私は、三郷への里帰りの最後に
私が卒園した"いなほ幼稚園"に立ち寄った
私は、この幼稚園に中途入園し、
この幼稚園を卒園していった
その前は、また別の土地にいて
第八保育園という保育園に通っていたが、
今はもう、何の第八保育園だったのかも覚えていない
その保育園の建物も、平屋で横に広いという
どこにでもあるような幼稚園・保育園の建物の形をおぼろげに覚えているだけで、
周囲の景色は、私の記憶の中では真っ白になっている
第八保育園での唯一の思い出は、
私の親は、迎えに来るのがいつも最後で、
私が夜遅くまで残されて、
夜、父親が、緑のブルーバードで迎えに来た記憶だけだ
もし、物心ついてからそんな仕打ちをされていたらグレていただろうが、
まだ幼かった私は、待たされても迎えに来てくれる親が嬉しかった・・・
いなほ幼稚園に中途入園した初日、
私は、みんなの前で大泣きした
いわゆるありがちな理由でと思ってもらっていい
誰にも、そんな思い出や、そういう光景を見た記憶があるはずだ
私は、本当は中にも入りたい気持ちだったが、
元卒園者と言っても、今は無関係の人間
訪れたのも、幼稚園児がいないであろう日曜日をあえて選んでいる
私は、周囲を歩いて写真だけを撮った
それでも、私の郷愁は、思いっきり感動していた
そして、恥ずかしい思い出を思い出した
お泊り保育と言うのがある
私は、中途入園だったので、それは二度しか経験してないが、
二度とも、お泊り保育なのに、私だけ泊まらずに帰ってきた
二度とも、高熱を出してしまい、
夜の花火などのイベントまでしか参加出来なかったのだ
高熱が出たのに、夜のイベントに参加したの?
そんな疑問があってもおかしくはないが、参加出来たのだ
それは、高熱の理由が分かっていたからだ
幼稚園時代、私は、寝しょんべんたれだったのだ
私は、友達の前で寝小便をするのが嫌で
お泊り保育が怖くて高熱を発したのだ
だから、お泊りしなくていいと決まったら、高熱は下がるわけで、
お泊りするとなれば、高熱になるから、
だから、高熱でも、夜のイベントに参加出来たわけである
情けないといえば情けないが、
幼いながら、私のプライドはものすごく高かったのだろう
今の私には、傷付けられたら、
身体的あるいは精神的に狂うようなプライドはない
それはそれで問題なわけで、
そういう意味で、今の私は、幼い頃より退化しているのかも知れない
それにしても、幼稚園が、こんな小さかったのかと思う
幼稚園に通っていた頃は、何もかもが大きく見えたのに・・・
庭も、建物も、本当に小さい
それだけ私の世界観が変わったという事だろう
幼稚園時代、私は幼稚園バスで通っていたが、
その頃は、1人で家と幼稚園を往復するのも無理だと思っていた
けれども今は、都道府県をまたいで1日で往復している
その距離さえ、長いとも思わなくなった
でも・・・話は大きく飛躍してしまうのだけれど、
人間は、やがて、墓の下というものすごく狭いところに閉じ込められる事になる
世界観を広げても、やがて小さな世界に閉じ込められてしまうのだ
そう思うと、何のために世界観を広げているのかと空しくなってしまう
幼稚園くらいの世界観のままで良かったのかも知れない・・・
久しぶりの幼稚園だというのに、私は何を考えているのだろう
けれども、そんな事を考えている内に時間もなくなってしまった
私は、いなほ幼稚園で、三郷を離れる決意をした
また私は、ここに来ようと思う
いや、来れないかも知れない
何があるか分からないのが人生だ
何かがあって、これが最期になるかも知れない
だから私は、あえて"さよなら"という事にした
最期になった時に後悔しないために・・・
でも、やっぱりまた来ようと思う
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遠い日の記憶ですね。何もかもが大きくて手にあまるような気がした日、小さくなったのは自分?それとも世界?
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