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息子が学外実習に行っています。
実は、、、 ところが、帰宅した息子から、 その時初めて気付いたのです。 たった1日だったけど、 |
父と母と息子と
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詳細
バツイチ子持ちの出戻り娘から四半世紀。
実家の有難さとややこしさを実感しています^^;
コメント(26)
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最強の台風が去った後、今度は大きな地震が起こりました。
被災地の皆さまにはお見舞い申し上げます。 昨夜は我が家でも災害の話で持ちきりでした。 でも、、、そこはそれ。 年寄りのいる家庭ですから。 昔の話、限定です^^; まぁ〜、よう覚えてますねん。 まるで今、目の前で起こってるみたいに。 さっきあったことは忘れてるのにねぇ。。^^; 「ジェーン台風の時なぁ。 向かいの工場の窓が飛んでいったんや。 まるで紙みたいやったなぁ。 窓ガラスが割れんように、畳で押さえてなぁ。 『お父さん。 ほれ、窓ガラスが飛んでいくわ』 、、、けどなぁ、その時のお父さん。 部屋の真ん中で、一杯飲んではったんやでぇ」 「室戸台風の時なぁ。 小学校の体育館がつぶれたんや」 へぇ? ウチの家はつぶれんかったんか、ってか? えらいもんやなぁ、体育館がつぶれても家は残ったんや。 けったいやろぉ」 「福井の大地震なぁ。 小学校の運動場の真ん中に全員集められたんや。 運動場が波打っててなぁ。 怖かったぇ。 地べたが動くの見たなんて、初めてや」 「大映と東映の撮影所があったやろ。 夏の暑い盛りはフィルムが燃えるんや。 自然発火て言うんかなぁ。 ものすごい煙やってなぁ。 、、、まぁ、それ見てなぁ。 大人も子どもも、ぎょ〜うさん見に行かはるねん。 西院の方から来て、『まぁだでぇすかぁ〜』言うてな。 『まだまだやぁ〜』言うたら。 『ぇえええ〜!!』言うてな。 それでも、子どもらは皆走っていったわ」 「宇治の火薬庫も爆発したんやで。 窓ガラスがビリビリいうてなぁ。 家の中にいてられへんね。 けど、あれは誰も見に行かなんだ。 戦争前やったからなぁ。 巡査に引っぱられるさかい」 「五番町でも火事があってな。 そこに友だちの家もあってな。 『ウチの家なぁ〜。焼けたんやぁ〜』言うて。 次の日、学校に来ゃはったなぁ」 なんか、こう、のんびりしてると言うか。。 笑うたらいかんのやろうけど、笑えますねん^^; いきいきと喋るわけですよ。 自分のシワと同じように、、、歴史なんでしょうね。 こういう話、私が小さい時からよう聞いてたんですけど、 せっかくやから、災害時の心得が聞けるかと思うて、じぃ〜っと聞いてました。 、、、けど、それらしいことは結局、最後まで聞けませんでした^^; 普通なんですよ。 大げさでなく。 普通に自分のむかし話みたいで。
『頑張って』とか、『前向きに』とか、『諦めないで』とか、、、。 そうやって、無理に自分を鼓舞するわけでもないし、悲壮感もない。 いろんなことがあっても、普通に、、、ごく普通に生きてきたんでしょうねぇ。。 災害時の心得は聞けませんでしたけど、 長生きの極意(?)は、ちょっとだけわかったかもしれません^^ |
これって、いつものことなんだけど、 私の感受性はMAXなので、影響がビシバシ。。^^; それでも何とか我慢してきたけど、 母の愚痴と八つ当たり攻撃は、断続的に続くわけで。。^^; こりゃあ、私の身が持たんと思って、 「八つ当たりはやめてぇな」と言ってみた。 (これを言えただけでも、私にとってはスゴイこと^^) すると、母は、 「八つも九つも当たるワ!」と、斬り返してくる。 う、うまい。めっちゃ腹立つけど、うますぎる^^; (ムカつきながらも、座布団10枚! (^m^) )
愚痴を言ったり八つ当たりしたりと、できるわけで。。 けど、母の八つ当たりを全部受け止めると、私が壊れてしまうんで。。^^; 押したり引いたり、なだめたりすかしたり。。 なんだかんだ言っても、これだけの人間がいる中で、 縁あって親子になったのだから。 こういう親子もありってことで、受けて立つかな^^ ちょっと熱過ぎる触れ合いではあるけれど。。^^; まぁ、物は考えようで、 80代のオジィと70代のオバァが、未だに夫婦喧嘩っつーのも、 ある意味スゴイことかも。。^^; 元気の素。 活力源。 ボケ防止にもいいかも。。 (^m^)
「あの時、ほんまおもしろかった」って、思い出話をしてみたい。 けど、その前に、母の減らず口が達者なうちに、 絶対、1本取ってやるぅ〜! (^m^) |
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さて、料理の次は掃除、ってことで。。^^ 掃除は好きなので、以前から母と一緒にやっていたのですが、 こんなつもりやなかった、っていうのが本音かもです。。^^; 料理を頑張るからには、掃除も今まで以上に頑張ろうと、張り切ってやり始めました。 もとは母がひとりで家の掃除をしていたのですから、 ひとり分の仕事をふたりでするのだから、労力は半分になるもの、と思っていました。 でも・・・、母の考えは違った。 人間がふたりいるのだから、ふたり分の仕事をする。( ̄^ ̄)b ( ← 無言の圧力^^;) ・・・そ、そうですか。。^^; やらせていただきます^^;;; 今まで以上にしんどい作業となりました。 はたきをかけ、掃除機をかけ、拭き掃除をします。 家中の家財道具や床はもちろん、戸・桟・柱などをひとつひとつ丁寧に、 文字通り家中を拭きまわるのですよ! 梅雨時には、ぞうきんで拭き掃除した後、から拭きが追加され、 夏場は、窓などを開放して埃が入るので、夕方にもう一度掃除することに。 ちっちゃい家ですけど、これだけやったら大概くたびれまっせ^^; 家事をこなすだけで、ほぼ一日が終わってしまいます。 考えて時間を使わないと、自分の時間も持てない。 昔はこれがイヤでねぇ。。^^; 毎日毎日、同じことの繰り返しでおもしろくないし生産性もない。 なんでこんなことせんとあかんねん!、若い頃の私には理解できませんでした。 でも最近、これが人生ってもんかもなぁ・・・、なんて考えます。 これが日々の暮らしなんですよね。 昔の人から代々伝わってきた暮らし。 生きるって、ほんま地味な作業ですわ。。^^; 昔はこんな生活をどこの家でもしていたようですね。 今では、ここまでしてるのは、近所ではウチの家ぐらいですけど。。 門掃きが当たり前だった京都。 母が子どもの頃は、近所の奥さんたちが競って掃除をしたそうです。 「おはようさん。 ○○ちゃん( ← 母の名前)とこ、もう掃除すんだん?」 って言いながら、先に掃除を済ませた隣の奥さんが入ってきゃはりますねん。 で、その時さっと指で桟を撫でて、埃が溜まってへんか確かめはりますねん。 これって、めっちゃ京都人ですやろ? たまりまへんで。。^^; そんなこんなの話を、一緒に家事をしながら聞くわけです。
まぁ、これがええとは言いませんけど、 昔から伝わってきた慣習や文化、どこいったんですやろねぇ。。 変わりゆくのは世の常ですけど、 伝えていくべきもん、あるんとちがいますやろかねぇ。。 |
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一方で、母とはどういうコミュニケーションをすればいいのか、と考えました。 私は小さい頃から強気な母には肝心なことは言えなくて。。 何でも言える母娘になりたくて、積極的にコミュニケーションをとろうとしました。 考えた末に母から料理を習うことを思い付きました。 これなら料理をしながら母と話もできるし、家族に食べてもらうこともできる。 いえ、そんなことより、 私、料理がダメなんですよ^^; 掃除は好きなんですけど。。 よく言いますよね。 料理好きは掃除が苦手、掃除好きは料理が苦手、って。 一応、母から料理を教わったことはあるんですが、おふくろの味はマスター出来ず終い。 それに、離婚してからは仕事に追われて、ほとんど母に任せきりでした。 でも、本当のところは逃げてたんですよ。 母は自分のやり方でないと気に入らなくて。。 こういうタイプの上司っていますよね。 部下のやることが気に入らなくて、結局、自分で全部やっちゃう人^^; 腰を据えてやろうと決めました。 母のそばにぴったり付いて見ることから始め、了解を得ながら料理を進めていきました。 レシピもなにもない母のやり方、機嫌を損ねないようにやらなければ。。 見習いというか、内弟子というか、緊張して。。 とにかく一所懸命で。。 結婚していた時、お姑さんと同居だったんですけど、ある意味、その時よりもしんどかった^^; でも、そのうち、少しずつ料理を任せてくれるようになったんです。 うれしかったですね^^ 母と料理をしながら、ご近所の話から始まって、話題はあちこち飛んでいきます。 母の子どもの時の話。 母が祖父から聞いた話。 もっと昔の京都の話。 これがまたおもしろいんですよ。 京都版『がばいばあちゃん』の話があったり、伝承『京都検定』の話があったり。。^^ とにかく、生きた人の暮らしを聞けるわけです。 多少、愚痴も聞かなきゃなりませんが、受講無料の文化講座ですからね^^; これはお得です。 でも、それ以上さかのぼれない部分があるんですよ。 それは戦争だったり、風化していく記憶だったり。。 失われていくものや忘れ去られるものを肌で感じるわけです。 昔の日本人が育んできた大切な文化なのに。。 今なら両親の記憶も確かだし、同居という恵まれた環境にいるのだし。。^^;
昔の日本人の心を受け継いでいければなぁ、って思っています^^ |





