"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

泉物語(完結)

[ リスト ]

第7話 遠き泉の空

イメージ 1

【写真】越名沼の古戦場



天正12年(1584年)5月6日、
越名沼付近を中心に、未だ佐竹・宇都宮連合軍と北条軍の対峙が続いていたが、
その時、越名沼には北条軍の主力はなく、
北条氏直率いる本隊は、越名沼から10km程南方の館林城にいた。
小競り合い程度の戦いは続いていたものの総力戦となる気配はなく、
氏直は、佐竹・宇都宮両軍と当たるのに充分な兵力を残して館林城に退いていたのだった。
しかし、佐竹・宇都宮両軍は、来るべき決戦に備えて密かに準備を進めていた。
佐竹・宇都宮両軍は、地元での戦と言う事もあって、
兵の休息のために定期的に前線の兵を帰し、
休息充分な兵と交替させ士気を保っていたが、
最近は、兵を入れ替えるふりをして徐々に兵力を結集させていた。
急に兵を増やすと、北条軍の本隊が再び越名沼に来てしまうので、
北条方に気付かれぬよう、時間をかけて兵力を結集した。
その結果、佐竹・宇都宮の連合軍は、総勢6000騎にまで膨れ上がっていた。
北条軍の総勢からすれば、それは半分に過ぎなかったが、
越名沼に展開している北条軍だけで見れば、
数で圧倒し、それを駆逐するのに充分な兵力であった。
そして、佐竹・宇都宮両軍を率いていた佐竹義重は、
遂に翌日、正面の北条軍に向かって総攻撃をかける事を決断をした。

その夜、越名沼一帯の深い霧が立ち込め、
それが、戦のための食糧の煮炊きの煙を隠す目隠しとなった。
正親、清四郎、清九郎の3人も、
引き連れた家来たちと共に早々と夕飯を済ませて、
明日の早い朝に備えて、土の上にわらを敷き、その上で眠りについた。
ところが、清四郎と清九郎は、初めての大戦を前に、
興奮してなかなか寝付けなかった。
すると清四郎が、傍で寝ていた清九郎に小声で声をかけた。

清四郎「まだ起きてるか?」
清九郎「何だ、兄上・・・。」
清四郎「少し、話がある・・・。」

清四郎は、起き上がると、人気の無い近くの林に清九郎を誘った。
清九郎も、それを見て起き上がり、ついていった。
「話とは?」と清九郎が聞くと、清四郎は言った。

清四郎「明日の事だ。お前に言っておく事がある。
    もし明日、俺が討死するような事があったら、
    俺に構わず、お前は逃げろ。」

清九郎「どういう事だ?」
清四郎「いや、討死にしなくても、もう駄目だと思ったら、
    助けになど来るな。逃げるんだ。」

清九郎「だから、どういう事だ。」
清四郎「2人一緒に死ぬわけにはいかないと言う事だ。
    2人一緒に死んだら、岡本家は断絶してしまう。
    だから、どちらか1人は確実に生き残らなければならない。
    俺は、お前の事を駄目だと思ったら逃げるつもりだ。
    だからお前も、俺が駄目だと思ったら逃げろ。」


それを聞いて、清九郎は苦笑いした。

清九郎「兄上らしくない・・・いつもは、そんな事言わないだろう。」
清四郎「いつもの戦とは違うからな・・・
    どうしても嫌な予感が頭から離れぬのだ。」

清九郎「武者震いか?」
清四郎「からかうな。だが、今の事、肝に命じておけ。
    あと・・・もし、俺が討たれた時は・・・
    清九郎、綾の事を頼む。」

清九郎「・・・・。」

清四郎は、全てを言い終えると、
そのまま戻り、再び横になって眠りについた。
清九郎は、そんな清四郎の様を一部始終見届けた後、
しばらくそこを動けなかった。
そんな清九郎の体には、
綾を抱きしめた時のあのぬくもりが蘇っていた。

清九郎(兄上が討たれたら、俺が綾を・・・。)

そんな邪な思いを清九郎は、かき消しては思いを繰り返した。
しかし、そうなった時の綾が悲しむ姿を思うと、
兄を死なせたくはないと思うのだった。

清九郎(みんな生き残ればいい・・・
   俺も、この戦に生き残ったら、妻を迎えるか・・・。)


清九郎は、右手の拳を握り締め、
静かに目を閉じ願をかけると、寝床に戻り眠りについた。


翌朝になっても霧は晴れていなかった。
それどころか、霧は益々深くなっていて、
空は灰色の雲に覆われ、
昼間だというのに、あたりは薄暗く、
これで雨でも降れば、奇襲をかけるには最善の状況であった。
義重は、軍勢を攻撃型の魚麟の陣に整えると、
総攻撃の命令を下した。
こうして、天正12年(1584年)5月7日、
佐野沼尻合戦の火ぶたが切って落とされた。
この時、北条軍は、本隊が館林にあるだけでなく、
軍を分散していたため、戦力が整っておらず大混乱に陥った。
佐竹・宇都宮連合軍は、緒戦を制し、北条軍を徐々に後退させていった。
しかし、この事は、すぐさま伝令によって館林にいた北条氏直に伝えられ、
氏直は、すぐさま主力を率い越名沼に向かった。
正親、清四郎、清九郎の3人は、最前線で北条軍と戦い、
次々と敵兵を討ち取っていった。
ところが、間もなく戦況が一変する。
氏直来陣の報が北条、佐竹・宇都宮両軍に届いたのである。
すると北条軍は、たちまち士気を取り戻し、反撃に出た。
義重は、ある程度北条軍の戦力を殺げれば、
無理にここで決着をつける必要は無いと思っていたので、
北条軍主力来援の報を聞くと、すぐさま全軍に徐々に退くように命じた。
その命令は、正親たちの下にも届いたが、
最前線にいたせいか、たちまち孤立し、退路を見失ってしまった。
北条軍の反撃にあうと、皆川勢も総崩れとなり、
まるで敗戦したかのように兵たちは散り散りになった。
正親の部隊も、1人2人と討ち取られ、
何とか退路を見出そうと奮戦していたが、
退路が何とか切り開けそうだと言う時、
清九郎が、2人の北条軍の兵に取り囲まれてしまった。
2人は、雑兵とは違う明らかに将兵級の武将だった。

広沢「我が名は、広沢三郎!!」
向笠「我が名は、向笠(むかさ)内蔵助!!」

それに清四郎が気付いた。

清四郎「清九郎!!!」
清九郎「兄者、昨日の事忘れたか!? 行け!!」

清四郎は、はっとそれを思い出した。
見捨てられない・・・そう思いながらも、
岡本家のためと思い、清四郎は意を決した。
清四郎は、刀を握り締めながら清九郎に背を向けた。

清四郎(許せ・・・。)

それを見た清九郎は、ほっと安堵した。
だが、それが一瞬の機の緩みとなった。
歴戦を生き抜いてきた広沢と向笠は、その油断を見逃さなかった。
広沢が振り下ろした刀は、清九郎の肩を斬りつけた。
清九郎は、一瞬の事に体が硬直してしまい、悲鳴すら上げる事も出来なかった。
だが、兄弟の異変は、テレパシーのように清四郎に伝わった。
清四郎は、強い後ろ髪を引かれる思いを感じて、その時、再び振り返った。
すると、衝撃的な光景が清四郎の目に飛び込んだ。
清四郎の目に映ったのは、
息つく間もなく広沢に腹を刀で突き刺され、
向笠に首をはねられた瞬間の清九郎の無残な姿だった。

清四郎「せ、清九郎ぉぉぉ!!!!」

しかし、その声はもう清九郎には届かなかった。
清九郎は、自らの血しぶきで赤く染まる空を見つめながら、
絶命寸前、声にならない声で、あの人の名を叫んでいた。

綾!!!!

清九郎の壮絶な討死の姿を見た瞬間、清四郎は我を忘れて怒り狂った。

清四郎「うぉぉぉぉぉ!!!!!!」

そして清四郎は、刀を振りかざして広沢と向笠に斬りかかっていった。
だが、いくつもの大戦をくぐり抜けてきた広沢と向笠は冷静だった。
向笠が、清四郎の渾身の一太刀を刀で受け止めると、
広沢が、その清四郎の背中を斬りつけた。
2人にしてみれば、清四郎は、まだまだ青すぎた。
そして、清四郎が仰向けに倒れこむと、
広沢は、すぐさま清四郎の胸を足で押さえつけ、
刀を縦に、刃先を下向きにして刀を振りかざした。
その瞬間、清四郎の脳裏に泉の懐かしい風景と綾の顔がよぎった。

広沢「御免!!!」

広沢は、そう叫ぶと、刀を清四郎の喉元に突き刺した。
清四郎の空もまた、自らの血で真っ赤に染まった。

清四郎(泉・・・故郷・・・綾・・・。)

そして清四郎は、懐かしき泉の空をまぶたに浮かべながら絶命した・・・
だが、その時越名沼の空は、霧も雲も晴れ青く澄み渡っていた。

それからしばらくして、佐竹・宇都宮両軍は、概ね撤退を完了し、
北条軍も、それを確認して兵を退いた。
その中には、命からがら逃げ延びる事が出来た正親もいた。
しかし正親は、清四郎と清九郎を見失い、2人がどうなったのかを知らずにいた。
そして正親は、戦が終わった後で、
清四郎と清九郎を探しに夕暮れ時、西の空が真っ赤に染まる戦場に戻ってきた。
すでに地元の者達によって、
討ち死にした者たちの供養が敵味方の区別なく始まっていたが、
その中に、正親も見覚えのある身なりの首の無い亡骸があった・・・
それは、間違いなく無残に首をはねられた清四郎と清九郎の亡骸であった。

正親「お、おお・・・おおおおおお!!!!!

越名沼に、正親の悲痛な叫び声が空しく響き渡った・・・


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事