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通院日の夕食時。
検査が決まったからというのでもないだろうけど、
急に喉の詰まり感が強くなった。
迷ってる場合じゃない。
食べられなくなって気温が上がれば体力の消耗も早い。
検査前で手術を受けられるかどうかも分からないが、
心積りだけしておかないと日程がどんどん先送りになる。
明日にでも母に相談しよう。
夜に深刻な話はしたくないしね。
そして翌日。
おそるおそる検査が決まったことと、
もしかしたら入院になるかもしれないことを伝える。
医師から言われた訳ではないが、
胃ろうという選択肢も含めて入院治療の話をする。
要介護2の母、
同じく要介護2で認知症の老人介護施設に入所中のじーさん。
じーさんの入所費用に加えて私の入院費用、
母の家事労働の負担、
日中は母一人になるので目が届かない心配もある。
社会人3年生の息子には頼れないし。。
そうしたら、「なるようになる」と母が言ってくれた。
胃ろうも最後の話にしようと。
有難かった。
治療を続けるだけでも贅沢な話だが、
入退院を繰り返すかもしれない治療を勧めてくれた。
がんが恐ろしいのはその先にある死も恐ろしいけれど、
看護や費用の問題がもっと恐ろしい。
いつまでどれだけ掛かるか分からないのだから。。
これは高齢者の介護もだけど。
とにかくそうと決まった以上、行けるところまで行くしかない。
私、受けて立ちます! (`・ω´・ )b
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再発転移〜2015
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詳細
1988年、26歳で乳がんを発症。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
20年以上経っての再発転移に驚いたけど がんだって私。
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
コメント(19)
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今週は異動される主治医の最後の受診だった。
いつもは座る所もないほどいっぱいの患者さんであふれているのに、
まるで午後の診察のように空いている席が多い。
診察に呼ばれるのも今までで最速。
もしかして今日は、気になる人だけ呼ばれたのかも?
なんて想像もしてしまう。
今回は呼吸器科の受診はないので現状は分からないが、
ステロイド剤を投薬中なので、結局、Y先生の在席中は
最後まで抗がん剤治療はなし。
ただ、食道の詰まり感は進行している。
一旦詰まりだすとその先は早い。
これだけは訊いておかなければ、という質問をぶつけてみる。
「肺の状態は相変わらずですが、
(食道の)狭窄が進んでいるように思います。
今後この状態で抗がん剤治療とかできますか?」と。
すると実に明快な答えが返ってきた。
「どの抗がん剤にも副作用に間質性肺炎が挙げられています。
肺炎になると死にますから」。
他に転移など見られない限りお勧めはできないと。
なるほどごもっとも。
「がん治療中に肺炎で死去」というのは有名人の訃報でもお馴染み。
おまけに食道狭窄自体では死なない。
この時代、胃ろうという手もあるしね。
(できればやりたくないけど)
現状では抗がん剤はリスクが大き過ぎる。
どこまでいってもリスクとベネフィットのシーソーゲームなんだな、
と改めて。。
まぁしかし、これで気になっていた問題も解決した。
後はお礼とご挨拶。
でもいざとなると「ありがとうございました」と「お世話になりました」
の言葉しか出てこない。
こんなこともあろうかと前もって絵手紙を出しておいて良かった。
もう何年も前、うつ病の治療中から異動される先生には絵を渡してきた。
決してうまい絵ではないけれど、感謝の気持ちはこもっているかと。。
次回の予約をしてお礼を言っておしまい。
あっさりと終わったが、一瞬でも残るものを渡せたのはうれしい。
ま、ただの自己満足なんだけどね。。^^;
そのまま外科の報告を持って消化器科へ。
狭窄が進んでいることを伝えると、胃カメラと胃透視をすることになった。
前回の胃カメラの画像でも狭くなっている箇所が映っている。
今度は前回入れたステントの上部。
「またステントでいけますか?」と訊いてみる。
検査をしないと何とも言えないが、最初からダメということはないみたい。
ただ、そうするとまた入院になる。
費用も掛かる。高齢の母に負担も掛ける。
何が辛いって、病状悪化と医療費の話を母に伝えるのが一番辛い。
(今でも母が現役の大蔵省^^;)
口から食べられるのはうれしいが、
同じ手術をするなら一足飛びに胃ろうという選択肢もある。
母の負担を考えればね。。
"普通"であろうとするとお金が掛かる。
治療をするということは私の我がままだろうか。。
告知をされるのも辛いが、する方はもっと辛い。
急に言ったら心配するだろうから、じわじわ言うしかないだろうな。。
何て言おうか?…悩みながら帰宅。 (; ̄^ ̄)ウーン
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ある日、Twitterにつぶやきを入れようとして
「縦隔部」という漢字を検索した。
念のため、「縦隔部腫瘍」というサイトで確認すると。。
あ!これや!!
ずっと気になっていた症状がそこにあった。
再発当初は、何度も何度も繰り返し見たサイト。
もう今更、新しい発見もないと思っていたのに。。 私の病気は乳がん。
でも、遠隔転移した場所は縦隔部(胸の中央部)だから、
縦隔部腫瘍という病名で調べると思い当たる部分が多い。
今回もそうだった。
昨年夏に食道狭窄を起こして30kgまで痩せた。
当然、体型や顔付きはガラリと変わった。
身体は骨格標本、
頬はこけ目は落ち窪み、一見するとサルのよう。。
その後、バルーン拡張術、ステント留置術と受けて、
最近ようやく40kgを越えた。
やっと人間らしい身体になった。
(と思ったら、胃腸炎で2kg減)
でも、右目だけ違和感があった。
疲れからなのか、特に夕方頃になると目が落ち窪む。
瞼が開かなくて半眼のようになることも。。
グッと目力を入れないと爬虫類の目のようだ。
何やろう?と思っていたところで冒頭部分へ戻る。
右側の声帯麻痺。
右側の肺転移。
胸には大事な神経がいっぱい。
素人考えでも症状があっておかしくないと思う。
ちゃんと生きてるし食べられてるし、大したことない!
納得させようとしてもやっぱり気になる。
シミやシワ、たるみができても当然のお年頃。
綺麗にして誰に見せるわけでもなし。。
でも、顔の片側だけ壊れていくのは恐ろしい。
前回の診察で訊いておけば良かった、と思っても後の祭り。
かと言って、それだけ訊きに行くのもなぁ。。
悶々とした日を送っていた頃、
きぃこ☆クッキーさんのネット配信があった。
ほわっとした声に癒やされた後、
アンコール曲は私の大好きな「ジャンボリー!!!」。
うまく出ない声で私も一緒に歌った。楽しかった。
そこでふと思った。
そうや!耳があるやん!!
突然極端な話だけれど、
もし片目と片耳のどちらかを差し出せと言われたら、
今なら目の方がマシかもしれない。
元々私は不同視で、右目は弱視に近いほど視力が弱い。
でも、耳は音楽も聴きたいし朗読で癒されたい。
音は失いたくない‼︎
そこで吹っ切れた。
いや、吹っ切った!
後は今の状態が本当にそうなのか医師に尋ねるだけ。
主治医は今月で異動だけれど、
女性医師なので美容の観点からも訊きやすい。
結果、
腫瘍が原因で眼球陥凹(かんおう)など引き起こすこともあるが、
その場合、症状は固定しているとのこと。
私のように日内変動や体調で変動することはなく、
別の病気が考えられるかも、と。。
眼科の受診をされますか?と訊かれたけれど、
今のところ生活に支障はないので、と断った。
診断が付いたところで五十歩百歩。
もう既に食道ステントを入れた他の部分の狭窄も始まっているし、
一つ一つ機能が失われていくのは避けられない。
不安がないと言えば嘘になる、
悲しくないかと問われればそれは悲しい。
でも、この夏が来れば再発して5年。
しがみつかずに手放して生きることを選んだ私の生き方。
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8日間寝込んだ。
急に寒気が来たかと思ったら、
絶え間ない嘔吐と若干の下痢と腹痛。
とにかく動けなかった。
母が心配して救急車を呼ぼうか?往診を頼もうか?
と心配してくれるが、それも邪魔臭かった。
幸い水分は摂れて、
どうにかこうにかトイレには行けたので
それ以外はただじっと横になるだけ。
気力という気力が失せていた。
楽しみにしていたがんサロンなども全て不参加。
ただ、呼吸器科、外科、消化器科の3科受診の予約日には
何とか体力も回復。
まるで寝込むのも予定してあったみたいだ。
その間のいきさつを親父先生に報告すると、
「胃腸炎やな」と一言。
茶色の液体ばかり吐いていたので、
もしかしてどこか出血?と頭をかすめたけど、
やっぱり違ったみたい。
そして、もう一つの気がかりが。。
寝込んでいた間、胸痛背痛がひどかったこと。
たぶん大丈夫だと思うけど、と言いつつ心電図検査。
見込み通り異常なし。
おそらく食道炎だろうって。
聴診も「いろんな音がする」とかで、
いつもの短期間抗生剤投与パターン。
当然、それを受けてTS-1(抗がん剤)は延期。
主治医の異動前の最終週に診察の予約が入った。
気にしてもらえてるんだな。有難いことだ。
そして、さらにもう一つの気がかりを質問する。
ズバリ回答の主治医にはぜひとも訊いておきたかった。
(詳細はまた次回)
解決はしてないけれど、可能性を聞いただけで安心した。
誤魔化さずちゃんと答えてくれる人の存在は頼もしい。
消化器科ではその気がかりを引き継ぎ報告。
(新しい主治医が問題視してくれるとは限らないので)
外科とは違うアプローチをしてもらえるようだ。
これで何かあっても安心!
ちなみにこれは、
寝込む前にブロ友さんのところで紹介されていた本。
そのブロ友さんも言われていたけれど、
元看護師さんの闘病がリアルで印象的。
何の根拠もなく、
それなりにゴールまで上手くたどり着けるんじゃないかな?
と思っていたが、
いろんな意味で見込み違いになり得ること。
「死は怖くないが死までのプロセスは怖い」に共感。
そして著者(中澤正夫さん)の、
「医学部の同級会では、がんを撲滅したら、
人は一体なにで死んだらいいのだろうという、
不謹慎かつ率直な話題が出ます」にはさらに大きく共感。
じーさん92歳。
要介護2。認知症は進むも我々以上に元気。 _ノ乙(、ン、)_ |
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先週は外科受診のみ。
Y先生、先々週撮ったCT画像を見ながら、
やっぱり今週もTS-1(抗がん剤)は延期と決定。
肺の状態が良くならず、
抗生剤もステロイド剤も処方されてれば当然のことだけど。
それから、正式に報告があった。
主治医のY先生、今年度で異動されるらしい。
前回の受診に
薬剤師さんから情報が入っていたので驚かなかったけど、
医師の異動はいつもながら寂しい。
はっきり物を言ってくれる先生なので好きだったんだけどな。。
例えば今回も、
腫瘍が大きくなると血管の破裂が起こる症例を淡々と話された。
事実は事実としてちゃんと知っておきたい方なので
私としてはとても有難い。
「私がいる間にTS-1を始められるといいんですけどね」
と言われたけれど、
抗がん剤治療をしない間は副作用もないので
これも悪くないかなと思い始めている。
口には出さないけれど。。
診察室を出ると私が一番最後の診察みたいだったので、
もう少しお話しておけばおけば良かったかな。。
薬局では情報をくれた薬剤師さんと話すことができて、
Y先生の異動の話になって、
「話しやすい先生だったので残念ですね」と言われた。
でも、『残念』と言われるとちょっと違うのよね。。
だって、某有名病院に行かれるみたいだし。
名前で有難がるわけじゃないけれど、
それを頼りに全国から患者さんが来られるんだもの。
いい経験になると思うし、
何よりめっちゃチャレンジャーじゃない!
立場は違えど私も頑張ろうと思った。(`・ω´・ )b |




