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その日は、中学校の入学式だった。
お隣同士で仲の良い神戸(かんべ)家と松下家。
神戸家からは翔矢と久留美の男女の異性の双子、
松下家からは綾奈が、地元の中学校に入学した。
3人とも幼馴染みで、生まれた時からの親友であった。
そして、3人一緒に小学校生活を無事終え、
今日の晴れの舞台を一緒に迎える・・・はずだった。
しかし、入学式の場には、久留美の姿だけが無かった。
その時、久留美は病院にいたのである。
久留美は、小6の2学期の時、その命を奪うおそれがあるほどの病にかかり、
長期入院を余儀なくされてしまっていたのだ。
それでも久留美は、何とか小学校の卒業式には出ようと頑張ったが、
結局、直前に容態が急変し、小学校の卒業式どころか、
中学の入学式まで出られなかったのである。
だから翔矢と綾奈は、入学式が終わった後、
そのまますぐに久留美が入院する病院に向かった。
もちろん、初めての制服姿を見てもらうために・・・
久留美は、地元の総合病院の1人部屋に隔離されていた。
綾奈たちが久留美の病室を訪ねた時、久留美は、ぼうっとテレビを見ていたが、
綾奈の姿が見えると、たちまち笑顔になって2人を迎えた。
久留美「遅いじゃん、待ちくたびれたよ。」
綾奈「ごめん。結構、先生の話が長引いちゃって。」
久留美「担任は男? 女?」
綾奈「女の人。40代くらいかな?」
久留美「なぁ〜んだ。早速、学生生活をつまらなくする要素が増えちゃったね。」
綾奈「何で?」
久留美「男の人で、若くて格好良かったら、禁断の恋・・・なんて期待出来るじゃん。」
綾奈「またぁ、久留美ってば、そんな事ばっかり。」
命を削る闘病生活を送っている病人とは思えないほどの饒舌だったが、
久留美は、そんな性格の女の子で、入院してからもそれは変わらなかった。
翔矢「相変わらずうるせぇ女だ。」
久留美「あれ、翔矢もいたの?」
翔矢「綾奈の付き添いだ。お前のためじゃねぇよ。」
これも、いつもの感じだ。
翔矢は、久留美に対してはツンツンしていて可愛げがない。
けれども、心が通じ合ってないわけではなかった。
傍から見ると、仲の悪い双子みたいだったが、
実は、それなりに仲は良い・・・というタイプの双子だった。
久留美「それにしても、綾奈は制服が似合うね。かなり可愛いよ。」
綾奈「ありがとう。」
久留美「翔矢は、馬子にも衣装だね。」
翔矢「・・・・」
綾奈「ねぇ、それより久留美も制服着ようよ。一緒に記念撮影しよ。」
そして翔矢は、一旦病室から出され、綾奈がその着替えを手伝った。
久留美は、二度の大手術を受けていたが、
その闘病の後は、ものすごく痛々しかった。
久留美は、太っていたわけではなかったが、
健康美程度に肉付きは良い方だった。
けれども、病室着を脱いだその体は、
骨や欠陥が浮き出るほどに痩せ衰え、
肌は、日焼けとは明らかに違う色で黒ずんでいた。
綾奈は、それを初めて見るわけではなかったが、
見る度に胸をえぐられるような思いになり、目頭も熱くなった。
久留美も、綾奈の前だけでは、翔矢には見せない弱音を吐いた。
久留美「やんなっちゃう。着替えさえも自分1人で出来ないなんて・・・」
そして久留美は、綾奈に手伝ってもらって制服に着替えると、鏡の前に立った。
しかし、その久留美には、肝心なものが無かった。
久留美「やっぱり、ハゲじゃ似合わないね。
髪の毛があれば、男子の視線を釘付けにする自信があるのにな・・・」
久留美の髪は、闘病生活の中で全て抜け落ちてしまっていた。
そして綾奈は、そうした時、うまく慰めの言葉が言えない自分が悔しかった。
それから翔矢が再び病室に戻り、3人揃って中学入学の記念撮影をした。
久留美は、しばらく制服の感触を味わってから、
また、翔矢を追い出し、綾奈に手伝ってもらって病室着に着替えた。
久留美「ところで綾奈は、部活どこにするか決めた?」
綾奈「え、まだだけど。翔君は?」
翔矢「俺もまだ。」
ただ、部活に関しては、綾奈は以前から考えている事があった。
それは、部活に入らないという選択。
そうすれば、出来るだけ長く久留美に付き添う事が出来る。
そう思っていた綾奈は、久留美が喜ぶだろうと思いつつそれを言った。
綾奈「でも、私は部活に入らないでおこうかなって思ってるんだ。」
だが、次の瞬間、久留美が表情を一変させ、声を荒げた。
久留美「何で!? 勿体無いよ。長いようで中学生活は3年間だけなんだよ?
後で振り返ったって、二度と戻れないんだから。
何かひとつだけでも、一生懸命やった方がいいよ!」
そう言われて、綾奈ははっとなった。
そして、自分の浅はかさを激しく後悔した。
学校に通いたくても通えない久留美を目の前にして、
やりたくても出来ない部活をやらないなんて無神経な事を言えば、
久留美が怒るのは当たり前だった。
もちろん、そう言ったのは、久留美と一緒にいたいためだったが、
今更それも言えなかった。
言えば久留美は、自分のために綾奈が部活を出来ないのだと、
自分を責めてしまうだろう。
でも、部活に入れば、久留美との時間が作れなくなってしまう。
どうしたら良いか・・・
久留美「でも、綾奈の性格から考えて運動部は無いよね。
言ったらあれだけど、綾奈はウンチ(運動音痴)だし・・・」
綾奈「そ、そうだね。」
久留美「文化部だったら・・・写真部に入れば?」
綾奈「写真部? 何で?」
久留美「お兄ちゃんがいるから。」
綾奈「え? 輝君って写真部だったの?」
お兄ちゃんとは、翔矢と久留美の二つ上の兄の輝明だった。
綾奈は「輝君」と呼んでいたが、
写真部に入っていた事は、綾奈は知らなかった。
久留美「お兄ちゃんの話だと、写真部は、結構活動が自由らしいし。
それに綾奈は人見知りするから、知り合いがいた方がやりやすいでしょ。」
綾奈「写真部ね・・・」
綾奈にとっては、思いもしなかった部活だったが、
勧められて、まんざらでもない気がした。
久留美「とりあえず、お兄ちゃんに写真部の事聞いてみなよ。
昔は、写真部っていうと根暗なイメージがあったけど、
今は、カメラを趣味にしている芸能人も多いしね。
綾奈でもやっていけると思うよ。
それでさ、写真いっぱい撮って私に見せてよ。」
綾奈は、それなら久留美のためにもなると思い、
段々、写真部に魅かれていった。
ただ、そんな綾奈の様子を、翔矢は、面白くない感じで見ていた。
綾奈が、写真部に魅かれた理由が、それだけではなかったからだ。
綾奈には、もう1人、今日の制服姿を間近で見てもらいたい人がいたのである。
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