"やいたもん"の文学館

大きな人生の転機がありました・・・

泉物語(完結)

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第8話 旅立ち

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【写真】大中寺



俗名 岡本清四郎照富
忠徳院殿鏡山全鑑居士 享年21歳

俗名 岡本清九郎正富
孝叔院殿月山全心居士 享年19歳


清四郎と清九郎の亡骸は、正親によって大平山の大中寺に葬られた。
大中寺は、越名沼の戦場と皆川の中間にあり、正親が信奉していた寺だった。
いかに若過ぎたとは言え、
なぜ天は、2人とも連れ去ってしまったのか。
どうして、どちらかは生かしてくれなかったのか。
若過ぎるからこそ、
天ならば、
惨めさを与え、苦しみを与え、
あらゆる試練を与えるために生かし、
その上で未来を与えるのではないか。
正親は、天を呪った。
けれども、天を呪っても人の性。
2人の亡骸を葬ると、正親は、清四郎と清九郎の冥福を天に祈った・・・
だが、そもそも何故こんなところに、清四郎と清九郎の2人も連れてきてしまったりのか。
正親にとっては、悔やんでも悔やみきれない事であり、
自分を含めて、全てを恨まずに入られなかった。
綾が2人の死に接したのは、その後、正親が皆川に戻ってからだった。
首の無い亡骸など、正親は、自分以外の家族には見せたくなかった。
綾は、正親の言葉を信じられず、しばらく呆然とし、
最初は、その衝撃のあまり泣く事も出来なかった。
泪は、2人の死を知った次の日から流れ、日を負う毎に増えていった。
そして、それが枯れ果てるまで泣き続けたのに、
それでも2人の死を受け入れられなかった。
いや、死を受け入れられなかったのではない。
2人の死を受け入れた世に生きる事が堪えられなかったのだ。
綾は、清四郎の後を追う事も考えた。
けれども、それは出来なかった。
死ぬのが怖かったわけではなかった。
むしろ、2人の死を受け入れた世になど未練はない。
ないはずなのに何かが綾を思い止まらせていた。

(なぜ命が惜しい!? 夫が死んだというのに、
  なぜ死ぬ事を臆するのか?)


綾は、自分が情けなかった。
もしかしたら、清四郎の霊が自分の傍にいて、
死ぬ事を思い止まらせてくれているのではないかとも思ったが、
清四郎が霊として綾の前に現れる事も夢枕に立つ事さえも無かった。
結局自分は、人として、武家の妻として、
女として情けない、所詮百姓の娘なのだ・・・
綾はいつしか、憔悴し切って廃人のようになってしまっていた。

その後、正親は、2人の菩提を弔うため、
大中寺で出家して梅屋(ばいおく)と名乗った。
そしてこの時、正親は、皆川を去る決意を固めていた。
清四郎と清九郎が亡くなった今、
もはや正親には、武士でいる意味が無くなっていた。

正親(これで、岡本の家は終わりじゃ・・・。)

世継ぎを失い、岡本正親家は断絶。
あとは、泉に残る氏宗が岡本家の跡を決めるだけ。
そこに正親がいる意味は無かった。
正親は、ただ2人の息子の菩提を弔うためだけでなく、
武士を捨てるつもりで出家していた。

正親(そうじゃ、高野山に行こう。
  弘法大師様の下へ、清四郎と清九郎を連れて行こう・・・。)


そして正親は、その思いを綾や家来たちに告げると、綾にはこう言った。

正親「綾は、松ヶ嶺に帰れ。」
 綾「なぜです? 私も出家し、
   清四郎様と清九郎様の菩提を弔いとうございます。」

正親「ならぬ。綾は、まだ若い。」
 綾「夫を失った妻は、出家するのか倣いではありませんか。」
正親「倣いとてならぬ。綾には、まだ女として枯れてほしゅうない。
   清四郎とて、そう思っているはずじゃ。」

 綾「・・・・。」
正親「出家は許さぬ。菩提を弔いたいなら、
   松ヶ嶺に戻り、慈光寺で菩提を弔うが良い。」


慈光寺は、松ヶ嶺城内にある岡本家の菩提寺。
正親は、そこに2人の位牌を持っていて欲しいと綾に頼んだ。
綾も、とうとう断る事が出来ず、
無念な思いを抱えたまま、出家を諦め、正親の言葉に従う事にした。

(私は、百姓の娘・・・所詮、それだけの女・・・。)

こういう運命を背負わされるのも、
そして、それを受け入れておめおめと生きていられるのも、
全ては自分が卑しい者だから・・・
だが、綾は、この時まだ気付いていなかった。
なぜ、自分が生き長らえたのかを・・・
なぜ、死ぬ事を許されなかったのかを・・・

天が、岡本家の未来を綾に託した事を・・・

北条軍と佐竹・宇都宮連合軍の戦いは7月まで続き、
北条側から持ち掛けられた講和により停戦に至った。
そして皆川家は、北条方につく事になり、
正親は、その皆川家を離れる事を主君広照に伝えた。

正親「讃岐よ、すまぬ・・・。」

正親は、その広照の言葉が忘れられなかった。
そして、綾たちが松ヶ嶺に向かったのを見届けると、
自らは単身で、2人の御霊を弔うため、高野山のある西へと向かった。

だが、これは終わりではなく、新たな始まりだったのである。


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