"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

泉物語(完結)

[ リスト ]

第2話 清四郎の元服

イメージ 1

【写真】松ヶ嶺城址



天正3年(1575年)、
鉄砲が時代を変えた織田と武田による長篠合戦があったその年、
綾は、松ヶ嶺城に上がった。
松ヶ嶺城は、城と言っても天守閣があったり石垣があったりと言うものではない。
城に適した山の地形を選び、その地形を生かして、城郭や堀を築き、
その上に、茅葺や板葺の館や木組みの櫓を並べる
その時代においては典型的な山城だった。
見栄えよりも生き残る事が優先されていたのだ。
そして、城に上がった綾は、
正親や清四郎、清九郎との目通りを済ませ、
その日から城で住み込みで働く事になった。
綾は、最初の内は熟練の女中の指導を仰ぎ、
いろいろ教わりながら手探り状態で清四郎と清九郎の世話をしていたが、
飲み込みの早かった綾は、1ヶ月もしない内に1人で2人の世話を任せられるようになっていた。
清四郎と清九郎も、そんな綾を大切に扱った。
それは、正親にこう言い含められていたからだった。

正親「お前たちは、綾を大切にせねばならぬ。
   奉公とは関係なく、女子として大切にするのじゃ。」


正親は、綾を百姓の娘として見下す事や
女中だからとぞんざいに扱う事を許さなかった。
そして、清四郎も清九郎もそれに従った。
もっとも、2人が綾を大切にした一番の理由はそれではなかった。
2人とも綾が好きだったのだ。
綾より年下の清九郎は、綾を姉のように慕っていた。
清四郎と清九郎には、少し年の離れた姉がいたが、
綾は、その姉とは別の雰囲気を持つ、
今までに出会ってき女性とは違う存在だった。
清九郎は、そんな綾に甘えきっていた。
他方、清四郎は、あの神楽を舞っていた綾の姿を忘れられなかった。
あの美しい姿が昨日の事の様に脳裏に焼きついていた。
清四郎の周りには、武家の娘や町人の娘もいたが、
綾ほど清四郎の胸を熱くする女子はいなかった。

清四郎(いつか、綾を妻にしたい・・・)

清四郎は、いつしかそんな思いを抱くようになっていた。
そして清四郎は、度々綾を連れ出し、
2人で町を歩いたり、馬で領内の野山を駆けたりして、
綾との時を出来るだけ作り、その時を大切にした。
綾も、そんな清四郎が、いつしか好きになりかけていた。
しかし・・・

(自分は百姓の娘と言う卑しい身分・・・
  そんな思い、決して抱いてはいけない・・・。)


そう思い、清四郎へ気持ちを押し込めてしまっていた。
ただ、それでも優しくしてくれる清四郎の存在は、
綾の中で日に日に大きくなっていくのだった。


そんなある日、綾は、その日も清四郎の馬に乗せられ、
晴れ渡った空の下、野山を2人で駆けていた。
それから、松ヶ嶺城の東側を流れる中川(ちゅうかわ)の上流の河原で
2人は休息を取っていたが、
そこで綾は、思い切って清四郎にこんな事を聞いた。

  綾「どうして清四郎様は、私に優しくしてくれるのですか?」
清四郎「・・・なぜそんな事を聞く?」
  綾「私は、清四郎様に奉公する女中に過ぎません。
    しかし、私だけ、こうして馬駆けに連れ出してくれたり、
    町に連れてってくれたりしてくださいます・・・。」


すると清四郎は、少し照れも含んだ感じの笑顔で綾に言った。

清四郎「綾といると楽しいからだ。」

綾は呆然として清四郎の顔を見つめた。

清四郎「最初は、父が、綾を大切にしろと言ったのでそうしていた。
    しかし、今は違う。俺は、綾が好きなのじゃ。」


清四郎ははっきりと言った。
あまりにもはっきりとした言葉に、綾は戸惑い、
たちまち全身は熱くなり、胸はときめいたが、
すぐに綾は思い直した。

  綾「いけません。私は、百姓の娘。
    身分があまりにも違いすぎまする・・・。」

清四郎「それがどうした? 身分など、綾が武家の養女になるなどして、
    いくらでも取り繕う事は出来る。
    俺は、元服したら、綾を妻に迎えるつもりだ。

  綾「そ、そんな事・・・。」
清四郎「綾は、俺の事が嫌いか?」
  綾「いえ・・・け、けれども・・・。」
清四郎「もし、好きでないなら、今からでもいい。
    俺の事を好いてくれ。俺は本気だ。」

  綾「・・・・。」

綾は、少し押し黙った後、静かにうなずいた。
うなずくしか出来なかった。
身分の違いも、ここまで迫られては何の障壁にもならなかった。
本当にこんな事を受けていいのかと後ろめたさもあったが、
清四郎が、こんなに自分を思っていてくれたのかと思うと、
綾は、女としての幸せを感じずにはいられなかった。
そして、2人の思いは、身分と言う建前と全ての不安を一気にかき消してしまった。

こうして、2人の心は結ばれ、
2人は、日々その愛を育んでいった。


綾が城に上がってから3年後の天正6年(1578年)。
清四郎は、正親に元服を許された。
これは、先年より岡本氏の主君塩谷氏の仇敵那須氏の塩谷領侵攻が激しくなり、
清四郎も戦場に出ざるを得ないという事情があったためだ。
ただ、清四郎もたくましい男に育っていた。
特に武芸に秀で、細身ながらも背が高く筋肉質で、
相撲を取っても、木刀を握っても、槍を取っても、
もはや家来に清四郎にかなう者はいなくなっていた。
正親も、そんな清四郎の成長を見て、
清四郎を戦場に出しても恥ずかしくなく、
また、必ずや武功を挙げられるだろうと確信していた。
すると清四郎は、正親に元服を命じられた席で、
遂に約束を果たすべく、正親に言った。

清四郎「元服するに当たって、父上にお願いがあります。
    綾を、私の妻にする事をお許し下さい。」


しかし正親は、少し驚いたような顔を見せたものの、
清四郎が思っていたほど動揺する素振りは見せなかった。
そして正親は、大きく肩で息をついて、それから言った。

 正親「やはりそうなったか。」
清四郎「・・・・。」
 正親「綾をお前たちに仕えさせた時から、
    こうなる事もあるのではないかとは思うてはいた。
    本当にそうなると少し戸惑いもしたが、
    綾が女子としてお前を許しているなら、
    それは、お前たちの好きなようにするが良い。」

清四郎「で、では父上・・・。」
 正親「綾は、氏宗の養女にでもして、
    元服の後、清四郎の妻としよう。」

清四郎「あ、ありがたき幸せ!!!」

その年、清四郎は元服し、岡本親富(おかもと ちかとみ)と名乗った。
「親」の字は父正親から、「富」の字は岡本氏初代岡本富高より戴いたものだった。
そして、それから間もなく清四郎と綾の婚儀が行われ、2人は正式に結ばれた。

清四郎と綾、15歳の時であった・・・


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事