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今週は外科の判定のためのCT検査。
それと、呼吸器科と消化器科の受診。
さっき撮ったばかりなのに、
診察室に入ると
親父先生が既にCT画面をモニターに映しておられた。
開口一番、「肺、綺麗やで!^^」とご機嫌。
(今日検査があることはご存じないはずなのだが。。)
いつもは丁寧な聴診もパパっと済ませて、
「よっしゃ!合格!! 音、してへん!」とガッツポーズ!
ヨッシャ━━.+゚ヽ(*`゚∀゚´)ノ.+゚━━ッ♪
4週間のうち2週間で抗生剤を打ち切り、
あとは普通に咳止めだけ。
断薬後5日もすれば咳や痰が出るし、
原因が特定されない痛みも出て、
夜間だけでも痛み止め使うか悩む日々。
それでも、この状態に慣れたと言えば慣れてきたし、
親父先生も言う通り、全体として良くはなってきている。
「顔色も良うなったし、肉も付いてきた」
「(ちょっと前まで)ガリッガリ
でも、だからって完治じゃないのだわ。
あとで確認するとやっぱり処方箋には
抗生剤(今回も途中で打ち切り)が出ていたし、
「あとは他(の科)でやな」と言われる通り、
呼吸器は今のやり方が私に合ってるってことで、
親父先生ご自身の合格という意味もあるんだろうな。
まぁ、いずれにしても二人で勝ち取った合格。
素直に喜ばせてもらいましょ♪ヽ(*^ω^*)ノ
消化器科のK先生に
「呼吸器科で合格って言われました」と言うと大喜びされて、
食道のステント部分もチェックしてもらったけど、
ちゃんと入ってるみたい。
ただ、それ以外に若干狭い部分があるみたいだけど、
「これぐらいあれば大丈夫でしょう」とのことで。。
ステント留置術は姑息な手段と言われるらしいけど、
その通りなんだろうなと思わせる瞬間。
正式な所見も出てないしK先生は主治医ではないから、
転移その他の判定は不明。
この辺りの領域を侵さない"住み分け"は
いつもながら見事!( ̄∇ ̄;)
それから数日後。
抗生剤のお陰で咳き込む回数も減り、
かなり眠れるようになった。
同時に背中辺りの痛みもずいぶんとマシになった。
が、やはり『合格』というには程遠い。(*_*)
相変わらず咳と痰は続くし、
悪い方の肺を下にして寝ると溺れるようなのも変わらず、
痛みの方も痛み止めを服用するかどうか夜毎悩ましい。
以前はこの"良くなった"と言われても
体感としてスッキリしないギャップと、
(期待を持たされるだけに、結果として裏切られたように感じる)
診療科目を越えた問題には対応がなされず
イラッときてたけど。。
(例えば、原因が特定されない痛みについては、
こちらから申告しない限り向こうからアクションはない)
こんなもんだろうという慣れやら諦めやら、
症状と薬の副作用を天秤に掛けて、
でも、体調全体として見ればまあまあだから
これで良しとせねばならんのだろうな。。
このがんという病、なかなか度量を試される。 ( ´Д` ) ウーム… |
再発転移〜2015
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詳細
1988年、26歳で乳がんを発症。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
2010年、声が出なくなり反回神経麻痺と診断され、
検査結果から乳がんの肺転移と縦隔リンパ節転移が発覚。
2012年には食道への浸潤が判明。
現在、ホルモン療法(ノルバデックス→フェアストン)と
化学療法(ドセタキセル→アブラキサン→ハラヴェン)
2014年からは放射線治療、
同年、バルーン拡張術、ステント挿入術、
ホルモン療法(フェソロデックス→フェマーラ)を受けています。
20年以上経っての再発転移に驚いたけど がんだって私。
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
「がん子」と名付けて、これからもいきますよ!^^
コメント(17)
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今週は外科と消化器科受診。
まずは外科で年末の42℃発熱事件を報告。
いつもながら何があってもクールビューティーなY先生。
沈着冷静でカッコいい!( ̄ー ̄)b
それよりも当然、抗生剤服用中だから
またTS-1(抗がん剤)開始予定が流れる。
これまで手ぐすね引いて待たれてる感がったので
何か言われるかなと思ったけど、想像してたリアクションは真逆。
「転移が無ければ、
このままフェマーラ(ホルモン剤)でいくという手もありますね」
と言われた。
昨年秋に検査してもらって、
私にはホルモン剤はあまり効かないことが分かっている。
それを分かった上でのこの発言。
軽く驚いたけど、確かにそうだ。
再発組は現状維持できれば上出来で治療(完治)が目的じゃない。
血液検査の結果、アルブミンの数値もだいぶ回復して
栄養状態もいいみたいだし、
このままダラダラと行けるところまで行くのもありだな、と思った。
危うく頑張りどこを間違えるところだった。
とりあえず、来月のCT検査で現状を評価。
画像では食道に入れたステントが光るとかで
リンパ節の状態など正確な評価はできないらしいが、
まずは食道の通りと遠隔転移がないかを確認。
そして、そのやりとりの中で私の立ち位置も再確認。
目標を見失った感じでフワフワするけど、
まあまあ、なんとか、それなりに、、
分からないことは分からないままでもいいかな、って。
気持ちを切り替えて消化器科へ。
K先生は共感型。
発熱に驚き、食べられることを一緒に喜んでもらえる。
「やっぱり、口から食べられるのはいいですね。
精神衛生的にも体力的にも全く違います」と言うと、
「そりゃ、そうだよね〜」と深く頷いて納得されていた。
症状がいろいろあって
身体と通院のしんどさはあるけれども、
それぞれの先生にそれぞれの報告をして
その先生らしいリアクションと言葉をもらえるのは
一人で抱え込まずに済むのでとても有難い。
年末年始のバタバタも落ち着いて通院もゆっくりペースになった。
これで症状も落ち着いていれば自分の時間が持てそうだ。
薬局で気になる話を聞いたけど、、まぁそれも何とかなるだろう。
(そう言えば、異動の季節なんだわ)
なんだかんだで
しぶとく生きられるようになった自分に拍手!
( ̄∇ ̄ノノ"パチパチパチ!!
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かわいいフリー素材集いらすとや さんよりお借りしました<(_ _*)>
「心配やから年末にもおいで」
と親父先生の最終週の診察に予約を入れてもらって、
気を遣って予約で満杯の年始にも
無理やり予約をねじ込んでもらった今年の診察始め。
まずは今年もお世話になりますとご挨拶した後、
いつものご報告になるのだけれど。。
「年末30日に急な悪寒の後、42℃の発熱がありました」と言うと、
「42℃て、久し振りに聞いたな。(゚д゚;)」
と例の苦笑いを含みながら驚かれた。
(あーたはいろいろ持ってるから、何があってもおかしないわ)
という親父ゴコロがありあり。。^^;
ついでに、その時のことを詳しく実況すると。。
まずは急な悪寒で歯の根が合わないわ、股ぐらも合わないわ。
((((;゚;Д;゚;))))ガクガクブルブルガチガチカタカタ…
すると今度は熱が出てきたみたいで、
取り出した温度計を見てみると「42℃」の表示が。。
人生初の数字でもうビックリ!(゚ω゚ノ)ノ
これはもう見なかったことにして、
ストックしていたカロナール(解熱剤&痛み止め)を飲んで
そそくさと寝てしまった。
その日は食事は喉を通らないものの水分は摂れたし、
熱も38℃代まで下がったので、救急受診も止めてとりあえず様子見。
お陰でかなり荒療治だったが翌日には平熱まで下がった。
病み上がりで無理はできないし大掃除もパスしたけど、
思いがけずゆっくりしたお正月を過ごすことができた。
まぁ、そんなこんなを
皆まで言わないまでも分かってくれるのが親父先生。
「とにかく、音聴こ!」
と聴診が始まると「痰の音は減ってるわ」とご満悦。(*^д^)b
「(菌も)秋田の人が急にインドネシア行ったみたいなもんで、
こんなんなっとったんやろ? ヘ(゚ω、゚)ノ~〜〜 ㄟㄋㄟㄋ〜」だって。。
(こういうお茶目なところが好き^m^)
そりゃあそうだ!
人間が作った小賢しい抗生剤より
自然治癒力の方が偉大だ!と思う…いや思いたい^^;
処方薬はそのまま、受診日は4週後になった。
「調子悪なったら、いつでも来てええからな!」
と肩を叩いてもらって。。^^
意外に早く終わって薬局で待っていたら、
担当の薬剤師さんが来られたので、年始のご挨拶と昨年のお礼を言う。
実は前回、病院から帰宅後、
増薬した新しい抗生剤が強い薬で私には心配だから、
と親父先生に確認後、異常があれば服薬を中止するよう、
わざわざうちまで電話をいただいていたのだ。
その時のことを言うと、
「『僕もちゃんと診てるから大丈夫!』と先生も言われてましたよ」
とかなり丁寧に言われたとか。
それぞれのプロにちゃんとチェックされている。
今どきの臓器やパーツで診る診察じゃなく、
ちゃんと一人の人として診てもらっているのが本当に有難い。
家でそのことを母に言うと、
「相手も人やからな、
こっちもちゃんとせんと、してもらわれへんわな」って。
ほんまそやね。
おべんちゃらを言う気はないけど、
お礼とか気持ちとかちゃんと伝えとかんとあかんね。
特に大事な人には。。(*´∀`)b |





