|
菊「私を由美のように抱いて下さい。」
菊は、凛として正座し、頭を深く伏せ辰業に懇願した。
その菊の覚悟を見た辰業は、全てを話す事を決意した。
辰業「菊、わしは、お前の事が好きじゃ。決して嫌いではない。」
菊「なら・・・私を夜伽の相手にして下さい。」
辰業「だが、わしは、お前を生まれた時から知っている。
しかも、無二の親友の新左の娘じゃ。
わしは、娘のようにお前を思っている。
だからこそ、女としては愛せぬのだ。」
菊「・・・・」
辰業「それに、しきたりとは言え、お前をわしのような年寄りに嫁がせるのはあまりにも酷じゃ。
わしが、相応しい若き夫を探す。
娘として思えばこそ、お前には、女として幸せになってほしいのだ。」
すると菊は、それまで伏せていた頭を挙げ、
辰業の目を真っ直ぐに見つめて言った。
菊「私の幸せを願うなら、私を妻にして下さい。」
辰業「・・・・」
その迫力に、辰業は言葉を失った。
菊「私は、辰業様の妻になる事を宿命付けられてこの世に生まれました。
そして、辰業様の妻となるべく今日まで生きてきました。
私は、辰業様の妻となるために今生きているのです。
私から生きる意味を奪わないで下さい。
私の幸せを願っていただけるなら、
天命のままに私を辰業様の妻として生きさせて下さい。
それが、私の幸せです。」
その時辰業は、菊に完全に圧倒されていた。
13歳の娘に過ぎない・・・そう思っていたものが、
その13歳の娘が持つ"女"というものに圧倒されたのだ。
辰業は、菊に強い女の姿を見た。
菊「私は、辰業様の妻になれないなら、一生誰のもとにも嫁ぎません。
このまま出家して尼になるか、この命を絶ちます。」
辰業「わしは、一生お前を娘としてしか愛せぬかも知れぬ・・・」
菊「私を女として愛せないならば、それは私の器量が至らぬからです。
私は、辰業様をお慕いしております。
もし、私を女として愛せないというなら、
必ず、女として愛せるようにいたしまする。」
辰業「わしは今、ここにいる由美を女としては一番愛しておる。
それでも良いのか?」
菊「辰業様が由美を愛したとしても、それは構いません。
ただ、私が一番愛される女になってみせます。
だから、私を妻にして下さい。」
その菊の姿を見ていた由美は、いずれ自分は菊に負けるだろうと覚悟した。
それは、自分がいずれ老い、若さに負けるとか、そういう次元のものではなかった。
例え、自分が一生老いなかったとしても、
自分は、菊に女として負けるだろう・・・そう思ったのである。
ただ、その敗北感は、由美にとってなぜか、
この女(ひと)になら負けてもいい・・・
そう思えるすがすがしい敗北感であった。
そして、菊の女としての覚悟を見た辰業は、自らも決意を固めた。
辰業「分かった。わしはお前を妻としよう。
共に、しきたりという名の呪縛に身を捧げよう。」
菊「ありがたき幸せにござります・・・」
こうして、一度延期された婚礼の日取りは、
最初に決めた通り、執り行われる事が決まった。
天正6年(1578年)正月吉日、
菊は、しきたりに従い、山田八郎家の娘として、
山田筑後守家の当主の辰業に嫁いだ。
菊13歳、辰業は51歳であった。
※写真
打越(うちこし・小字名)の水田。向かって左手の山が、山田の西の境界になっている。
この奥の右手に入ったところに山田城がある。
|