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27年前の昨日、 乳がんにより左乳房全摘手術を受けました。 当時の手術法はハルステッド手術という なかなか厳しい傷痕を残すものでしたが、 22年間再発することなく過ごせました。 今日からは28年目に入ります。 その間再発転移し今も入院中ですが、 有難いことにまだ生きているということ、 選択肢があるということは本当に有難いです。 そして、明日はいよいよ本チャンの二度目ステント挿入術を受けます。 リスクもあるし心配される経過もありますが、 チャンスに賭けてみます。 (^_^)v |
再発転移〜2015
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詳細
1988年、26歳で乳がんを発症。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
20年以上経っての再発転移に驚いたけど がんだって私。
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
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11時、胃透視検査に呼ばれた。
食道ステントを入れるための確認。 いつものように飲み込み具合を診るだけ。 ガストロという造影剤を飲むだけ。 そう思ってた。 でも、数日前から急にむせるようになって、 その旨を伝えた。 急遽、「安全のため、内視鏡を入れて撮影しましょう」 ということになった。 え⁉︎ 内視鏡? しかも鎮静剤なし? 聞いてへんし! Σ(゚д゚lll) 心の準備もないままされるがまま。 内視鏡をグイグイ押し込まれる。 ぐぇぇ…。 げほげほ…。 涙とよだれと鼻水と。 ぜぇぜぇ…はぁはぁ、過呼吸状態。 (T . T) 看護師さんが優しく背中を叩いてくれるが治らない。 意識があるのでその場で判決! 食道から気管支に造影剤が入っていくのが見えた、と。 つまり、孔が開いているということ。 道理でむせるはずだ。 自主的に絶飲食しといて良かった。 また症状が重くなったか。。 il||li _| ̄|○ il||li 凹んだけれど、 考えてみれば入院中に起こったことでラッキーだった。 家にいてたらもっと悪化させてたはず。 後でほわっと先生が来られた頃には、 気持ちは落ち着いていた。 そして、病状説明。 やはり食道に瘻孔があるとのこと。 がんの浸潤によるもの。 (あぁ、抗がん剤治療は避けられないな。 放っておいても事態はどんどん悪くなる) 家族にも説明したいと言われた。 前回のバルーン拡張術、ステント留置術とも 家族は来られないからと断わってきたけど、 今回はそうもいかないな。 幸い今週なら息子が休みがある。 医療福祉の仕事をしている息子には 全て伝えてあるが、 やはり一度聞いておいてもらった方がいいだろう。 もう日が暮れるかという頃、 3人の先生がPICC(中心静脈カテーテル)留置に来られた。 話は聞いてたけど、よりによって今日って。。 (T . T) これで点滴漏れしやすい私でも、 (アミグランド(栄養剤)とは相性が悪い) いちいち針刺しされずに済む。 …のはずだったが、 私の血管状態が悪く、 先生が代わっても4回の針刺しもダメ。 ( ; ; ) 結局、今している点滴ルートを使うことになった。 ☆先生も私も汗だく。 でも、ルートが確保できてからはテキパキと。 やるなぁ、シニア・レジデント☆先生!(^_^)v 酸素吸入と胸痛は続いたけれど、 辛い一日だったけれど、 白々と夜は明けてきた。 明けない夜はない。 運命と闘いなさい! どんなことにも、気がすむまで、しがみつきなさい! 少なくとも、運命がもうたくさんだとあなたから逃げていくまでは。 ーミンデルー |
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今日初めてゆっくり師匠先生から病状説明を受けた。
入院してから10日以上経つ。 その間数日出張に行かれたりしてたみたいだけど、 そういうことなんだなと理解してた。 …つもり。 でも、予想以上に悪かった。 師匠先生も開口一番「大変なことになってるんですよ」と言われた。 今後の治療方法に付いて説明されるが、どうもしっくりこない。 そこで画像を見せられた。 肺を調べるために撮ったCT(造影剤なし)に 写った肝臓の腫瘍はざっと3つ。 それも約4cmのが1つ、2cmのが2つとかなりデカい。 そういうことか。。 甘くみてた。 当然だけど肝臓が悪くなれば命に関わる。 胸の動静脈が塞がっても命に関わる。 このままホルモン剤でソフトランディングでもいいかな、 と思ってたんだけど。。 なんか無責任なような気がしてきた。 とにかく食事ができて、 通院できる体力が付いてからの話だけれど、 また抗がん剤に挑戦してもいいかな、 と思い始めた。 嫌ならすぐに止めればいいんだし。。 やっぱり気になるのは高齢の同居の母。 迷惑掛けるだけで何もできないなら、 さっさとくたばっちゃえ!って話だけど、 そういうもんでもないしね。 ちょうど今読んでる本が決断させてくれたかも。。 とにかく今できることを、今やろうと思う。 どんな時も、人生には、意味がある。 なすべきこと、満たすべき意味が 与えられている。 この人生のどこかに、あなたを必要とする"何か"があり、 あなたを必要とする"誰か"がいる。 そしてその"何か"や"誰か"は、 あなたに発見されるのを"待って"いる。 「生きていくことの意味 トランスパーソナル心理学・9つのヒント」 (諸富祥彦 著) ここまで記事を書いたところで緩和ケアチームの診察があった。 別の医師に話したことでさらに決心が固まった。 身体はもちろん、心も痛まない。 緩和ケアってなんて素敵なんだ‼︎(((o(*゚▽゚*)o))) |
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病院にあるピンクリボンの自販機 6月25日から肺炎で急遽入院。 前回と同じ病棟の同じ部屋。 だから看護師さんとも顔馴染み。 顔馴染みと言えば、 前回入院した時に同室だった患者さんがおられた。 持病があるとどうしても入退院を繰り返してしまう。。 お互い苦笑い^^; 主治医はシニア・レジデント1年生の☆先生。 もちろん、バックにはボスの親父先生がドンと付いてくれている。 そして、29日からは看護学生さんが実習で付いた。 二人とも私の身体を通して学んでくれたらうれしい。 と言うか、、がんサロンへのお誘いと、 学生さんには緩和ケアの重要さを語っておいた。 主治医は「上司にも言っておきます」と言ってもらえたし、 学生さんは若干興味があったのを引っ張り込んだ感じ^^; なんかこれだけでも 今回の私の入院は意味があったなぁと思う^^ |
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関東に住む友人が会いに来てくれた。
それもほぼ突然^^; あまりに急で驚いたけれど、 私も今日なら検査はない。 何より久し振りに顔が見たい。 ワクワクして待っていると、 元気そうな顔がひょっこり覗いた。 彼女はブロ友からリア友になった人。 だから、お互い近況など知ってはいても、 直接会って話したいこともある。 聞けなかった話、積もる話をいろいろと。。 そして、タッチケアっていうのかな? をしてもらった。 咳き込んで痛む胸や背中を あたたかい手が包む。 なんて気持ちええんやろ。。^^ また桜を見たいね!と言って別れた。 コンサートの遠征帰りに 時間をとってくれた友人。 私の状態を気遣って ずいぶん迷ったみたいだったけど、 ベストタイミングだった。 実はその後、 血中酸素濃度が低いとかで 酸素吸入を受けている。 肺炎自体は良くなってそうだが、 咳のし過ぎで胸が痛くて息がし難い。 酸素吸入してベッドに縛り付けられてては、 話もしにくいしね。 やっぱり思った時に実行!って 本当だと思った。 |




