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月に一度の外科受診の日。
まずは耳鼻科に行ってファイバースコープで 反回神経の麻痺の具合を調べる。 相変わらず右の声帯は麻痺したままだが ひどくもなってないらしく現状維持。 が、データは変わりなくても 生活面では問題がある。
声の出ないのは諦めるとしても 食事や唾を飲み込む時にむせてしまうのは困る。 ひどく咳き込むのは体力を消耗するし 肺炎を起こすのが怖いことを伝えると、 腫瘍は適応外ではあるが 声が出るようになる声帯手術もあるので 「その時は紹介状を書きますよ」との返事をいただく。 困った時にとるべき道さえ教えてもらえれば安心できる。
しばらくはこのまま様子見しようと思う。 外科では先ほどの画像を見ながら 現状報告。 先月頃から脚のこわばりというか 関節痛のような痛みが続いていることを伝える。 私がのんでいるのはトレミフェン(フェアストン・40mg×3)というお薬で おそらく副作用からくる症状らしい。 外科の先生からは 「マッサージするぐらいしか方法がないですね」と言われたが、
いつも担当してもらっている薬剤師さんには 「メーカーさんに訊いておきますね」 と言ってもらった。仕事とはいえ親身になってもらえるのは有り難い。 今のところ症状も落ち着いているので、
改めて気管支鏡検査の 病理診断の結果について尋ねてみる。 いつも一人で病院に行くし 告知を受けた時もそうだったから、 もしかして 全部知らされてないんじゃないかと思ったんだけど。。 そもそも検査というのが転移したがんか 新しくできたがんかを確認するためのもので、
それ以外のことは分からないらしい。 乳がんに由来するホルモンが検出されたので 転移がんであろう、という程度のものらしい。 あんだけしんどい目ぇして検査したのに 分かることってたったそれだけ!?
(実際、何回涙目になったことやら) なんや、おもんないっ!! (ーー;
ま、それでも、これで隠されてることもないと分かってスッキリしたので、
リウマチのような痛みも我慢できそう。訊いてみて良かった。 ただ、惜しまれるのは もう一押し訊いておけば良かったこと。
背中の痛みが強くてっきり筋を痛めたかと思ったが どうも痛み方が怪しい。 もっと痛みが強くなるようなら 診てもらってこようかな。。 病院の帰りは いつものようにお気に入りの散歩道へ。 少し雲は出てるが 久し振りに緑の中を歩きたい。 そう思って途中まで来ると なぜか急に神社に参拝に行きたくなった。 お参りを済ませ神社を出ようとすると 突然の雷。
「一天にわかにかき曇り」ってので そのまま神社に足止め。 ひどい雷が鳴って 雹まで降ったけど、 お蔭でまるでむかし話のような ちょっと懐かしくて美しい光景が見られた。 そんな ちょっとうれしかった5月の通院日。。^^ 「病気のときこそ より良い環境を」を合言葉に、難病患者さんと そのご家族をサポートしています
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再発転移〜2011
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詳細
1988年、26歳で乳がんを発症。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)を受けています。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)を受けています。
20年以上経っての再発転移に驚いたけど がんだって私。
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
コメント(16)
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あれこれと忙しくしていたのもあり なんだか気が乗らないせいもあり、 自分の身体のことが書けてませんでした。 今さらな気もしますが、 せっかくの記録を無駄にしないよう 4月の状態を書いておこうと思います。 まずは総合診療科。 この科で がんの再発転移が疑われたところなので 受診すると いつも先生が心配してくださる。 外科などと違い それほどがん患者が多い診療科ではないので がんになるということは実は大変なことなんだ、と改めて思い知らされる場所。 次はカウンセリング。 じっくり話すことで いつも何かしら発見がある。 緩和ケアの意味からも欠かせない。 精神的にしんどいことがあっても それなりに安定してるのは ここに来れば何とかなる、という安心感によるものが大きいと思う。 最後に外科。 腫瘍マーカーの検査と胸部レントゲン検査があった。 腫瘍マーカーの数値が下がってきていることから 「ホルモン療法が効いているのではないか」との診断を受ける。 私の場合、腫瘍マーカーが正しい動きを示してくれず がんがあるにもかかわらず 全ての数値が正常値の範囲内。 それでも、低いは低いなりに 数値が下がってきているのは 治療が一定の効果を上げているとみてよいのだそうだ。 腫瘍マーカーなんて当てにならないヤツ、と思っていただけにちょっと見直した。 胸部レントゲンも見た目はそれほど変化がない。 再発転移の場合、現状維持なら御の字ってところだろうけど、 去年の夏は あっという間に身体が弱っていっただけに 今が大丈夫だからと安心はできないが。。 データ上はどれもまずまずの結果が出ているが、 一時期と比べると咳き込みも多いし 反回神経の麻痺が進んでいるように思う。 痛みや不快感なんていうのは 必ずしもデータと一致しないのでは? 5月に耳鼻科受診、6月にはCTスキャンを受けるように言われる。 「3ヶ月ごとに CTスキャンの検査をしてもらってもいいですか?」と念を押される。 たしかに断るってのもありだし なるべくなら受けたくないが、 (被曝でさらにがんが増えたなんて シャレにもならんし。。 ーー;) 呼吸ができなくなると 即命が危ない! 「はい」と答えておく。 それにしても、今話題の放射線である。 思わず計算してしまった。 胸部CTスキャンを年4回(6.9)、胸部レントゲンを年2回(0・1)として 自然環境から受ける放射線(1.5)を加算すると。。 (単位はすべてミリ・シーベルト) 6.9×4+0.1×2+1.5=29.3 年間約30ミリ・シーベルトの外部被ばくか。。 ま、命がかかってるんだから こんなもんかな。。 で、ここへきてやっぱり 先の気がかりなことに戻ってくるのです。 「子どもの年間被曝量が20ミリ・シーベルト」になったこと。 校庭活動に放射線基準…文科省、福島県に提示へ 私は来年50歳になる成人女性です。 ホルモン治療をしているので 出産の可能性はありません。 乳がんのステージ4期です。(次のステージはありません) 検査(被曝)をしない選択もできます。 それで約30ミリ・シーベルトです。 身体も小さくて成長期にある子どもに対して 放射線業務従事者(妊娠可能な女子を除く)と同じ20ミリ・シーベルトなんて、 どう考えても多過ぎますよね? 放射線は染色体を傷付けます。 もし、人間の設計図を傷付けてしまったら。。 日本国民の一人として がん患者の一人として 私はこの問題を黙って見過ごすわけにはいきません。 追記 こちらにはこんなサイトも。 1200名以上が聴き入った、小出裕章氏らの講演 線量限度の被ばくで発がん 国際調査で結論 ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html |
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いつも全くの他人事でありながら 事件や事故が起こるとヘタレてしまう私。 今回、未曾有の大災害でありながら 短時間で自分を取り戻せたのは がん子の役割も大きかったかな。 どんなに悲惨な光景を画面の向うに見ても やっぱり自分の呼吸が乱れると そっちの方が気になるし。。 そっか、そのためにがん子が現れたんだ、と思った。 実は ずっと気になってはいた。 22年も再発しなかったがんが 再発転移するなんて。。 何故今なのか? 何かあるのか? 理由をこじつけたくはないけれど 後から考えると何かしらあるもので。。 他に思い当たることもあるけど これもたぶんその一つ。 でもお蔭で ヘタレな私が「今ここ」にちゃんと立っていられた。 そりゃそうよね。私一人じゃないんだもん^^; 以前、ブロ友の夢さんから 「同行二人」のコメントをいただいたけれど、 まさにそれ! ともに旅するのが お大師さんじゃないのは残念だけど、 いざとなれば がん子だっていてくれれば心強い。 遍路旅ならぬ ヘタレな私のヘロヘロ旅。 野を超え山超え 谷も超え、、、いっぱい楽しんでいきましょかね。 ^m^ ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html http://x4.kanpaku.jp/bin/ll?052582201アクセス解析 |
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昨日は1ヶ月ぶりの診察でした。 がんの再発転移が分かって以来、 1ヶ月もの間 病院に行かずに済んだのは初めてのことで、 日程的には随分ゆとりがあったのに。。 体調の悪さから気持ちにゆとりがなくなり 凹むことしばし。。 皆さまの応援と 仕事に集中することで助けられ、 お蔭であれこれ思い悩むこともなく 日々を過ごすことができました。 で、ご心配いただいてる方もおられるかと思うので 昨日の様子などを少し。。 まず最初は血液検査。 今回はいつもとは違う場所から採血するらしく 大丈夫かな?と思っていたら、 チューブの中に 少しも血が流れてきません。 @@; それでも何とか針を刺したまま 血管を探し当ててもらって無事開通! 場所的に痛いところだったけど まずは良かった良かった^^; その次はCT。 検査には造影剤を使うのですが、何度やっても あの気持ち悪さは慣れません。 「大丈夫、大丈夫。。」と 気持ちを落ち着かせた後は、 「よっしゃ! いきましょ!!」 ( ̄^ ̄)/ と気合を掛けて。。 (咳き込んじゃいけないと思うと 余計咳き込むんですよ。 @@;) そして、いつものように 長〜〜〜い時間待った後でようやく診察。 結果から先に言うと 「著変ありません」とのことでした。 皆さまには大変ご心配をお掛けしました。 <(_ _)> 腫瘍も大きくなっていなければ 新たな病巣も見られないそうです。 「ほら! 6月の写真と比べても 変わりないでしょ?」と先生。 診察室では なるほどそうか!と思っていたのですが。。 ん? 6月??? それって、一番最初にCTを撮った時で 抗がん剤を始める前のこと? と言うことは、、、 ドセタキセル(タキソテール)を5回もやっても 何の変化もなかったと言うこと? 正確に言うと 一部ドセタキセルは効いたようです。 状態の一番悪い時に 無気肺になっていた部分は良くなりましたが、、、 「縮小しているものと思われる」と 所見に書いてあったのが、 少なくとも6月を基準にするなら 何も変わってなかったことが判明。。 ーー; 本当ならショックを受ける場面かもしれませんが、あの強い薬に打ち勝ったんです。 がっかりな気持ちが半分、 「あっぱれ、がん子! ようやった!!」と 褒めてやりたい気分も半分で。。 (ドしぶといところは 私そっくり^^;) なんせ22年来の付き合いですからねぇ。 (誰の味方してるやら分かりませんが。。^^;) ただやっぱり、2週間前と比べて 調子が悪くなってるのは事実です。 しばらく様子を見て 更に悪くなるようなら、 耳鼻科で 反回神経麻痺の検査をするように言われました。 ま、でも、、、 なんだかんだ言っても がん子と共生(ともいき)するのは確かなことで。。 こうなると がん子のためにも長生きしてやりたいな、なんて。。^^ がん子と一緒に二人旅。 なかなか面白い旅になりそうです^^; ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html |
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1週間ほど前から 咳き込みがひどくなった。 いつもと同じように食べているのに 少しずつ体重も減っている。 気のせいかもしれないけど 喉に違和感があり疲れやすい。。 腫瘍を小さくしきれないまま 化学療法を中断してしまったので こんなものかもしれないし、 抗がん剤の代わりに飲み始めた 最大量のホルモン剤も 効いてないのかもしれない。 来週が診察。 不安がないって言えば 嘘になる。 今はそれほどじゃないけど 去年の夏は一気に悪化、 しんどくて横になるしかなかった。 すでに転移したから 再発に脅えることはないが、 息ができなくなるのは恐ろしい。。 でも、それだけに悩んでる時間はない。 昨日からの雨も上がって お日さまが出てきた。 化学療法再開!なんてことになれば 遠くまでは歩けない。。 行くなら、今! ってことで お気に入りの散歩道まで行ってきました。 息が上がって かなりしんどかったけど、 雨上がりの木々は キラキラと輝いてとても綺麗。 水仙の美しさにため息ついて 藪椿の色っぽさにドキッとして。。 途中、あるお寺の前で こんな言葉を見付けました。 「あなたは あと何日生きられますか」 こうストレートに言われると さすがにキツいけど。。 がん患者でなくたって 残り時間が少なくなっていくのは 皆同じなのだから、、、 この一瞬を大切に 今日も生かされたことに感謝して。。 ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/ryhnk143 本・CD・DVD・ゲームソフトの提供品をお願いしています ⇒ http://blogs.yahoo.co.jp/yagurumasou_hp/52152306.html |






