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今年の通院も呼吸器科を最後に先週で終わり。
結局、肺炎が治らないばかりか、
夜は咳と痰で眠れないほどなので、
抗生剤を1剤追加。
かなり強い薬らしく、
後から心配して薬剤師さんが
親父先生に確認をとって下さるなど
有難い配慮のお陰で、
ようやく眠りを取り戻した。
これで落ち着けば、
抗がん剤もストップしたままなので、
副作用もなく元気な年末年始を迎えられる。
取り立てておせち料理もご馳走も作らないけど、
味覚障害がなく美味しく食べられるのは何より。
いい時間が過ごせそう…だといいな^^ |
再発転移〜2014
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詳細
1988年、26歳で乳がんを発症。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
20年以上経っての再発転移に驚いたけど がんだって私。
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
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今週もいつも通り、
呼吸器科、外科、消化器科の受診があった。
2週間に一度受診しては、
抗生剤を1週間分もらって飲み切るのが最近のパターン。
でも、受診の数日前には咳と痰がひどくなり朝まで眠れない。
今回もそう。
前日には咳と一緒に食べたものまで吐いてしまった。
その旨報告すると「んー。(。-`ω´-)」と困り顔の親父先生。
聴診すると水っぽい音がするそうな。
1週間ほど前から胸(どちらかというと背中側)
に沁みるような痛みがあり、やがてそれが鈍痛になり…
というのも報告したので、
すぐにレントゲンと心電図が追加された。
長い時間待って両方とも結果はシロ。
レントゲン画像も前回よりは綺麗になっている。
それは良かったが、
肺が悪いことは変わらずまた抗生剤が追加になった。
「大丈夫や!心配することないわ」と肩をポーンと叩かれつつ、
心配だから年内にもう一回来なさいって。
有難いやら困ったやら。。
そう、親父先生には感謝してもしきれないのだけど、
抗生剤もステロイド剤も切れないということは
抗がん剤も始まらない。
実際、主治医からは
「肺炎がスッキリ治ってからにしましょう」と言われ、
来月中旬まで抗がん剤は延期。
年越えちゃったよ、おい!(゚ω゚ノ)ノ
「次はTS-1にしましょう」と言われパンフももらったのに、
ずっと延び延びになっている抗がん剤治療。
調べてみると9月中旬から毎回延期。
ホルモン剤は継続して飲んでるけど、
あまり効き目がないことは
免疫染色とかいう検査で分かっている。
抗がん剤は副作用も出るし、
症状がなければやりたくない治療だけど。。
ステントがいつまで踏ん張ってくれるか?
食道や気道、血管がひしめく中、
大きくなるがんに耐えてどれだけ持ち堪えてくれるか?
これまでの病勢を考えると不安ではある。
痛みに関しても、
骨にも異常はないし、
乳がんで痛みが出ることは少ないと言われたけど、
過去の経験から言うと、
何かのタイミング(?)で時々痛みが出る。
教科書には書かれてないかもしれないけど、
私の中ではこれもがんの痛みの位置付け。
痛いには変わりない。
できれば今一度がんの縮小が望めたら有難いのだけど。。
それにしても、肺炎にしぶといこと。
いずれ末期になれば、
無治療を選択する日が来るのは覚悟していたけど、
これも一つの"持ち札がない"ってやつですか?(;´・ω・`)
まぁ、覚悟はできているから。。
決して投げやりではないけれど、
こと命や縁に関しては人がどうこうできるもんじゃなし。。╮(´-ω-`)╭
とりあえず、
年末年始を副作用で悩まされないのは有難いこと。
この際、ゆっくり過ごすとしますか。。ヾ(⌒(_*´ω`*)_
ちなみに、呼吸器の不調で眠れない日が続くと言ったら、
レンドルミン0.25mg2錠までは飲んでいいと言われた。
追加でロヒプノールも2錠まで。
それぞれ自己調整でいい、と。
年末年始の休み中、
痛みも出ると困るからとカロナールを出してもらい、
薬剤師さんに1日最大量を尋ねると、
「最近、用法が変わって1日20錠までOKです」と言われた。
(いや、いくらなんでもそんなに飲みませんって!^^;)
医療は変わる、どんどん進む。
そのうち肺炎でもがん治療ができる日が来る…かもしれない。
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病院ネタは約1ヶ月ぶり。
その間安泰というわけではなく、
検査に追われ肺炎も治らず、毎週のように病院通いでした。(*_*)
まずは脚。
入院中からなんか脚が痛いと思ってた。
寝具が変わったからかと思ってたけど、
退院すると更に痛くなり痛み止めを飲まないと寝られなくなった。
痛む場所は左大腿部のちょうど出っ張ったところ。
疑われるのは骨転移。
急遽、骨シンチ検査を受けたがどうも決定打に欠けるらしく、
MRI検査を受けるかどうか尋ねられた。
場所が場所だけに折れると寝たきりになる。
これは受けるしかないでしょ!?(`・ω´・ )b
気なりつつも紅葉見物に出掛けたり旬を楽しむ。
気兼ねなく出掛けられるのも自分の脚で歩けりゃこそ。
これも行くしかないでしょ!?(`・ω´・ )b
結果、骨転移は回避。
ホッとしたけど、
身体が発する痛みのサインが当てにならないときた。
今日改めて先生に骨転移のサインを尋ねてみると、
血液検査で分かるとか、
骨転移は何箇所か同時に起こるから分かるとか言われたけど。。
それもなんだかねぇ。。(;´Д`)
そして、苦戦中の肺。
いいこともあった。
これまでずっと咳や痰が続いて、
特に夜は痰が詰まってほとんど寝られなかったのが、
新しく処方してもらったステロイド剤と抗生剤が効いた。
ここ3日ほどでようやく眠りを取り戻した。
親父先生に報告すると速攻で聴診器を持って構えてる^^;
音にも出てるんだろう。
親父先生、喜んで聴診中の私の背中をバシンと叩く。
まるで大阪のおばちゃんのノリ^^;
前に回ると満面のドヤ顔。o(`・ω´・+o) !
他人事でこれほど喜ばれるなんて晴れがましいことこの上ない^^;
ただし、悪化した時用に抗生剤1週間分と、
プレドニゾロン(ステロイド剤)10mgは継続。
あおりを食ってTS-1(抗がん剤)はまたもや延期。
今のところ症状も出てないので延期は願ったり叶ったり。
副作用の心配も要らないし。(*´∀`)b
肝心の食道は。。
消化器科のK先生も
「ここまでくれば慌てることもないしね」とうれしそう。
若干蠕動痛のようなものはあるものの、
心配された違和感もなく食事はスムーズ。
一時期は私だけでなく家族まで食事量が落ちてしまったのが、
ようやく家族揃ってお鍋を囲めるぐらいまで回復。
あとはこの寒さを乗り切れば。。;;(∩´﹏`∩);;
急に寒くなりました。
風邪やインフルエンザが流行っているようです。
手洗いうがいとともに身体を冷やさないよう、
皆様もどうぞお気を付けくださいませ。<(_ _*)> |
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お陰様で退院しました。<(_ _*)>
ささやかながら退院祝いをしてもらい、
家族に留守中のお礼も言って、
さて頑張るぞ!と思った矢先。。
退院翌日。 大量の痰と高熱のため飛び込みで受診。 予約外だから一番最後まで待って、 一般の血液検査、血液培養、喀痰検査、
レントゲン、インフルエンザの検査を受けて、
結局、放射線肺炎の悪化と言われ、
生食と抗生剤の点滴を投与。
明日明後日と連休になるので、 「入院しますか?」と言われたけど、
昨日退院してきたばかりでしばらくは入院はいい。
フラフラになって帰ってきたけど、 やっぱり家がいい。よく眠れてスッキリ。ε-(´∀`*)
とはいえ、熱が下がらない。 連休明けは予約通り、 呼吸器科、消化器科、外科のフルコース受診。
呼吸器科では親父先生が聴診器を当てるなり、 CT検査を受けるよう指示が飛ぶ。
結果が出るまで各科を回る。 消化器科で胃が重く消化されないことを伝えると、 アコファイドが処方された。
外科に回る頃にはCTの画像がアップされていて、 抗がん剤は免疫を下げると言うことでTS-1開始は延期。
フェマーラだけ引き続き服用。
骨密度の検査結果も出ていて
それなりの年齢の結果だったが、
ホルモン剤投与で骨密度が減る。
意識してカルシウムをとらないと。
最後にもう一度呼吸器科。 CTでよく調べてみると、放射線肺炎というより、 誤嚥性肺炎か感染症が疑われるとか。
放射線肺炎は厄介だと聞いていたから、 それはホッとしたけど、
とにかくこの肺の中の花火みたいなのと、 すりガラスみたいなのはどうにかしないと。。
そして、親父先生。 カルテを見ながら、悩む、悩む、悩む。。
「あーた、いろいろ持ってるからな」。
(既往、症状がたくさんだとそう簡単にはいかないらしい) 先生いつものように苦笑い。 私もいつものように頭をかく。(*-∀-*)ゞ 「よし、これでいこ!」。 薬と服用期間が決まった!
自信を持って言われると心強い。 例え上手くいかなくても、付いて行こうという気になる。(๑•̀ㅂ•́)و✧ 通院は以上で終了。 今は自宅養生中だけど、 なかなか熱も下がらず長く起きているのもしんどい。
それでも家にいると落ち着くし、 ここはというところは母のサポートに入れるし、
家族の状態が分かるのがいい。
焦ってもどうにもならないので、 しばらく家庭内入院と称して当分ゆっくりするつもりが。。 今度はじーさんが肺炎で入院した。
病院母体の老人施設だからそのへんは心配ないけど、
手続きやなんやかんやで半日振り回される。_ノ乙(、ン、)_
まあしかし、こうもいっぺんにあれもこれもって。。
なんなんや、これ。。(@_@;
一日の気温差が大きく
体調を崩していらっしゃる方も多いようです。
皆様もお風邪など召しませんように
お気を付けくださいね。
尚、コメントのお返事も気になるところですが、
こんな状態なのでしばらくご容赦願います。<(_ _*)> |
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その後の数日間も、あまり順調にはいきませんでした。 親父先生の診断で放射線肺炎が確定し、 (放射線治療から約7ヶ月後で発症) さらに抗生剤投与が続き。。 食事開始の前に、まずはエンシュアから、 と安全策をとったつもりが ひどくお腹を壊して脱水症状を起こし、 再びトイレとお友達になる羽目に。。(T . T) (ハイカロリーのエンシュアが"濃い"のと、 抗生剤でお腹のいい菌もやられたのでしょう) しかも悪いことに、 夜間の出来事で翌日は日曜日 (先生は休み)という最悪のパターン。 病院にいながら整腸剤一つ出してもらえず。。 ええ、ええ、仕方ないから大人しくしてましたよ。(。-_-。) でも、三分、五分、七分、そして全粥と その後の食事は順調に進みました。 ある日主治医が来られたので、 「やっぱり、食べられるっていいですね。 同じ生きるにも華があります」 「いい時間をいただきました」と伝えました。 さすがにこう何度も何度も食べられなくなると、 食に対しても淡白になりますが、 それでも食べられるとうれしいし、 一日がホワッと華やかになるんですよね。 朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯…、 旬の食材に季節の料理…、 食材から料理から、 作ってくれた人、関わったくれた人まで その心が感じられる、って…。 (社会科の食の流通や道徳の感謝とはまた違う、
自身の体験でしか感じられない何か…)
やっぱりこれを知らずにいるのは勿体無い‼︎(`・ω´・ )b これまで自分が食べられないことばかり考えてたけど、 もう少し離れた視点から食に対して思い巡らすようになりました。 本当に今回の入院は学び多いものとなりましたが、 いよいよ今日で退院となります。 (1週間ほどの予定が、2週間の入院になりましたが^^;) たくさんの応援、本当にありがとうございました。<(_ _*)> 元気をいただきましたし、励みになりました。 少しもお返事できてないのが心苦しいですが、 帰ったらまたぼちぼち書かせていただきますね。 では、もうすぐ帰りま〜す!(^O^)/ 【メモ】 6日目 CT検査 レントゲン検査 7日目 放射線肺炎と確定 8日目 喀痰検査 口腔外科受診 夕食からエンシュアでひどい下痢 9日目 日曜日で処置なし所在なし 10日目 血液検査 エンシュアからラコールに変更 三分粥 11日目 三分粥 12日目 五分粥 13日目 血液検査 七分粥 14日目 全粥 退院 |


