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ここ数日調子が良くありませんでした。 息苦しい、咳と痰が続く。 ステント挿入部分に加えて背中や胸の痛みも。。 咳き込み出すと止まらず吐いてしまい 一昨日はトイレの洗面所から動けず、 偶然通りがかった看護師さんに助けてもらいました。 そして急遽CT検査が入り、 誤嚥性肺炎と診断されました。 一日4回の抗生剤投与と酸素吸入が再開。 せっかくPICCを抜いてもらったけど、 またもや点滴と車椅子生活に逆戻りです。 でも、入院中で良かった! 退院後、急いで救急に掛かったとしても 全く待たずに診察は受けられないし、 それなりの体力は必要ですからね。 またも救われました。 この際なので入院中にできる書類申請や トレーニングを受けるつもりでいます。 今まで無縁だった痛みのコントロールも必要になるかも。。 まだもう少し先でいいかな? …と誤魔化していたことが現実になりつつあります。 後はどれだけ回復と希望を叶えられるか。。 私はできるだけ日常を延長したいのですけれど。。 現在、3人の担当医はじめ医療チーム、スタッフ、看護師… いろんな方が関わってくださっているのですが、 うれしかったのは主治医の言葉。 「誰に言ってくれても不安は共有しますから」。 泣けてきます。 ( ; ; ) |
再発転移〜2015
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詳細
1988年、26歳で乳がんを発症。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
20年以上経っての再発転移に驚いたけど がんだって私。
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
コメント(16)
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時々グーッとくる食道ステントの痛みはあるものの 日中は痛み止めを使うこともなく、 夜間のみの使用となっています。 心配された違和感もなく、 食事も重湯から始まり三分粥、五分粥と順調に進んでいます。 有難いことです。 ただ、肺炎から始まったこの入院。 やはり最後まで残るのは肺炎のようです。 一時期に比べたらかなり改善されましたが、咳と痰が切れません。 とは言え、一昨日からは酸素吸入もなく 血中酸素濃度は95%前後。 まずまずです。 また、気分転換に緩和ケアチームが主催する イベントにも参加できました。 本当はお手伝いする側に回りたかったのですが、 それはまた次の目標にでも。。 ということで、 主治医をはじめ各担当医から「退院」という言葉が出始めました。 うれしいことですが、 頭には必ず余計な「一旦(退院)」という言葉が付くんですけどね^^; それでも、急遽入院から1カ月。 家にいる高齢の母も気になります。 お互いに何かをしてあげられるほどの余力はないけれど、 顔を見るだけでも安心できます。 それに何より、 家のベッドで点滴に縛られずゆ〜っくり寝たい! これが一番本音かなぁ。。^^; |
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一睡もできず
吐いてばかりの日がありました。 目が覚めず 寝てばかりの日がありました。 そして今日、胃透視検査の結果、 食道はうまく開いていると聞きました。 明日からは食事も出るそうです。 あとは吐き気とどう共存するか。。 今回の処置は前回よりも相当しんどくて、 ちらちらと「緩和ケア」という言葉が浮かびます。 いろんな意味で余力というのが 少なくなってきていると実感します。 そんな中、やはり力をいただけたのは人の心。 症状が悪い時は本気で心配して、 少し良くなると喜んでもらえました。 その言葉にしがみついて生きました。 有難いなぁとつくづく思います。 まだお返事もできておりません。 失礼してばかりでごめんなさい。 そして、本当に本当にありがとうございます。 |





