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輝明は、無言の帰宅をした。
輝明は自宅の仏間に安置され、輝明の突然の訃報を聞いた弔問客が次々と訪れた。
綾奈は、そんな輝明の傍らで正座していた。
これより前、綾奈は、
輝明よりも先に帰宅し、シャワーを浴びて着替えを済ませていた。
その時、自分でも信じられないほど綾奈は気丈だった。
家に帰る事も、シャワーを浴びる事も、着替える事も淡々と出来た。
輝明が死んだというのに・・・
自分の薄情さに綾奈は呆れてしまったが、
輝明から離れたら、輝明が死んだ事が信じられなくなってしまったのだ。
何しろ、一歩外に出たら、そこはいつもと変わらない景色なのだ。
輝明が生きていた時のままと全く変わらない。
帰りの道も、帰ってきた家も、何も変わっていない。
そんな景色を見続けていたら、
輝明が死んだ事を忘れそうになるくらい、それが信じられなくなった。
けれども・・・着替えを終えて輝明の家に行ったら、
そこには確かに輝明の亡骸があった。
でも、本当に死んでしまったのか・・・まだ信じられない。
綾奈は、弔問客になど目もくれず、
白布のかかった輝明の顔をじっと見つめ続けた。
やがて弔問客もいなくなり、時計も午後11時を回ろうとしていた。
しかし、綾奈はそこを動かなかった。
誰が綾奈を呼びに来ても、綾奈は、輝明の傍を離れようとはしなかった。
夕飯も食べず、ただ黙って、じっと輝明の顔を見つめ続けた。
そんな綾奈の姿を見て、輝明の母親も気丈さを取り戻していた。
母親「きっと、輝明がさみしがってるのよ。綾奈ちゃんに傍にいて欲しくて。」
ただ、やはり綾奈に何も食べさせないわけにもいかなかった。
綾奈は、昼も食べていない状態なのだ。
すると、輝明の母親は、
大皿にいっぱいのおにぎりを作り、それを翔矢に持たせた。
翔矢ならば・・・母親は、そう思ったのだ。
翔矢が仏間に入った。
翔矢「綾奈、飯食おうぜ。母さんがおにぎり作ってくれたから。」
しかし、綾奈は見向きもしない。
けれども翔矢は、こう言えば綾奈が振り向くような気がした。
翔矢「兄貴も腹減ってるってさ。」
その時、翔矢は、綾奈が微妙に反応したのを見逃さなかった。
翔矢「兄貴だって、晩飯食ってないんだぜ。」
綾奈「・・・そうだね。輝君もおなか空いたって言ってる。」
綾奈が久しぶりに口を開いた。
翔矢は、綾奈の傍らに大皿を置くと、そこからおにぎりをひとつ取って食べた。
翔矢「ほら、綾奈も食えよ。」
綾奈「私は、輝君が食べ終わってからでいいよ・・・」
翔矢「なに付き合い悪い事言ってんだよ。
みんなで食べようって時に1人だけ食べない奴がいたら白けるだろうが。
一緒に食おうぜ。兄貴だって、食えって言ってるだろうが。」
綾奈「うん・・・でも、お腹空いてないから・・・」
梨のつぶての綾奈を見て、翔矢は、ちょっとだけキレた。
やれやれと大きくため息をつくと、翔矢は言った。
翔矢「お前、死にたいのか?」
綾奈「・・・・」
翔矢「そういう顔してるよ。何かどうでもいいって感じのさ。
だけどお前、久留美が危篤の時、どう思ってた?
生きろって思わなかったか? 久留美に頑張れって思わなかったか?」
綾奈「・・・・」
翔矢「そのお前が何だよ、その顔はよ。他人に生きろって言っておいて、
兄貴が死んだくらいで、死にそうです、死にたいですって顔は!?」
兄貴が死んだくらい・・・その言葉に、綾奈が声を荒げた。
綾奈「何その言い方? 輝君が死んだんだよ! それくらいって何よ!?」
翔矢「そうだ、兄貴は死んだよ。綾奈が悲しいのだって分かるよ。
だけどな、俺にとっては兄貴は全てじゃないし、
綾奈にとっても、兄貴は全てじゃないだろうが!!」
綾奈「ち、違・・・」
綾奈は、言葉に詰まった。その時、頭によぎったものが詰まらせたのだ。
頭によぎったもの・・・それは、翔矢と久留美だった。
翔矢の言うとおりだった。自分にとって輝明は全てではなかった。
それを認めたくない自分もいた。
恋人とは、お互いが相手に全てを依存する関係・・・
そう思っていた綾奈にとって、輝明が全てではないと認める事は、
輝明との恋人関係の否定、つまり嘘だったと認める事になる。
けれども、久留美や翔矢の事を思うと、
輝明を思うのと同じ時くらい胸が熱くなるのだった。
認めたくないのに・・・綾奈は、それを認めざるを得なかった。
翔矢「綾奈には、まだ久留美がいるし・・・俺もいるだろうが・・・」
その言葉が、綾奈の心に強く響いた。
翔矢「あ、そうだ。綾奈が兄貴に渡した弁当箱、すっごく綺麗に食べられてたぜ。
米粒ひとつ残ってなかった。よほどうまい弁当だったんだろうな。」
綾奈は、穏やかな顔でまた輝明の顔を見ていた。
すると翔矢は、輝明の顔にかかっていた白布を取った。
真っ白な顔で安らかに眠る輝明の顔が見えた。
翔矢「そんな布越しに見てないで、直接見ればいいじゃん。」
綾奈「・・・・」
翔矢「俺だって信じられないさ。兄貴が死んだなんてさ。
だから泣く事も出来ない。泣いたら兄貴に馬鹿にされそうだからな。
でも、兄貴は薄情な奴だって怒ってるだろうな。」
綾奈「ねぇ、翔君・・・」
翔矢「ん?」
綾奈「だったら、一緒に泣こうか?」
翔矢「そんな事言われても急には泣けねぇよ・・・」
綾奈「じゃあ、私が泣くから抱きしめてくれる?」
綾奈は、小首を傾げて翔矢に言った。
不意の綾奈の言葉に、翔矢はきょとんとした。
綾奈「輝君の顔見てたら、ちょっと辛くなってきちゃった。」
翔矢「・・・・」
綾奈「ねぇ、いい?」
翔矢「あ、ああ、いいよ・・・」
すると綾奈は、翔矢の胸の中に顔を埋め静かに泣き始めた。
今まで堪えていたものを少しずつ少しずつ開放するように、
綾奈は、長い時間、静かに泣き続けた。
翔矢は、そんな綾奈の体を優しく抱きしめ、それからしばらくの時間が過ぎた・・・
やがて、綾奈の涙も枯れ果てようとしていた。
綾奈は、輝明と同じぬくもりと匂いのする翔矢の胸の中で、
輝明との思い出を懐古していた。
そして綾奈は、あの約束を思い出した。
それは、夏休みに輝明とした約束・・・
綾奈は、心の中で輝明に語りかけていた。
綾奈(約束を果たせば、15歳の人生でも満足出来る?)
そして綾奈は、翔矢の胸の中から離れた。
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