長年辛い思いをしてきた人の気持ちなんて、経験してない者には分かりません。
「辛い」なんてひと言で括るだけでも、失礼な話です。

でも、そこで終わったらそれまでですよね。
分からないから知る。知って想像する。そして、できることから行動する。
それが人だと思います。



人が年齢を重ねるって、
経験した人との繋がりが増えていくことで、
自分の人生が豊かになることもあるんじゃないかと思います。

これも反面教師のじーさんの置き土産のひとつになりそうです。
やるな! じーさん! ^m^








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